第1話 雨の日の出会い。
見切り発車感がいなめません。
読みづらいとの指摘をいただきました。
その為、以前に投稿していた一話分を、3分割にして書き直しや修正を図りました。
それでも、見苦しい文面には変わりませんが、ご了承くださいませ。
2015年8月12日改稿
***
あたしは『猫』を拾った。
色の無い小さな『子猫』だ。
雨の日に見つけて、思わず拾ってしまった。
鳴かないし暴れないし、小さいし可愛い。
衝動的な庇護欲が働いて、雨の中このまま見過ごすことも出来なくて。
長年着ていたクタクタのトップスを脱ぎ捨てて、その子を包み込む。
簡単にすっぽりと覆われた身体。
家路を急いだ。
雨の日でただでさえ冷え込んでいたのに、腕丸出しのキャミソール姿で小走りで駆けるあたし。
そんなあたしを見て、道行く人たちが奇異な瞳を向けては風景として流れ去っていく。
急いでいる自分は認識するのも億劫だった。
だが、その実、これを偶然通り掛かって見ていた知り合いから聞いた話では、身の危険を感じるほどの全力疾走だったらしい。
余談だ。
後日談だ。
その時は焦っていたし、急いでいた。
別に言い訳ではない。
本当の話だ。
実を言えばあたしは『猫』を好まなかった。どちらかと言えば犬派である。
それなのにこの子を拾ったのは、本能的に感じた罪悪感かもしれない。
あたしは生きている。
それはそうだ。
人間だもの。
そしてこの先、いくら生き急いだ真似をしたところで、命の危険があるかと言われればそうでもない。
まぁ、仕事柄真っ向から否定は出来ないが。
自分で仕事をして、最低限の暮らしをして生きていける。
要するにだ。
これから先、すぐに死ぬかと言えばきっぱり言える。死なない。
しかし、この『子猫』はどうか。
見た目はまだ子供だ。
色の無い小さな身体は冷えきっていて、鳴かないところを見れば弱りきっている。
明日の日の目を見えるかも怪しいこの子。
最低限な暮らしも出来ないだろう。
生きていけるあたしと、死ぬのを待つこの子。
きっと、偶然見つけたあたしが最後の命綱。
あたしが見過ごして、他の誰かが通り掛かって拾ってくれる可能性もあるにしろ、それはきっとあり得ない。
ここは人通りが少ない袋小路の更に奥だ。滅多に人は通らない。
まともな人間ならば特になおさら。
あたしが最後。
これは、きっと間違いない。
そしてこの子は弱りきって、今にも死にかけている。
そこであたしに出来る選択は『拾う』か『拾わない』かだった。
そしてその二つの選択肢で、自分にとって罪悪感をそれ以上感じずに済むには、と言えば前者。
あたしには『拾う』という選択肢しか最初から無かった。
何故、今更御託をごろごろと並べているのか。
そう思うかもしれないが、要は諦めの境地だ。
あたしは一人で暮らしていた家の中に命をもう一つ加えることになったのだから。
結果的に拾った『子猫』は捨てられなくなってしまった。
だって可愛い。
帰って来てすぐに温風機で雨で濡れた身体を乾かして、ホットミルクを与えて、着替えはわざわざ物置から引っ張り出して。
その間、この子はされるがままだった。
弱った身体を温めている際もぴったりとあたしにくっついていて、ぐったりしているかと思えば、くりくりした眼であたしを見ている。
ホットミルクを作る時には、わざわざ気持ち良さそうに丸まっていた温風機から離れてまで、あたしにくっついて離れない。
着替えを引っ張り出して来る時には、あたしの後ろを弱りきった身体の癖に一生懸命に付いてくる。
思わず見返していたら、首を傾げる仕草は天使に見えた。
犬派のはずが猫派に鞍替えだ。
そんな鞍替えを出来るだけの魅力がこの子にはある。
それだけではない。
色が無いと思っていたら、銀色だった髪。
小さい身体は痩せ細って貧相ではあったが、意外とぷにぷにな頬っぺや、太腿。
眼の色まで銀色だったのには驚いた。
だが、円らな瞳がくりくりとしたアーモンド型だ。
見つめる度に顔が土砂崩れを起こしてしまいそうになる。
ここまでで「…ん?」となったりもするかもしれない。
だが、揶揄の表現は間違っていない。
だって、『子猫』だ。
ちなみに雄だ。
いや、服着替えさせてる途中に気づいたものだから、ある意味余計な罪悪感を感じずにはいられなかった。
はっきり言って、ごめんなさい。
着せたのはあたしのお古だ。
成長し続けている胸の邪魔な脂肪の固まりのせいで、買い換え続けるしかない衣服の一つ。
ラフなシルク素材のシャツで、ミントグリーンのギンガムチェックの色合い。
裾と袖の然り気無いレースが気に入って即購入したものの、わずか三ヶ月でボタンが弾け飛んだ。
あの時はいっそ、臓器の上の二つの脂肪の塊を切り落とそうかと思ったものだが、そんな理由で医者に世話になるのは嫌過ぎる。
だが、その際に気に入っているからと、残しておいた衣服の数点。
あの時の自分には大いに感謝。
話は逸れたが、揶揄と言うのは本当にそのままの意味だ。
あたしは『子猫』を『拾』った。
小さな名前も知らない、色の無い『少年』だった。
***
ああ、そういえば。
『子猫』を『拾った』事以外、あたしは何も説明していなかった。
あたしの事も、街の事も、この世界の事も。
あたしの名前は、キーリエル・ターニア。
愛称は、キーリだとか、キウイだとか呼ばれている。
腐れ縁の昔なじみぐらいしか愛称では呼ばないけど。
今年で18だか、19だか。
数えていなかったし、あんまり憶えていない。
容姿とかは至って普通。
ただ髪の色が真っ黒ではなく紫がかっているというだけ。
眼の色は紫色で、肌はちょっと色白なぐらい。
この世界では、基本的に白色人種が多い。
身長はそこまで高くは無い。
だが、この年頃の女にしては175センチは高い方だと思う。
中肉中背よりも少し細身をキープはしているが、筋肉量が普通の女性と違うから、見た目的には中肉中背と対して変わらない。
そんでもって、職業は『ハンター』。
まぁ、説明は後々。
この街はリニアガウス。
東西南北と中央にそれぞれ5つの『ブロック』で分かれた街。
まるで巨人の腕のように重厚で頑強な外壁に覆われた要塞都市である。
外壁はその頑強さも然る事ながら、圧倒的な高さを誇っていた。
ただし、何を想定した外壁なのかは計り知れない。
その外壁の外には、その先を考えただけでも眼がくらんでしまうような大草原が広がっている。
草原の只中にまっすぐと延びた一本道。
街と街を繋ぐ、唯一の陸路。
その一本道を頼りに、遠い街や村から物資を運んだり売買を行っているのだ。
噂では、航行ルートもあるらしい。
だが、そんなもの一般市民のあたし達からしてみれば、眉唾だ。
使う予定も、使う理由も無い。
この街は、前述した通り、要塞都市として機能している。
しかし、それだけではなく、所謂商業都市としても賑わいを見せている。
人のいるところには、必ず商業も発達する。
認識としては当たり前だろう。
しかし、この街は少しだけ普通の街とは違う。
リニアガウスの街と普通の街の違いは、大きく二つ。
一つは、この街には外壁から奥まった場所に『王族』の住まう王宮、『リニアガウス王宮』があり、リニアガウスという街の名前と同じ『直系王族』であるリニアガウス家が住まう都である事。
つまり、この街自体が一つの国家の大本なのである。
その為、この街は軍備も厳重。
要塞都市は『帝国』とも呼ばれ、商業の要ともなっているのである。
そして、もう一つ。
この世界には、『ハンター』がいる。
『ハンター』とは、世界各地に点在している『ハンターズギルド』に所属し、その『ハンターズギルド』から仕事を引き受け、またその『ハンターズギルド』を通して取引を行ったりしている。
『ハンター』という仕事は危険が伴う。
その為、『ハンター』達の個人情報や、彼等に必要な生命線とも言える情報や手厚い保障等は徹底されている。
そんな徹底的に手厚い保障等を提供する『ハンター』専用の活動本部が『ハンターズギルド』であり、『ハンター』達の命綱ともなる。
その『ハンターズギルド』の本部。
それが、この街に存在しているのである。
『ハンター』というのは、職業だ。
勿論、この世界に大量にいるわけではない。
街の人口の約2割がいれば、多い方である。
主に、依頼によって発生する『狩猟』や『討伐』がメイン。
その他、『採掘』、『採取』などの目的を達成する事で生計を立てている。
服属的な小遣いとして、依頼の中で手に入る品々も金品に交換する事は出来る。
現存の職業で言えば、その収入は上位だ。
その分危険である。
『狩猟』は、文字通りだ。
ちなみに、ランクはCからとなる。
ランクと言うのは、簡単に言えば危険度の目安だ。
『討伐』に関しては、害獣の駆逐や、殲滅だ。
こちらのランクはBから。
時たま、A~SSランクなんてものもあるが、普通に生きて死にたいならば受ける理由は無い。
『採掘』は、鉱物や鉱石が目的。
こちらのランクはE~Dまでだ。
それ以上の高ランクは無い。
『採取』は、薬草や繊維などの元になるものだ。
こちらもランクはE~Dまで。
その依頼で手に入った物品は、総称して『素材』となる。
『素材』の提供を受けて、各職人達の手によって作成される工芸品や『ハンター』達の生活必需品。
それが、今度は商売人達の手に移り、その多くがこの街で買い求められるのだ。
アクセサリーを作るにしても、軍備拡張の為に武器を作るにしても、鉱物やその他の材料が必要だ。
おかげで、『ハンター』の仕事は、無くなる事は無い。
需要と供給の関係である。
Win-Winだ。
しかし、その資源はこの街の中では搾取する事も、採掘される事も無い。
外壁に囲まれたこの街は、鉱山など無い。
鉱山などその他諸々の宝の山は、東の大草原と呼ばれた広大な草原地帯の向こう側に聳え立っている。
ならば、その大草原を抜けた先の鉱山に行けば良い。
だが、抜けるにしても採掘をするにしても問題が一つ。
それは、この外壁の向こうの草原に存在する脅威だ。
この世界には、魔物がいる。
人間にとっては一番の脅威だ。
世界中に散らばって生息している魔物達の種類は多種多様だ。
一説には、数千種類に上るとも言われている。
魔物が生息していない場所というのは限られている。
それが街の中、もしくは村の中。
つまり、街以外には必ず生息しているという事である。
いくら採掘や原料調達のためとはいえ、草原を抜けるためには魔物に襲われるリスクを背負わなければならない。
そんな特異で豪胆な人間は僅か一握りだけである。
その僅か一握りの豪胆な人間。
それが『ハンター』である。
世界各地に点在する『ハンターズギルド』の存在理由は、以上二つによるものである。。
仕事の内容は、採掘から伐採はたまた護衛や討伐までと様々なもの。
時たま、存在理由を勘違いしているのか、お使いのような内容までやっている『ハンター』もいるが、それも僅かな例。
『王族』直属の『国家武装軍』も魔物への対抗手段を持っている。
しかし、それだけである。
それ以外で、魔物に対抗できるのは、今のところは『ハンター』だけ。
一般人でも魔物に対抗できる特殊な人間もあたしは知ってはいる。
だが、それも勿論僅かな例だ。
そして、あたしの父はこの街に移住した『ハンター』だった。
***
今日も、我が家の子猫は可愛らしい。
ベッドの上で、大あくび。
銀色の髪が揺れる。
今しがた起きたばかりの子猫。
寝ぼけ眼で、眼を瞬かせていた。
彼が来てからの数週間。
あたしの生活は大きく変わった。
堕落的で怠惰な食生活。
部屋なんて俗に言う『汚部屋』なんてものだった。
仕事が無い日は基本的に外出しない。
その上、起床時間なんてあってないようなものだ。
いつ使ったかも分からない貯蔵庫の中の食品だって、買い替えもしなければ使う事だって無かった。
食事は外食だったし、仕事の無い日には抜く事だって多々あった。
それが今では嘘のよう。
早寝早起きに、掃除洗濯。
果ては一度も使われた事が無かった本棚兼ラックに料理教材なんかも増えて、料理のレパートリーが増え続けている。
そうして、毎日の習慣で更に増えた事。
「おはよう、シャロン。今日は早起きだね」
それが、『挨拶』。
控え目な足音であたしに近寄って来て摺り付いた、この子。
名前を呼びながら、『子猫』を撫でる。
認識は間違っていない。
何度も言うがあくまで揶揄だ。
だが、『子猫』もとい、小さな子供だった彼。
小さな身体いっぱいに使って表現をする。
声無き声で喜びを。
「(すりすり)」
頬をあたしの腕に擦り付けてもっととねだる彼に、あたしが拒否する理由はどこにも無い。
遠慮なく撫で回して彼が大好きな頬っぺたと、大嫌いな耳朶を同時に愛撫する。
「(ふるふる)」
嫌々をしながらも、あたしから離れないのはまだまだ甘えたさんな彼が満足していない合図。
顔面崩壊させながら、朝の習慣であるスキンシップを遠慮なく堪能する自分は早くもこの子に依存しているのだろうか。
アニマルセラピーなんてのが一時期街や貴族の間で流行っていたらしいが、今ならあたしも分かる気がする。
生活の中に、こうした可愛らしい癒しを設ける事の意味が。
まだ、この子があたしの元で生き長らえてから半年。
言うなれば半年で、早くもこの子が生活の中に加えられているのである。
早くに両親と生き別れたあたしにとっては、『挨拶』というものをする相手はいなかった。
挨拶をする機会も仕事の時のみだった所為か、最初の1週間は慣れない言葉のおかげでくすぐったい思いもした。
今では、至福のひと時であるが。
そういえば、シャロンの身柄については、街で迷子や訪ね人の広告も見て回った。
だが、残念ながら収穫無し。
ここ半年の間に、10歳以下の子どもの捜索願いは出ていなかった。
この子と離れたいと思った訳ではない。
参考までに見に行くことにしただけ。
もし、迷子の中にこの子の情報があるなら、と。
勿論、あたしにとって、それは建前程度でしかない。
ついでに言うなら、その広告を見に行くことを決めたその日の夜は、気が気じゃなかった。
一睡も出来なかった。
頭の中にぐるぐると巡る恐怖心。
この子を失った時の恐怖を考えたようだ。
手放したくない、離れたくないという葛藤に、多いに戸惑ったものだ。
シャロンには、一応家族や両親について尋ねては見た。
しかし、彼は首を左右に小さく振るだけだった。
銀色のショートボブの髪。
それが、さらさらと揺れただけ。
もう一つ、聞きたかったことがあったが、それは聞かないでおいた。
その『質問』を尋ねる前に、シャロンはあたしに懇願した。
あたしの腕に、その小さな小さな身体で摺り付いて。
泣いてイヤイヤと首を振ったシャロン。
首を左右に振る度に涙が落ちるのを見て、あたしは彼にしようとしていた『質問』を取り止めた。
結局、首を横に振った意味が『いない』のか『わからない』のかは判断出来なかったが、今の現状を見る限りその『質問』をしていなくて良かったと思っている。
屈託なく無邪気にあたしの腕に抱かれ笑っている彼。
そんなシャロンを見て思うのは、この子に対するあたしの庇護欲。
そして、あたしに存在するかどうかすら不明だった愛情。
もしも、あの雨の日を振り返るなら。
あの日を、もう一度やり直すのだとしたら。
あたしは、何度でも繰り返すだろう。
あたしは結局、この子を『拾う』。
そして、この子を幸せにするための努力は惜しまない。
そう考えてから、末期とも思える自分の母性本能に苦笑。
そんなあたしの表情を見て、首を傾げたシャロンを抱き上げる。
きょとんとしながら、あたしを見つめ返す可愛らしい瞳。
それに答えるべく、目一杯の愛情を込めて微笑んだ。
「お腹すいたでしょ?ご飯にしよっか」
「(こくこく)」
声は無くとも、満面の笑顔であたしに微笑み返したシャロン。
小さなキスを彼の額に一つ落として、あたしはキッチンに歩き出す。
ふるる、とくすぐったそうに首を振りながら、幸せそうな笑みを零したこの子には一杯食べて貰わないと困る。
がりがりとも言えるこの子の腕や脚。
預かったからには、もう少しお肉を付けて貰った方が抱き心地が良さそうだから。
そうして、そんな天使のような笑顔をより一層、あたしに見させていただかなければ。
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誤字脱字乱文等失礼いたします。