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シルヴェスタ城~王の間6

*5/9 改訂しました。


『――姫。参りましょう』

 そう言って、大きな手を私に差し出したその御方は……


 ……とても優しい青い瞳をしていた。


**************************************************

「い……」


「いやあああああああっ!!」

 甲高い悲鳴が部屋にこだました。ガラスの筒は……砂の城のように崩れ去り……床には生首が一つ、転がっているだけだった。

「陛下、陛下っ!!」

 アスタリア妃が半狂乱になりながら、しゃがみ込んでその生首を抱き抱えた。彼女の腕の中で……生首の肉の部分はさらさらと崩れ落ち……あっという間に骨だけに変わっていった。


「とう……さま……」

 ありあは呆然と呟いた。すぐ隣にいるグラントも……声を出せないようだった。


「あああああっ……」

 セレスタインの第一王女。王太子妃殿下。誇り高く、賢妃として名高いその人が、

 ――大声を上げて、泣いている。しゃれこうべを抱きしめたまま。


 後ろに立つリカルドも……呆然とただ、見守っているだけだった。


(アスタリア様……っ)

 胸が……痛い。まるで、アスタリア妃の声がそのまま胸に突き刺さってくるような。ありあは……アスタリア妃から目を離せなかった。



 ――暫く、王の間には……アスタリア妃の慟哭だけが、響いていた。



「……っ」

 ゆらり……とアスタリア妃が立ち上がった。その瞳は……完全に狂気に染まっていた。


「許さぬ……許さぬぞ……」

 ありあとグラントを……射抜くように見た。


「……陛下に愛されてもいなかったくせに、陛下の御子を産んだあの女も」

 グラントを見ながら言った後、ありあを見た。

「陛下に愛されていたくせに、陛下の御子ではない子を産んだ、あの巫女も」


「アスタリア……様……」

 アスタリア様は……ご存じだったんだ。私が……


 グラントが足元の剣を拾い上げ、アスタリア妃に向かって構えた。

「俺の後ろにいろ、ありあ」

「は、はい」

 グラントの背中に廻ったありあは、それでも……アスタリア妃をただ、見ていた。


「!?」

 グラントの表情が変わった。こぼれていた青い光が……アスタリア妃に集まって、いた。

 ぞくり、とありあの背筋に悪寒が走った。何か……巨大な力の流れ、がアスタリア様に集まってる……!?

(とうさまを保つために力を使ったから、グラントを殺せなかったって……だったら……!!)

 ウィリアム前国王を失ったアスタリア妃が

 ――その魔力を、わが身に戻したら……その力、は……


 アスタリア妃が詠唱を唱えながら、さっと右手を切った。風が渦を巻いてグラントに襲いかかる。


「っ!!」

 グラントの身体から軽く血が飛んだ。服が、あちらこちら切られてる!?

「グラントっ!!」

「……大事ない。軽傷だ」

 グラントの頬にも切り傷ができていた。血が頬から流れている。ありあは手を伸ばし……頬の傷に触れた。

 光の力を傷に注ぐと……血が、止まった。

「……ありがとう、ありあ」

 グラントが前を向いたまま、礼を言った。


「アスタリア様っ、もう……もうお止め下さいっ!!」

 ありあは黒い霧に覆われつつあるアスタリア妃に向かって叫んだ。


 ――ぎろり


「ひっ!」

 思わずありあは一歩後ろに下がった。アスタリア妃の美しい青の瞳は――紅玉(ルビー)のように真っ赤に染まっていた。


「ふふ……」

 アスタリア妃の口元が、にたり、と歪む。

「お前のごとき、半人前の光の巫女が、この私に敵うとでも? 魔法国セレスタインで第一位の力を持つ、この私に?」

 

 ざわり、と空気が揺れた。王の間全体が……ゆっくりと闇に染まっていく。

 グラントとありあを取り囲むように……暗闇で何か、が蠢く気配がする。

「闇の……魔物、か……」

 グラントが呟く。かしゃかしゃ、と乾いた足が擦れる音が……した。


「グギャアアアアアッ!!」

 突然、闇の中から、真っ赤な口が現れて、襲いかかって来た。

「きゃああっ!!」

 思わず目を瞑ったありあに、肉が切れる鈍い音と呻き声が聞こえた。

「あ……」

 目を開けると……グラントの振り下ろした剣が、魔物を真っ二つに切り裂いていた。床の上で、ずるずると蠢く肉塊。濃い血の臭い、がした。その臭いに引き寄せられるように……闇から魔物達が姿を現した。

「俺の後ろにいろ!」

「は、はい!」

 グラントが襲ってくる魔物に剣を振るう。その度に、ぬめりとした血と肉片が床に散らばる。その痕から立ち昇る、黒い霧。

(サーリャに教わった、守護魔法……!)

 両手で巫女の石を包む。意識を巫女の石に集中させる。石が……ぼんやりと金色に光り始める。

「グラントを……守って!」

 光の輪が石を中心に広がり、グラントの身体を覆った。彼の周りにある黒い霧を浄化していく。


「……っ!!」

 グラントが大きく横に剣を回す。三匹の魔物の身体の肉が、ぱくりと開く。断末魔の叫びが王の間に響く。

「きりがないっ……!」

 グラントはアスタリア妃の方を見た。真っ赤な瞳が、闇の中に毒々しく光っている。闇を纏い、堂々としたその姿は――神にも、見えた。


「……」

 何か、アスタリア妃が呟いた。その刹那、アスタリア妃の周りの空気が渦を巻き、グラントに襲いかかって来た。


「っ!!」

 剣で防ぎきれなかった風圧で、グラントが後ろに下がった。身体中に、刃物で切った様な傷ができている。

「グラント、大丈夫!?」 

 ありあが手を伸ばし、グラントの背中に触れた。触れたところから、傷口が塞がっていく。

「……ああ」

 グラントはアスタリア妃を真っ直ぐに見た。闇に染まった彼女の気配は……どす黒くなっていた。


 つと、アスタリア妃が右手を天に向けて開いた。黒い霧が右手に集まり……次第に形を成していった。

「あ……」

 ありあの身体がすくんだ。圧倒的な闇の力。光の届かない、深淵の闇。それが……一つになっていく。


 アスタリア妃が右手を思いきり振り下ろす。空気を切る音が炸裂し、黒い鞭がグラントの剣の刃に巻き付いていた。

「くくっ……」

 背筋が寒くなるような声。魔物達の叫びよりも、更に闇を感じるような。

「くっ……!」

 グラントが刃の向きを左に変え、身体を回して鞭を外す。

「!?」

 ありあの目が大きくなった。銀色に輝いていた剣の刃に……巻き付かれた黒い痕が残っていた。

(闇の力が残ってる!?)

「ぐっ……!」

 グラントが苦しそうに呻いた。刃先から立ち昇った黒い霧が、グラントの左腕を覆っていた。 

「グラントっ!?」

 思わずありあが前に出た時――アスタリア妃の瞳が暗く光った。



「きゃあああっ!!」

 衝撃と共に、全身に痛みが走る。身体が床に転がされた。ありあの身体に鞭が巻き付き、ぎりぎりと締めつけていた。

「ありあ!?」

 グラントが鞭に向かって剣を振り下ろしたが……金属のような音がするだけで、全く切れなかった。

(な……に、これ……っ……!!)

 闇の力がぞわりぞわりと身体を侵そうとしている。ありあは、顔を上げ、アスタリア妃を見た。

「アスタリア様!」

 ありあはもう一度、アスタリア妃に叫んだ。

「とうさまは……あなたのことも、『助けて欲しい』って言ってたんです!」

 ――アスタリア妃の表情が凍った。グラントが剣先をアスタリア妃に向ける。


「だから……だから……」

 ありあは涙に滲んだ目で、アスタリア妃を見た。


「もう……これ以上……」

 グラントが床を蹴った。真っ直ぐにアスタリア妃の心臓を狙う。


 グラントの剣がアスタリア妃に届く直前に――誰か、が言った。




「――その美しい手を、血で染めないで下さい――」




 ありあは……目の前の光景が信じられず……ただ大きく瞳を開いて、いた。

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