シルヴェスタ城~王の間2
「グラ……ント……」
ありあは呆然と呟いた。
……忘れていた、大切なモノ……は
(グラントの……こと、だったんだ……)
戻って来た時の、グラントの戸惑った様な、態度。あれは……
(私が……忘れてたから……)
自分の事を忘れてると知って……グラントはどう思ったんだろう。
――ありあはぎゅっと胸の前で拳を握りしめた。そして――アスタリア妃を真っ直ぐに、見た。
「……私は、グラントの傍にいます」
「……」
アスタリア妃の表情は……動かなかった。
「グラントが王様だから、とか関係ないんです! 王様でも……王様じゃなくても」
「……」
「傍に……いたいんです」
「……」
二人の間に……暫く沈黙が流れた。
「ふ、ふ……」
アスタリア妃の口元が……ゆっくりと上がった。
「傍に……いたい、と。あの男の、傍に……」
「……はい」
ガラスの筒を背にしたありあに……アスタリア妃が、こつこつと足音を立てて近寄って来た。ありあは思わず後ずさりをし……背中がガラスに当った。
「ならば……あなたには、別の意味で役に立ってもらわなくてはなりませんわね? 巫女姫様」
「……別の意味って……」
青い瞳に……狂気の色が宿った。ありあの全身に、びりびりするような気配が纏わりついてきた。
「リカルドの妃になると言えば……無事に生きられたものを……」
一瞬……目の前が暗くなった。
「アスタリア様っ……!?」
――胸に重い衝撃。ありあはゆっくりと、自分の胸を……見た。
「え……?」
ありあは……目を大きく見開いた。そこで見たのは……
――アスタリア妃の右手が……ありあの胸の真ん中を、貫いて、いた。
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「――!!」
一瞬――城全体が揺れた。グラントは足を広げて、体勢を保った。
「今のは……っ!?」
巨大な魔力の気配。背筋に悪寒が走る。
(何だ!? この得体の知れない力の動きは……っ!?)
「……術式の再構成……っ!?」
リカルドが叫ぶ。その青い瞳には、狼狽の色が浮かんでいた。
「まさか……アーリャ様、を……」
「ありあ!?」
グラントはリカルドに詰め寄った。
「今の魔力は何だ、リカルド!? ありあに関係するのか!?」
リカルドが目の前のグラントを見た。その顔からは……血の気が引いていた。
「この城は……母上の魔力で構成されています」
「……」
「この、力は……王の間の術式を組み替えるモノ……」
「王の間だと!?」
ありあが向かった場所。グラントはぐっと唇を噛み、剣を鞘に納めた。
「……お前との決着は後だ、リカルド。俺は王の間に向かう」
「……私も参ります」
リカルドも剣をしまい、そう言った。
「私が行かなければ……王の間を開ける事はできません」
グラントは、リカルドの瞳を見――そして、頷いた。
「……行くぞ」
「ええ」
遠ざかる二人の足音が――暫く地下室に残っていた。
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なに……が……起こった……の……?
ありあは……薄れていく意識の中で、自分の身体がずるずると崩れ落ちていくのを感じていた。
くっくっく……アスタリア妃の歪んだ笑い声が王の間に響いた。
「さすが……光の巫女姫。素晴らしい『命の炎』ですわ」
翳んだありあの瞳に――アスタリア妃の右手の上に輝く、黄金の炎が映った。
「あなたは、その身の内に膨大な力を持っていても……それを使いこなす事が出来ない。正に宝の持ち腐れ、ですわ」
「……」
「ですから……この炎をいただきます。光の巫女姫の命は、黄金の炎。全てを生み出し……再生させる力を持つと言われておりますわ」
「……」
声が……でない。身体も……動か、ない……。
「この状態でまだ生きているとは……さすが、最強の巫女姫と呼ばれる御方だけのことはありますわね……」
ガラスの筒の前で横たわるありあの身体を……冷たい青の瞳が見下ろしていた。
「この部屋は……私の魔力で保っておりますの。私では……陛下をこの状態で保つのが精一杯……」
アスタリア妃の瞳が……愛おしそうに黄金の炎を見た。
「ですけれど……この炎があれば……」
アスタリア妃の背後に……深淵の闇、が見えた。
「……陛下の身体を再生させることも可能、ですわ」
とう……さま……を……?
「……陛下は……闇の眷属に侵され……もはや手の打ちようがない状態でしたの」
「……」
「闇に染まってしまった身体を切り離し……この状態にしなければ、陛下のお命はなかったでしょうね」
「……」
「皮肉でしょう。あの光の巫女姫が……死ぬ間際に陛下にこの黄金の炎を移して……助けようとしていたなどと」
「……」
かあさ、ま……
「もはや巫女としての力もないくせに……自らの命を陛下に捧げて……」
……
「……そのおかげで……首だけでも助ける事ができましたけれど」
……
「私は……闇に染まっても、正気でも……陛下を手に入れるつもりでいましたけれどね」
「……は……」
ようやく出た声は……掠れていた。
「……リ……チャード、さ……まは……」
アスタリア妃の瞳が凍った。
「……リチャード殿下は……すでに御亡くなりになってました。ですから……」
……
「……ウィリアム陛下に憑依していた闇の眷属を……リチャード殿下の御遺体に移しましたの。ウィリアム陛下の身代わりとして」
……
「あの事件の後……実質政務を取っていたのは、この私……表向きは、リチャード殿下が病床から指示した、という形にしていましたが」
……
「闇の眷属は……折を見て、始末するつもりでしたわ。リカルドが……王の政務に慣れてから、と」
再び……アスタリア妃の瞳に冷たい炎が宿った。
「それを……またもや、あの女の息子が……邪魔立てしたあげく……王座まで奪って……!!」
……
「陛下の身体を維持するために、私の力を使っていなければ……あの男の命を奪う事など簡単だったのに……」
……
にやり、とアスタリア妃が笑う。
「……ですが……今のあなたを見れば……さぞや、あの男は絶望することでしょうねえ……」
……グラント……
「……あの男が来るまでは……とどめを刺したりはしませんわ」
……
「目の前で……最期の炎を奪い取ってやりましょう……」
……
アスタリア妃の高く笑う声。魔方陣から発せられる、耳障りな音。それら全てが……ありあから遠ざかっていった。




