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二人の王子~グラント視点3

「……参りますよ?」  

ヴェルナー伯爵の声に、俺は軽く頷いた。

――この扉の向こうに陛下――父上がおられる。大広間には、戴冠式に集まった貴族も大勢いるはずだ。俺は大きく息を吸い……そして、吐いた。


(……かあさま……)


 ――あなたが愛したお方に会いに行きます。

俺は一瞬目を瞑った後――真っ直ぐ前を見た。


********************************


「グラント王子殿下のおなーりー」

 ……ゆっくりと赤い絨毯の上を歩く。両脇から聞こえてくる、ざわめき声。警戒、好奇心、戸惑い、そして――敵意。様々な思惑の入り乱れた視線が、俺に向けられていた。

(……)

だが俺は、気にならなかった。会いに来た相手は――真正面の王座に座っているのだから。


ヴェルナー伯爵と共に、たどり着いた王座の前で頭を下げ、拝礼の姿勢をとった。大広間に沈黙が降りた。


「……グラント=アルシュ=グラディノール、只今戻りました」


一拍後、王座から低い声が響いた。

「……面を上げよ」


ゆっくりと……顔を上げる。白と金の王座に座ったその方は――確かに、俺が年を重ねたらこのような顔になるのでは、と思える(かんばせ)だった。

――俺を見る青い瞳が……少し揺れた。


「……よくぞ戻って来た、グラント。そなたが……無事であった事、嬉しく思うぞ」

「ははっ……」

 再び頭を下げた俺の耳に、父上の言葉が入って来た。


「……これよりグラントを、グランディアの第一王子として認めることとする」

 立ち並んだ貴族達から、どよめきに似た声が洩れた。好意的な見方などない――想定していた通りだった。


「……恐れながら、陛下。陛下は……グラント王子を王太子になさるおつもりですの?」

 凛とした女性の声。ざわめきが止んだ。俺は顔を上げ、右手を見た。


 豊かな銀の髪に青い瞳。誇り高き女神の様な、そんな女性が、王座の前に歩み寄った。

(リチャード元王太子殿下の……妃、アスタリア妃殿下……?)

 アスタリア妃の視線が……一瞬、俺の瞳を捉えた。


(……!?)

 

 思わず鳥肌が立った。

 ――殺気。一瞬だったが……紛れもなく、殺気だった。


 アスタリア妃は、王座の前で頭を下げると……真っ直ぐに父上を見た。

「グラント王子殿下は……使用人として御育ちになったとか。王族としての教育も受けぬまま、王太子の座に就けば、王子ご自身がお辛い思いをなさるでしょう」

「……」

 父上は黙って、アスタリア妃の言葉を聞いていた。

「ましてや、側室であられた御母君は、王宮に足を踏み入ることも滅多にされなかった御方。王子もそうではありませんでしたか?」

「……」

「……我がグランディアには、もう一人王子がおりますわ。 生まれし時からリチャード殿下の後継ぎとして……王子として日々精進を重ねてきた、我が息子が」

 アスタリア妃の視線の先を見た俺は……思わず息を呑んだ。金髪に青い瞳……金の縁取りのチェニックを見に纏った少年は……俺に瓜二つ、だった。

 彼も……俺を真っ直ぐに見ていた。まるで鏡を見ているかのような感覚に、襲われた。

『陛下にそっくり……というより……』

 ジェラルドの言葉が頭に浮かんだ。あれは……『もう一人の王子』リカルド王子と瓜二つ、と言いたかったのか。

 アスタリア妃の澄んだ声が大広間に響いた

「グラント王子殿下には……窮屈なお立場に縛られる事もなく、ゆっくりと王宮に馴染んでいただければよろしいのでは?」

 ――優しげな言葉に潜む悪意。それに気がつかないほど、俺は鈍くはない。おそらく――父上も。

(だが……)

 アスタリア妃に口を挟む貴族はいない。ヴェルナー伯爵でさえ、元王太子妃殿下には逆らう事は許されていないだろう。


 ――俺自身は、どうしたい?


 そう、思っていた俺の両肩に……温かな何か、が触れた。

「……この子は、『王の光』をその身に宿しています」

 アスタリア妃が、はっとしたように俺の方を向いた。俺が振り返ると……黒髪に黒い瞳の女性が、俺のすぐ後ろに立っていた。

「……光の……巫女姫……?」

 俺は思わず呟いた。そんな俺を見て、彼女はにっこりと笑った。

 ――新しい正妃、ファーニア様、だ。王妃の座から降り……俺の肩に両手を載せていた。ファーニア様が、アスタリア妃を真っ直ぐに見た。

「必ずや、素晴らしい王となるでしょう。……王宮に慣れていない、とおっしゃるのであれば、この私が、グラント王子の後見人となります」

 広場から、またどよめきが起こった。今度は……驚きが大半だった。


 ――光の巫女姫の予言。その座を降りてもなお、その言葉には重みがある。

(王の……光……?)

 俺は呆然とファーニア様を見た。彼女は……にっこりと笑って……俺に手を回した。

「……!?」

 柔らかな腕。温かい……

 ……俺は、ファーニア様に抱き締められていた。

「……あなたは私の息子よ。今日から、ここで一緒に暮らしましょう」

「……」

「できれば……」

 身体を離して、彼女が俺に微笑みかけた。

「……私の事は、かあさまと呼んで欲しいわ?」

「……」

 この王宮で初めて聞く……温かな言葉。俺は突然の事に……何と答えたらよいのか、わからなかった。

「……一年の猶予を設ける事と、する」

 父上の声が響いた。俺は王座の方を見た。

「確かにグラントは王子としての教育は受けておらぬ。だが……それはグラントの責ではない」

 アスタリア妃を見る父上の瞳は――強い光を宿していた。

「これより一年後――グラントが王太子にふさわしいかどうか、審議する。ふさわしくない、と判断されれば……リカルドを王太子とする」

 大広間は静まり返っていた。暫く――アスタリア妃も、立ち並ぶ貴族たちも――誰も、何も、言わなかった。

 

 ……やがて、アスタリア妃が王座に向かって、お辞儀をした。

「……陛下の仰せに従いましょう。では、一年後……」

 アスタリア妃は……大広間の出口に向かって歩き出した。その後ろを……リカルド王子が追っていた。

 ヴェルナー伯爵が王の退出を告げた。それに従い、貴族達もぞろぞろと大広間を辞し始めた。


「……グラント?」

 俺は、はっと黒い瞳、を見た。全てを見通すかのような、綺麗な瞳……。

「……はい」

 ファーニア様が……微笑みを浮かべながら、俺を見つめた。

「……あなたに会うのを……ずっと待っていたわ」

「え……」

「あなたは……私の希望、なの」

「……」

 ……希望? 俺が?

「今はわからないかも知れないけれど……」

 漆黒の瞳に……吸い込まれそうに、なった。

「……その銀色の瞳。お母様譲りなんですってね。陛下から伺ったわ」

 もう一度、強く抱きしめられた。俺は……頬が熱くなるのを止められなかった。

「……あなたに、光の神の御加護がありますように……」

 囁くようにそう言って、彼女は手を離した。そして……父上の後を追い、大広間から立ち去った。


「……グラント王子殿下」

 ぼうっと彼女の姿を追っていた俺は、ヴェルナー伯爵の呼び掛けに我に返った。ジェラルドもその後ろに控えていた。

「ファーニア様がついていて下されば……貴族共も、表向きは何も言わなくなるでしょう」

「……裏ではどうかわからないが、ということですね」

 俺はヴェルナ―伯爵を見た。

「俺は……俺にできることをしようと思います。機会を与えて下さった陛下……や王妃様に恥じぬように」

 ヴェルナー伯爵が大きく頷いた。ジェラルドも微笑んでいた。

「あなたなら……大丈夫ですとも。さあ……参りましょうか」

 ヴェルナー伯爵とジェラルドと共に、俺は大広間を辞した。

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