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シルヴェスタ城~王の間2

「グラ……ント……」

 ありあは呆然と呟いた。



 ……忘れていた、大切なモノ……は


(グラントの……こと、だったんだ……)


 戻って来た時の、グラントの戸惑った様な、態度。あれは……

(私が……忘れてたから……)


 自分の事を忘れてると知って……グラントはどう思ったんだろう。

 ――ありあはぎゅっと胸の前で拳を握りしめた。そして――アスタリア妃を真っ直ぐに、見た。


「……私は、グラントの傍にいます」

「……」

 アスタリア妃の表情は……動かなかった。

「グラントが王様だから、とか関係ないんです! 王様でも……王様じゃなくても」

「……」

「傍に……いたいんです」

「……」


 二人の間に……暫く沈黙が流れた。


「ふ、ふ……」

 アスタリア妃の口元が……ゆっくりと上がった。

「傍に……いたい、と。あの男の、傍に……」

「……はい」

 ガラスの筒を背にしたありあに……アスタリア妃が、こつこつと足音を立てて近寄って来た。ありあは思わず後ずさりをし……背中がガラスに当った。

「ならば……あなたには、別の意味で役に立ってもらわなくてはなりませんわね? 巫女姫様」

「……別の意味って……」

 青い瞳に……狂気の色が宿った。ありあの全身に、びりびりするような気配が纏わりついてきた。

「リカルドの妃になると言えば……無事に生きられたものを……」


一瞬……目の前が暗くなった。

「アスタリア様っ……!?」


 ――胸に重い衝撃。ありあはゆっくりと、自分の胸を……見た。


「え……?」

 ありあは……目を大きく見開いた。そこで見たのは……


 ――アスタリア妃の右手が……ありあの胸の真ん中を、貫いて、いた。


*******************************************************


「――!!」

 一瞬――城全体が揺れた。グラントは足を広げて、体勢を保った。

「今のは……っ!?」

 巨大な魔力の気配。背筋に悪寒が走る。

(何だ!? この得体の知れない力の動きは……っ!?)


「……術式の再構成……っ!?」

 リカルドが叫ぶ。その青い瞳には、狼狽の色が浮かんでいた。

「まさか……アーリャ様、を……」

「ありあ!?」

 グラントはリカルドに詰め寄った。

「今の魔力は何だ、リカルド!? ありあに関係するのか!?」

 リカルドが目の前のグラントを見た。その顔からは……血の気が引いていた。

「この城は……母上の魔力で構成されています」

「……」

「この、力は……王の間の術式を組み替えるモノ……」

「王の間だと!?」

 ありあが向かった場所。グラントはぐっと唇を噛み、剣を鞘に納めた。

「……お前との決着は後だ、リカルド。俺は王の間に向かう」

「……私も参ります」

 リカルドも剣をしまい、そう言った。

「私が行かなければ……王の間を開ける事はできません」

 グラントは、リカルドの瞳を見――そして、頷いた。

「……行くぞ」

「ええ」

 遠ざかる二人の足音が――暫く地下室に残っていた。


*******************************************************


 なに……が……起こった……の……?


 ありあは……薄れていく意識の中で、自分の身体がずるずると崩れ落ちていくのを感じていた。


 くっくっく……アスタリア妃の歪んだ笑い声が王の間に響いた。

「さすが……光の巫女姫。素晴らしい『命の炎』ですわ」

 翳んだありあの瞳に――アスタリア妃の右手の上に輝く、黄金の炎が映った。

「あなたは、その身の内に膨大な力を持っていても……それを使いこなす事が出来ない。正に宝の持ち腐れ、ですわ」

「……」

「ですから……この炎をいただきます。光の巫女姫の命は、黄金の炎。全てを生み出し……再生させる力を持つと言われておりますわ」

「……」

 声が……でない。身体も……動か、ない……。

「この状態でまだ生きているとは……さすが、最強の巫女姫と呼ばれる御方だけのことはありますわね……」

 ガラスの筒の前で横たわるありあの身体を……冷たい青の瞳が見下ろしていた。

「この部屋は……私の魔力で保っておりますの。私では……陛下をこの状態で保つのが精一杯……」

 アスタリア妃の瞳が……愛おしそうに黄金の炎を見た。

「ですけれど……この炎があれば……」


 アスタリア妃の背後に……深淵の闇、が見えた。


「……陛下の身体を再生させることも可能、ですわ」


 とう……さま……を……?


「……陛下は……闇の眷属に侵され……もはや手の打ちようがない状態でしたの」

「……」

「闇に染まってしまった身体を切り離し……この状態にしなければ、陛下のお命はなかったでしょうね」

「……」

「皮肉でしょう。あの光の巫女姫が……死ぬ間際に陛下にこの黄金の炎を移して……助けようとしていたなどと」

「……」

 かあさ、ま……

「もはや巫女としての力もないくせに……自らの命を陛下に捧げて……」

 ……

「……そのおかげで……首だけでも助ける事ができましたけれど」

 ……

「私は……闇に染まっても、正気でも……陛下を手に入れるつもりでいましたけれどね」

「……は……」

 ようやく出た声は……掠れていた。

「……リ……チャード、さ……まは……」

 アスタリア妃の瞳が凍った。

「……リチャード殿下は……すでに御亡くなりになってました。ですから……」

 ……

「……ウィリアム陛下に憑依していた闇の眷属を……リチャード殿下の御遺体に移しましたの。ウィリアム陛下の身代わりとして」

 ……

「あの事件の後……実質政務を取っていたのは、この私……表向きは、リチャード殿下が病床から指示した、という形にしていましたが」

 ……

「闇の眷属は……折を見て、始末するつもりでしたわ。リカルドが……王の政務に慣れてから、と」

 再び……アスタリア妃の瞳に冷たい炎が宿った。

「それを……またもや、あの女の息子が……邪魔立てしたあげく……王座まで奪って……!!」

 ……

「陛下の身体を維持するために、私の力を使っていなければ……あの男の命を奪う事など簡単だったのに……」

 ……

 にやり、とアスタリア妃が笑う。

「……ですが……今のあなたを見れば……さぞや、あの男は絶望することでしょうねえ……」

 ……グラント……

「……あの男が来るまでは……とどめを刺したりはしませんわ」

 ……

「目の前で……最期の炎を奪い取ってやりましょう……」

 ……


 アスタリア妃の高く笑う声。魔方陣から発せられる、耳障りな音。それら全てが……ありあから遠ざかっていった。

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