二人の王子~ジェラルド=ヴェルナー視点2
「――グラント!!」
ジェラルドの声が……聞こえた。
――グラ……ント……?
どこ……かで……
誰……かが……
『――グラントっ!!』
痛いほど強く打つ、心臓の音しか聞こえない。身体の奥から……どろどろした、熱い何か、が噴き出してくる。
……血まみれの、白い手。
俺を見つめる、銀色の瞳。
そして――俺の名を、叫ぶ、声。
――心の中の、何かが、割れる音がした
*******************************************************
――木が割れる、鈍い音、が部屋に響いた。
「……アル?」
僕の上にあるアルの顔は……真っ青で、冷や汗をかいていた。床に突き刺した剣にその身を預け、ようやく立っている、感じだった。
――剣は、僕の身体ぎりぎりを避け、床に突き刺さっていた。僕を縛っていた縄が……切れて解けていた。
僕は起き上がり、柄を握るアルの手を掴んだ。
「アルっ!?」
「ジェラ……ルド……」
荒い息を吐きながら、掠れた声で僕の名を呼んだ。
「ば……かな……っ!!」
焦燥にかられたような声。僕は咄嗟に立ちあがり、後ろを振り返った。どす黒いような目をした、赤毛の魔女。
「アタシの術が……解けた……っ!?」
アルが剣を抜き、振り返って、魔女に剣を構える。
(アル……っ!!)
アルが一歩、ふらっと横に足を踏み出した。意識が朦朧としているのが、判る。
「アル、僕が……」
そう言いかけた時、ミーネの身体から一気にどす黒い気が放たれた。嵐のような風が、部屋の壁や床をえぐっていく。
「……っ!?」
アルも僕も、その圧力に一歩後ろに下がった。身体に纏わりつく、蔦の様な闇の気配。手を動かそうとしたが……動かない。
(身体が……!?)
「……ぼうやに手加減は不要のようだねえ」
ミーネの髪が、ざわざわと蛇のように蠢いていた。彼女の右手に……黒い気が集まり始める。空気が悲鳴を上げる。壁がぎしぎしと撓む。
『……深淵の闇の力よ、我が元に集い……我が命に従え』
(あれ……は……っ!!)
背筋を悪寒が走る。禍々しい気配。全てを呑みこむような、どこまでも黒い、闇の珠が……ミーネの手のひらの上に浮かび、次第に大きくなっていった。
『――死ね』
詠唱と共に、ミーネが右手を振り下ろした。稲光に包まれた黒い球体が――真っ直ぐにアルを狙う。
「アルっ!!」
大地が寝返りを打ったかのような、衝撃。部屋の家具類が吹き飛んだ。僕の体も一瞬宙に浮き――床に叩きつけられた。胸が床にぶち当たり、息が詰まった。
「ぐ、う……」
痛みをこらえ、顔を上げる。
「え!?」
僕は目を見張った。アルが……振り下ろした剣で、黒き球を真っ二つにかち割っていた。黒い気配が、砂のように細かくなり霧散していく。ミーネの顔が白くなっていた。
(アル!?)
――銀色の光炎。アルの身体を覆うように……立ち昇る、眩しいばかりの、光。
「……封魔の光っ!? 馬鹿な、あの力を持つ者は、もう……っ!!」
大きく肩で息をしながら、アルが剣先をミーネに向けた。銀の瞳だけが、ギラギラと耀いていた。
「ちっ……!」
ミーネが何か、を呟きだした。再び闇の気配が、ミーネの周りに集まり……禍々しい蔦の様な気が、ミーネを覆っていく。
「よくも……」
アルが……言葉を吐き出した。アルの瞳が……ゆっくりと黒ずんでいく。
「よくも……かあ、さま……を……」
「!?」
(アル!?)
アルが……変、だ。ここにいるのに……僕を見ていない。ミーネに目を向けているけれど……違う。誰かを……何かを……見て……?
――もし、アルシュが……何かに憑りつかれたようになれば
(父上! アルが……憑りつかれるっていうのは……っ!)
――アル自身だ。アルが……自分に憑りつかれてるんだ。自分の……おそらく、怒り、に。
――アルが……危ないっ!?
「今度こそ、死ぬがよいわ! 死にぞこないめ!」
ミーネが叫び声と共に、真っ黒い蔦をアルに放った。アルの両手両足に、蔦が巻き付き、身体が、宙に引き上げられた。ミーネの髪の色が、どす黒く染まっている。
「ぐ……っ!」
「アル!!」
まるで……蜘蛛の巣にかかった、獲物のように……見えた。アルの首を、蔦が締めあげる。アルの口から……うめき声が漏れた。
「止めろっ!!」
僕の叫びにも、ミーネは反応しなかった。ただ……アルを食い入るように……焼けつく様な視線をアルに注いでいた。
くっくっく……嫌な含み笑いが部屋に響く。
「……このまま、お前の力を吸い取ってやろう……」
ミーネの瞳が……赤く光った、その時――
――ズシャァァァッ!!
鈍い音と共に、僕の周りに、ずたずたに切り裂かれた黒い蔦が落ちてきた。アルが……ふわっと床に降り立つ。アルの足元に触れた黒い蔦が……細かくなって消えていく。
アルが剣を振るい……一瞬で蔦を切り捨てた、のだ。
「ひいっ!!」
ミーネの顔に初めて恐怖が浮かんだ。アルはゆっくりと……剣を下向きに構えながら……ミーネに近づいて行く。
壁に自分の背を擦りつけるように立っているミーネの目の前で……アルが剣を振りかざした。
「――……」
アルの口元が……引きつったように歪んだ。
アル!? 今……
『――死ね――』 ……そう言って、笑った!?
(――いけない!!)
「――グラント!! だめだっ!!」
アルが剣を振り下ろすのと――僕が叫んだのは――同時、だった。
*******************************************************
――よくも
――よくも……かあさまを
――ヨクモ、カアサマヲ、コロシタ――
熱い。全てが燃え尽きるような、思い。こいつが……かあさまを……
――コロセ
――スベテ……コロセ
聞こえるのは……自分の心臓の音だけ。
目の前にいる黒の魔道士に……剣を振りかざした。
「――グラント!! だめだっ!!」
『――グラントっ!!』
息が……止まる。
かあさま……の声が聞こえた。
『だめ、グラント……戻ってきてっ……!!』
――あの時、聞こえた……かあさまの……心……?
俺は……振り上げた剣を……魔道士に向けて、振り下ろした。
*******************************************************
「ぎゃああああああああっ!!」
断末魔のような、叫び声がした。ミーネの身体が……ずるずると床に崩れ落ちた。
「アル!?」
僕はアルに駆け寄った。アルの剣は――ミーネの髪を一房切り裂き、そのまま壁に突き刺さっていた。
「ジェラルド……」
荒い息。でも……僕を見たアルは……。
「アル!? 戻ったんだね、いつものアルに!!」
「……」
アルは黙ったまま……自分の両手を見ていた。ミーネは……口から泡を吹いて、白目をむいて気絶していた。
「……そうか、髪……!」
魔女は、髪で力を集める、と聞いた事がある。髪を切られて……それで力が……。
「……今……俺を……」
そう言ったアルの身体が……ゆらり、と揺れた。
「アルっ!?」
アルは目を閉じ……僕の目の前で、そのまま、床に倒れ込んだ。




