シルヴェスタ城~地下通路・王の間
鈍い金属音が暗い地下に響き渡った。刃と刃がぶつかり、銀色の火花が飛ぶ。
ぐっと柄に力を込め、剣先を横に払い除けた。一歩下がったリカルドが、刃を翻して突っ込んできる。
「くっ……!」
左に身を避ける。刃先が袖を掠った。右足から踏み込む。剣を振り下ろす。
「……っ」
リカルドも身を逸らす。間合いを取り直す。互いの視線が……絡みあって、また解けた。
「……っくっく……」
リカルドの口から……乾いた様な笑い声が洩れた。
「……あの時と――同じ、ですね。あなたが私を倒し……初めて剣技会で優勝した時と」
「……」
グラントは油断なくリカルドを見据えた。
「あなたは王太子になり……そして、母は……」
「ゆっくりと……変わって、いき……」
――リカルドの瞳が……赤く、染まった。
「やがて……父を……」
「……愛する御方の身代わりにしてしまいました」
な……に……?
グラントは……リカルドの言葉に目を見張った。
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「愛しい……御方?」
ありあは呆然と呟いた。アスタリア様って……リチャード王太子殿下の妃、よね!?
「……ええ……」
まるで夢見るような表情。ずっと年上なのに……少女のように、見えた。
「セレスタインに迎えに来て下さったあの御方は……私の夢の騎士様、そのものでしたわ」
「……」
「寡黙で、愛想もよいわけではなく……ただただ、実直で誠実な御方でした」
「……」
「その御方が……私の夫となる王太子殿下の……双子の弟君だと知った時には、もう……」
「え……」
アスタリア……様、は。
……ありあは目を見開いた。
(とうさま……をお好きだった、の……!?)
アスタリア妃の瞳は……どこか、遠い所を見ているようだった。
「……リチャード王太子殿下も……それは素晴らしい御方でした。聡明でお優しく……私の事も、それはそれは大切にして下さいました……」
「ですから……何度も、この想いを忘れようとしましたわ。リチャード殿下だけを……見つめようと」
アスタリア様の青い瞳に……ちら、と光が宿った
「もし……リチャード殿下とウィリアム殿下が……双子でなかったなら」
「……」
「……忘れられたかも知れませんわね……」
「……」
愛する人が……自分の夫と瓜二つ。夫の顔を見るたびに……違う人を、想う。
ずきん、と胸の真ん中が脈打った。
(胸が……痛い……)
ありあは右手を胸の前で握り締めた。アスタリア様は……どんなに、苦しんだのだろう。目の前の貴婦人の過去に、ありあは声を出せなかった。
「……ですから」
「――!?」
背筋を這う悪寒。さっきまでと……口調が違う!?
「……許せなかった。あの御方の……子を成した、あの女、が」
「アスタリア様っ……!?」
ありあはアスタリア妃を見た。彼女の全身を……どす黒い何か、が覆っていた。
「……身分の低い地方貴族の娘でありながら……あの御方の保護を受け……息子までっ……!!」
(あ……)
ありあの心に……叫ぶような声、が聞こえてきた。
『――あの御方の……息子を産むのは……この私、でなくてはならなかったのに』
(――っ!!)
ありあは思わず胸を押さえて、目を瞑った。アスタリア妃の……心が……冷たく暗い感情が、流れ込んでくる。
(闇に……染まってる……!!)
「……あの女は死んだというのに……その息子までもが……リカルドの邪魔をっ……!!」
「……アスタリア様っ!!」
ありあはアスタリア妃の言葉を切って叫んだ。
「グラントは、グラントは何も、悪くありませんっ!! ただ……王様としての責任を果たそうとしてるだけですっ!!」
ありあを見るアスタリア妃の視線が……全身に絡みついてきた。
「……リカルドの妃となっていただけるのでしょう? 巫女姫様」
優しげな声……それに隠れた……悪意。
「光の巫女姫が妃になっていただければ……あの子が王になる事に異を唱える者はいないでしょう」
青い瞳が、氷のように冷たく光った。
「……あの女の息子に代わって……リカルドがグランディアの王となります。あなたはそのまま……王妃の座に留まればよいのですよ?」
「……っ、アスタリア様っ!」
ありあは、きっとアスタリア妃の青い瞳を見据えた。
「……私は……リカルドさんの、妃にはなれません」
「……」
アスタリア妃は……ありあを食い入るように見つめていた。その迫力に、ありあの顔も強張ったが……アスタリア妃から目を逸らさなかった。
「私は元々、グランディアの王妃になりたかったわけじゃないんです! ただ……」
『……ただ』
自分の言葉が……心にこだました。
『『……傍に、いたかった、だけ』』
「!?」
ありあの言葉が途切れた。……今……なんて……?
――いろんな光景が一斉にありあを取り巻いた。目がちかちかする。ばらばらになっていた……色とりどりの心の欠片が……パズルのように、埋まっていく。
『……にいさま』
小さいアーリャが笑う。
『……グラント』
今のありあが笑う。
……そんな『二人』に……優しく微笑みかける、銀色の瞳。
失くしてしまった……大切な、モノ。
……最後の欠片が……埋まった。




