シルヴェスタ城~王の間3
――……セ
「……」
アスタリア妃は、王の間の一角を見つめた。ぼんやりと感じていた闇の気配が……次第に強くなっていく。
「闇の……眷属……」
黒く禍々しい気の渦が……王の間に現れた。アスタリア妃は表情を変えぬまま、じっと闇を見ていた。
――ソノカラダ……ヨコ……セ……
アスタリア妃は、自分足元に転がるありあ、を見た。命の炎を抜いた、ほぼ抜け殻に近い身体。ぐったりと床に横たわり……目は半開きで、虚ろなままだった。
「……あの力を保有できる身体……器として欲しいのか」
実態を持たない闇の眷属が、この世で力を振るうには……依代が必要だ。光の巫女姫の身体は、魔力に対する耐性が高い。並みの人間の身体ならば耐えられない闇の力にも、耐える事ができるだろう……。
ふふふとアスタリア妃の口元が歪んだ。憑依した闇の眷属を倒すには……方法は一つしかない。依代の破壊、だ。
(あの男……壊す事ができるのかしら? 光の巫女姫の……身体、を)
「……構わぬ。この身体、そなたらの好きに使うがよい」
闇が一瞬で濃くなった。ありあの身体を真っ黒の霧が覆い……それが身体の中に入り込んでいく。命のない身体は……何の抵抗もなく、闇の力を受け入れていた。
――やがて……ゆっくりとありあが身体を起こした。
……闇を纏ったありあの、その瞳は……赤かった。
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……嫌な、予感がする。
王の間に向かっているグラントは、先程から感じる不気味な気配に、言いようのない不安を抱いていた。
(アスタリア妃は……危険、だ)
光の巫女姫であるありあに、直接手出しはしていなかったが……狂気にかられている彼女は何をするかわからない。
「……ここです」
リカルドが金属製の扉の前で立ち止まった。青い石に、その手をかざす。
――音もなく、扉が左右に開く。グラントは薄暗い王の間に足を踏み入れた。
「……ありあっ!!」
――グラントの目に入ってきたのは――
部屋の中央に、ぼんやりと青く輝く巨大なガラスの筒。床の魔方陣……そこに配置された青い石の中に、黄金の炎が揺らめいていた。ガラスの筒に浮かぶ……人の頭。
(ありあが言っていたリチャード公の首……!?)
そして、そのガラスの筒の前に……立つ、黒い髪の少女。
「――!?」
駆け寄ろうとしたグラントの足が止まった。ありあの身体から感じる……のは。
「闇……の気配……?」
ありあがゆっくりとグラントを見る。グラントは息を呑んだ。
「アーリャ様!?」
リカルドが叫ぶ。
ありあの表情は……ガラスのように冷たかった。そして、その瞳は……
(――赤い!?)
毒々しいまでに真っ赤な瞳……闇の力の象徴。
にやり、とありあの口元が歪んだ。
『……封魔ノ力ヲ持ツ者、カ……』
耳障りな声。ありあの声ではない。
『コノ身体……我ノモノ……』
「ありあをどうしたっ!!」
グラントの叫びに……澄んだ声が答えた。
「……その身体でしたら……命の炎を抜いた、ただの抜け殻……」
「!?」
右手奥にいたアスタリア妃が、ゆっくりと歩いてきた。
「母上……」
リカルドの声も……呆然としていた。
「アスタリア妃……何を……っ!!」
睨みつけるグラントの視線にも、アスタリア妃は全く動じなかった。
「……その娘……どうあっても、リカルドの妃になる気はない、と」
「!?」
グラントは目を見開いた。くすくすと笑う声が、王の間に響いた。
「傍にいたい……と。お前の……な」
「な……」
「王であろうとなかろうと……お前の傍にいる、と言っておったわ。あの娘は」
グラントは声を出す事ができなかった。ありあが……俺の傍にいると、言った……?
(まさか……ありあ……)
思い出していたのか!? 俺の事、を……
アスタリア妃の瞳が狂気に染まった。
「……その娘から命の炎を抜いてやったわ。リカルドの妃にならぬなら……その力を利用させてもらう、そう思ってな」
「!?」
命を……抜いた、だと!? グラントはアスタリア妃とありあ、を見た。
(抜いた後の身体に……闇の眷属を憑依させたのかっ……!!)
グラントは剣を抜き、アスタリア妃に向かって構えを取った。アスタリア妃はゆったりと微笑んでいた。
「その娘に……命の炎を戻す事は、私にもできぬ。私に出来る事は……ただ、奪うのみ」
「……っ……」
「それが可能なのは……光の巫女だけだ。だが……」
――今、存在している光の巫女は……ありあしか、いない。
ぎり、とグラントは歯を食いしばった。柄を握る手に……力が入る。
「……この娘を大切にしていたそうだな。ならば、その者の手で、死ぬのが幸せというものだろう」
ありあが一歩、前に出る。ゆっくりと右手を上げ……グラントに向かって、その手を振り下ろした。
「!」
グラントは横に飛んだ。頬が切れ、血が飛ぶ。闇の刃が王の間を切り裂いて……いた。
『……死ヌガイイ……』
ありあだった身体から、闇の霧が立ち上り……王の間は、深淵の闇に包まれた。




