シルヴェスタ城~王の間6
*5/9 改訂しました。
『――姫。参りましょう』
そう言って、大きな手を私に差し出したその御方は……
……とても優しい青い瞳をしていた。
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「い……」
「いやあああああああっ!!」
甲高い悲鳴が部屋にこだました。ガラスの筒は……砂の城のように崩れ去り……床には生首が一つ、転がっているだけだった。
「陛下、陛下っ!!」
アスタリア妃が半狂乱になりながら、しゃがみ込んでその生首を抱き抱えた。彼女の腕の中で……生首の肉の部分はさらさらと崩れ落ち……あっという間に骨だけに変わっていった。
「とう……さま……」
ありあは呆然と呟いた。すぐ隣にいるグラントも……声を出せないようだった。
「あああああっ……」
セレスタインの第一王女。王太子妃殿下。誇り高く、賢妃として名高いその人が、
――大声を上げて、泣いている。しゃれこうべを抱きしめたまま。
後ろに立つリカルドも……呆然とただ、見守っているだけだった。
(アスタリア様……っ)
胸が……痛い。まるで、アスタリア妃の声がそのまま胸に突き刺さってくるような。ありあは……アスタリア妃から目を離せなかった。
――暫く、王の間には……アスタリア妃の慟哭だけが、響いていた。
「……っ」
ゆらり……とアスタリア妃が立ち上がった。その瞳は……完全に狂気に染まっていた。
「許さぬ……許さぬぞ……」
ありあとグラントを……射抜くように見た。
「……陛下に愛されてもいなかったくせに、陛下の御子を産んだあの女も」
グラントを見ながら言った後、ありあを見た。
「陛下に愛されていたくせに、陛下の御子ではない子を産んだ、あの巫女も」
「アスタリア……様……」
アスタリア様は……ご存じだったんだ。私が……
グラントが足元の剣を拾い上げ、アスタリア妃に向かって構えた。
「俺の後ろにいろ、ありあ」
「は、はい」
グラントの背中に廻ったありあは、それでも……アスタリア妃をただ、見ていた。
「!?」
グラントの表情が変わった。こぼれていた青い光が……アスタリア妃に集まって、いた。
ぞくり、とありあの背筋に悪寒が走った。何か……巨大な力の流れ、がアスタリア様に集まってる……!?
(とうさまを保つために力を使ったから、グラントを殺せなかったって……だったら……!!)
ウィリアム前国王を失ったアスタリア妃が
――その魔力を、わが身に戻したら……その力、は……
アスタリア妃が詠唱を唱えながら、さっと右手を切った。風が渦を巻いてグラントに襲いかかる。
「っ!!」
グラントの身体から軽く血が飛んだ。服が、あちらこちら切られてる!?
「グラントっ!!」
「……大事ない。軽傷だ」
グラントの頬にも切り傷ができていた。血が頬から流れている。ありあは手を伸ばし……頬の傷に触れた。
光の力を傷に注ぐと……血が、止まった。
「……ありがとう、ありあ」
グラントが前を向いたまま、礼を言った。
「アスタリア様っ、もう……もうお止め下さいっ!!」
ありあは黒い霧に覆われつつあるアスタリア妃に向かって叫んだ。
――ぎろり
「ひっ!」
思わずありあは一歩後ろに下がった。アスタリア妃の美しい青の瞳は――紅玉のように真っ赤に染まっていた。
「ふふ……」
アスタリア妃の口元が、にたり、と歪む。
「お前のごとき、半人前の光の巫女が、この私に敵うとでも? 魔法国セレスタインで第一位の力を持つ、この私に?」
ざわり、と空気が揺れた。王の間全体が……ゆっくりと闇に染まっていく。
グラントとありあを取り囲むように……暗闇で何か、が蠢く気配がする。
「闇の……魔物、か……」
グラントが呟く。かしゃかしゃ、と乾いた足が擦れる音が……した。
「グギャアアアアアッ!!」
突然、闇の中から、真っ赤な口が現れて、襲いかかって来た。
「きゃああっ!!」
思わず目を瞑ったありあに、肉が切れる鈍い音と呻き声が聞こえた。
「あ……」
目を開けると……グラントの振り下ろした剣が、魔物を真っ二つに切り裂いていた。床の上で、ずるずると蠢く肉塊。濃い血の臭い、がした。その臭いに引き寄せられるように……闇から魔物達が姿を現した。
「俺の後ろにいろ!」
「は、はい!」
グラントが襲ってくる魔物に剣を振るう。その度に、ぬめりとした血と肉片が床に散らばる。その痕から立ち昇る、黒い霧。
(サーリャに教わった、守護魔法……!)
両手で巫女の石を包む。意識を巫女の石に集中させる。石が……ぼんやりと金色に光り始める。
「グラントを……守って!」
光の輪が石を中心に広がり、グラントの身体を覆った。彼の周りにある黒い霧を浄化していく。
「……っ!!」
グラントが大きく横に剣を回す。三匹の魔物の身体の肉が、ぱくりと開く。断末魔の叫びが王の間に響く。
「きりがないっ……!」
グラントはアスタリア妃の方を見た。真っ赤な瞳が、闇の中に毒々しく光っている。闇を纏い、堂々としたその姿は――神にも、見えた。
「……」
何か、アスタリア妃が呟いた。その刹那、アスタリア妃の周りの空気が渦を巻き、グラントに襲いかかって来た。
「っ!!」
剣で防ぎきれなかった風圧で、グラントが後ろに下がった。身体中に、刃物で切った様な傷ができている。
「グラント、大丈夫!?」
ありあが手を伸ばし、グラントの背中に触れた。触れたところから、傷口が塞がっていく。
「……ああ」
グラントはアスタリア妃を真っ直ぐに見た。闇に染まった彼女の気配は……どす黒くなっていた。
つと、アスタリア妃が右手を天に向けて開いた。黒い霧が右手に集まり……次第に形を成していった。
「あ……」
ありあの身体がすくんだ。圧倒的な闇の力。光の届かない、深淵の闇。それが……一つになっていく。
アスタリア妃が右手を思いきり振り下ろす。空気を切る音が炸裂し、黒い鞭がグラントの剣の刃に巻き付いていた。
「くくっ……」
背筋が寒くなるような声。魔物達の叫びよりも、更に闇を感じるような。
「くっ……!」
グラントが刃の向きを左に変え、身体を回して鞭を外す。
「!?」
ありあの目が大きくなった。銀色に輝いていた剣の刃に……巻き付かれた黒い痕が残っていた。
(闇の力が残ってる!?)
「ぐっ……!」
グラントが苦しそうに呻いた。刃先から立ち昇った黒い霧が、グラントの左腕を覆っていた。
「グラントっ!?」
思わずありあが前に出た時――アスタリア妃の瞳が暗く光った。
「きゃあああっ!!」
衝撃と共に、全身に痛みが走る。身体が床に転がされた。ありあの身体に鞭が巻き付き、ぎりぎりと締めつけていた。
「ありあ!?」
グラントが鞭に向かって剣を振り下ろしたが……金属のような音がするだけで、全く切れなかった。
(な……に、これ……っ……!!)
闇の力がぞわりぞわりと身体を侵そうとしている。ありあは、顔を上げ、アスタリア妃を見た。
「アスタリア様!」
ありあはもう一度、アスタリア妃に叫んだ。
「とうさまは……あなたのことも、『助けて欲しい』って言ってたんです!」
――アスタリア妃の表情が凍った。グラントが剣先をアスタリア妃に向ける。
「だから……だから……」
ありあは涙に滲んだ目で、アスタリア妃を見た。
「もう……これ以上……」
グラントが床を蹴った。真っ直ぐにアスタリア妃の心臓を狙う。
グラントの剣がアスタリア妃に届く直前に――誰か、が言った。
「――その美しい手を、血で染めないで下さい――」
ありあは……目の前の光景が信じられず……ただ大きく瞳を開いて、いた。




