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シルヴェスタ城~地下通路・王の間

 鈍い金属音が暗い地下に響き渡った。刃と刃がぶつかり、銀色の火花が飛ぶ。

 ぐっと柄に力を込め、剣先を横に払い除けた。一歩下がったリカルドが、刃を翻して突っ込んできる。

「くっ……!」

 左に身を避ける。刃先が袖を掠った。右足から踏み込む。剣を振り下ろす。

「……っ」

 リカルドも身を逸らす。間合いを取り直す。互いの視線が……絡みあって、また解けた。


「……っくっく……」

 リカルドの口から……乾いた様な笑い声が洩れた。

「……あの時と――同じ、ですね。あなたが私を倒し……初めて剣技会で優勝した時と」

「……」

 グラントは油断なくリカルドを見据えた。

「あなたは王太子になり……そして、母は……」 


「ゆっくりと……変わって、いき……」


 ――リカルドの瞳が……赤く、染まった。


「やがて……父を……」


「……愛する御方の身代わりにしてしまいました」


 な……に……?


 グラントは……リカルドの言葉に目を見張った。


************************************


「愛しい……御方?」

 ありあは呆然と呟いた。アスタリア様って……リチャード王太子殿下の妃、よね!?

「……ええ……」

 まるで夢見るような表情(かお)。ずっと年上なのに……少女のように、見えた。

「セレスタインに迎えに来て下さったあの御方は……私の夢の騎士様、そのものでしたわ」

「……」

「寡黙で、愛想もよいわけではなく……ただただ、実直で誠実な御方でした」

「……」

「その御方が……私の夫となる王太子殿下の……双子の弟君だと知った時には、もう……」

「え……」

 アスタリア……様、は。

 ……ありあは目を見開いた。

(とうさま……をお好きだった、の……!?)


 アスタリア妃の瞳は……どこか、遠い所を見ているようだった。

「……リチャード王太子殿下も……それは素晴らしい御方でした。聡明でお優しく……私の事も、それはそれは大切にして下さいました……」


「ですから……何度も、この想いを忘れようとしましたわ。リチャード殿下だけを……見つめようと」

 アスタリア様の青い瞳に……ちら、と光が宿った

「もし……リチャード殿下とウィリアム殿下が……双子でなかったなら」

「……」

「……忘れられたかも知れませんわね……」

「……」

 愛する人が……自分の夫と瓜二つ。夫の顔を見るたびに……違う人を、想う。


 ずきん、と胸の真ん中が脈打った。

(胸が……痛い……)

 ありあは右手を胸の前で握り締めた。アスタリア様は……どんなに、苦しんだのだろう。目の前の貴婦人の過去に、ありあは声を出せなかった。



「……ですから」

「――!?」 

 背筋を這う悪寒。さっきまでと……口調が違う!?




「……許せなかった。あの御方の……子を成した、あの女、が」

「アスタリア様っ……!?」

 ありあはアスタリア妃を見た。彼女の全身を……どす黒い何か、が覆っていた。


「……身分の低い地方貴族の娘でありながら……あの御方の保護を受け……息子までっ……!!」

(あ……)

 ありあの心に……叫ぶような声、が聞こえてきた。


『――あの御方の……息子を産むのは……この私、でなくてはならなかったのに』


(――っ!!)

 ありあは思わず胸を押さえて、目を瞑った。アスタリア妃の……心が……冷たく暗い感情が、流れ込んでくる。

(闇に……染まってる……!!)


「……あの女は死んだというのに……その息子までもが……リカルドの邪魔をっ……!!」

「……アスタリア様っ!!」

 ありあはアスタリア妃の言葉を切って叫んだ。

「グラントは、グラントは何も、悪くありませんっ!! ただ……王様としての責任を果たそうとしてるだけですっ!!」

 ありあを見るアスタリア妃の視線が……全身に絡みついてきた。

 

「……リカルドの妃となっていただけるのでしょう? 巫女姫様」

 優しげな声……それに隠れた……悪意。

「光の巫女姫が妃になっていただければ……あの子が王になる事に異を唱える者はいないでしょう」

 青い瞳が、氷のように冷たく光った。

「……あの女の息子に代わって……リカルドがグランディアの王となります。あなたはそのまま……王妃の座に留まればよいのですよ?」

「……っ、アスタリア様っ!」

 ありあは、きっとアスタリア妃の青い瞳を見据えた。

「……私は……リカルドさんの、妃にはなれません」

「……」

 アスタリア妃は……ありあを食い入るように見つめていた。その迫力に、ありあの顔も強張ったが……アスタリア妃から目を逸らさなかった。

「私は元々、グランディアの王妃になりたかったわけじゃないんです! ただ……」



『……ただ』


 自分の言葉が……心にこだました。



『『……傍に、いたかった、だけ』』



「!?」

 ありあの言葉が途切れた。……今……なんて……?


 ――いろんな光景が一斉にありあを取り巻いた。目がちかちかする。ばらばらになっていた……色とりどりの心の欠片が……パズルのように、埋まっていく。



『……にいさま』

 小さいアーリャが笑う。

『……グラント』

 今のありあが笑う。

 ……そんな『二人』に……優しく微笑みかける、銀色の瞳。





 失くしてしまった……大切な、モノ。


……最後の欠片が……埋まった。

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