二人の王子~アルシュ―グラント視点
『――グラント』
俺を呼ぶ……優しい、声。俺の身体を抱き締める、温かい腕。優しく微笑む……銀色の瞳。
『……どうか』
最後に……聞こえたの、は……
『どうか……幸せ、に……』
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「……?」
ゆっくりと目を開けた。身体が……だるい……。ゆっくりと辺りを見回す。
――天蓋附きのベッドに……彫刻のある柱。重厚な感じの壁紙……
「……気がついた?」
右側に顔を向けると……ジェラルドの笑顔があった。
「ジェラルド……ここ、は……」
「僕の部屋だよ。……アル、あれから丸一日眠ったままだったんだよ?」
「あれ……か……?」
ぼんやりとしていた俺の頭に――赤く光る瞳、が浮かんだ。
咄嗟に起き上がろうとして……そのまま、前のめりになってしまった。
ジェラルドが俺に手を貸してくれて、背もたれに身体をあずける形で落ち着いた。
「だめだよ、無理をしたら。アル、強力な媚薬を飲まされてたんだよ。解毒剤も飲んだけど、身体に負担がかかってるって」
「……」
……身体が思うように動かない。ジェラルドが枕元のテーブルに置いてあった水差しから、コップに水を注ぎ、俺の口元に当ててくれた。一口、冷たい水をごくり、と飲んだ。
少し……落ち着いた、気がした。
俺は、コップをテーブルに置くジェラルドを見た。
「ジェラルドは……怪我は、していない……か……?」
ジェラルドは目を丸くしたが、うん、と頷いた。
「アルのおかげだよ。ありがとう」
俺は………ジェラルドに聞いた。
「……一体、何が……」
「ああ」
ジェラルドが答えた。
「アルがミーネに買い物頼まれたって聞いて……怪しいって思ったんだ。ミーネの噂はいいものじゃなかったし。だから、アルが城から出たってジルに聞いて、後を追いかけてくれるよう、騎士に頼んでくれって言っておいたんだ」
「……」
「……アルが気を失った後、その騎士達が追いついて……僕達を連れ帰ってくれたんだ。気絶してたミーネや男達は、そのまま巫女の塔に連行されたよ。あそこで魔力を封印してから、改めて裁かれるって話だった」
「……そう、か……」
俺は……もう一つ、ジェラルドに聞いた。
「……俺を……別の名で呼んだ、のは……」
「……君の真の名、だよ」
ジェラルドの緑の瞳は――何時になく、真剣だった。
「――グラント=グラディノール。それが、君の本当の名前、だ」
「グラント=グラディノール……?」
――グラディノール。その、姓は……
呆然とする俺に、ジェラルドは頷いて見せた。
「……ウィリアム新陛下のご子息。グランディアの二人の王子、のうちの一人。それが君だよ」
「俺が……王子……?」
そう言われても……はい、そうですかとは言えない。そう思った時――扉を叩く音がした。
「……父上?」
扉を開けたジェラルドを従えて――ヴェルナー伯爵が俺の枕元に近寄って来た。そして――深々と頭を下げた。
「――グラント王子殿下」
「は、伯爵!?」
焦る俺に、ヴェルナー伯爵が頭を上げた。彼の瞳に――何も言えなくなった。
「――ウィリアム陛下より、お言葉を賜って参りました。グランディアの王宮に御戻りになるように、と」
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――グラント=グラディノール。ウィリアム=グラディノール現国王陛下の一人息子。
それが……俺の真の名、らしい。
「……全て私の責にございます」
目の前で跪くヴェルナー伯爵に、俺は慌てて立つように頼んだ。立ち上がったヴェルナー伯爵の瞳は……固い決意を秘めながらも、どこか悲しげだった。
「七年前……御母上のリデア様と貴方が魔道士に襲われ――リデア様が身罷られた時――貴方をヴェルナー城で、使用人としてお育てする事を陛下に進言したのは、この私です」
「……」
「貴方を襲った魔道士を仕掛けた人物も判らぬまま……貴方を王宮に戻す事は危険、と判断いたしました。ですから……」
「……」
「貴方が、王子としてお育ちになる機会を奪ったのは……全て、私の……」
「ヴェルナー伯爵」
俺は伯爵の言葉を遮った。
「俺の……命を護るためだったのでしょう? 俺は、ここで……安全に、教育も受けさせてもらい……成長する事ができました。貴方のおかげです。ありがとうございました」
頭を下げた俺に、ヴェルナー伯爵は……少し涙ぐんでいるようだった。
「本当は……もっと早く、王宮にお迎えできると思っておりましたが……」
伯爵が唇を噛んだ。
「……率直に申し上げます。側室であられた、リデア様の御身分を問題視する貴族共も多く……リチャード前王太子殿下には、王子と同じ年のリカルド王子がおられます。ですから、王子がお戻りになれば……王宮が混乱することは避けられぬ事態」
「……」
「その上、グランディア城内にいるはずの黒幕も判らぬ状態では……王子の身の安全が保証できなかったのです」
「……」
「……ですが、巫女姫様が――新たな王妃となられる御方が――王子を城に呼び戻すよう、おっしゃって下さいました」
「……巫女姫様……?」
「……レヴァンダ皇国の光の巫女姫様です。ウィリアム陛下の元に御降嫁いただく事が決まりました」
光の……巫女姫。彼のお方を知らぬ者などいない。そのようなお方が……何故……。
納得がいかない顔をした俺に、ジェラルドが言った。
「とにかく、良かったじゃないか。元の姿に戻れるんだよ?」
「……元の……」
俺は自分の髪を一房取った。染めてから……随分時が経っていた。
ヴェルナー伯爵が、ジェラルドに小声で控えるように言った後、真っ直ぐに俺の瞳を見た。
「……王宮にお戻りになれば、否応なく争いに巻き込まれる事になりましょう。それでも私は……」
伯爵の緑の瞳に、強い思いを感じた。
「……貴方にお戻りいただきたいのです、グラント殿下。亡くなられたリデア様のためにも」
……かあ、さま……
「……銀の」
俺はぽつり、と問うた。
「優しい銀の瞳の……女性が……」
「はい……リデア様です。御身分は高くありませんでしたが……お美しく、お優しい方でした」
「……」
「……アルシュという名は……グランディア城とヴェルナー城を結ぶ街道沿いにある、小さな村の名です」
「……」
「そこで……リデア様がお眠りに……」
「……」
俺は……暫く、僅かな記憶を思い出していた。温かい腕……優しい笑顔、を。そして――伯爵やジェラルド、ジルやダスカロス執務官を始めとする人達に――ヴェルナー城で受けた、大切なもの、を。
「……伯爵」
俺はヴェルナー伯爵を見上げた。
「……俺は……今日から、グラント=アルシュ=グラディノールと名乗ります」
「! グラント殿下、では……」
「……はい」
ヴェルナー伯爵に俺は頷いた。
「正直言って……自分が王子だ、とは思えません。ですが……」
俺は……上掛けの上で、拳を握りしめた。
「……俺が、今、ここに、こうして生きているのは……『グラント』を生かそうとしてくれた人達のおかげです。だから……その気持ちに応えたい、そう思います」
ヴェルナー伯爵が……俯き加減になり、右手で目を覆った。
「……さすが……ウィリアム陛下の血をひく御方、だ……」
呟くようにそう言った後、伯爵は顔を上げた。少し……その緑の瞳が潤んでいた。
「不肖このヴェルナー、グラント殿下の御為に、この身を捧げる覚悟でございます。 如何様にも、お使い下さい」
伯爵の後ろにいたジェラルドが……前に出た。そして……俺に向かって、深々と一礼し、膝をついた。腰の剣を抜いて両手で持ち、俺に捧げた。
「……ジェラルド=ヴェルナー、グラント王子殿下に、永久の忠誠をここに誓います」
「……」
かつて剣の授業で習った、この慣わしを……自分がすることになるとは、思わなかった。
俺は手を伸ばし、剣を受け取った。そしてベッドから降り立ち、右手で柄を持って、ジェラルドの左肩に剣先を乗せた。
「……汝の忠誠を受け取る」
「ははっ……」
ジェラルドがまた頭を下げた。俺は……ジェラルドに剣を返し、こう言った。
「……王子、じゃない。グラント、だろう?」
剣を鞘に戻したジェラルドの目が丸くなった。
「殿下はいらない。様はいらない、と俺に言ったのは、ジェラルドだろう?」
ジェラルドは俺を見て……やがて、にやり、と笑った。
「……グラント。僕も王宮に行く。君の傍で……君を支えたい」
俺は、ジェラルドの言葉に……思わず微笑んだ。




