二人の王子~アルシュ視点5
「……」
……声が、聞こえる……
「うっ」
いきなり腹部に痛みが走った。目を開けると……憎々しげな瞳をした、小太りの男が俺を見下ろしていた。
床に寝転がった俺を、何度も蹴りあげる。
「……へっ、余計な事しやがって、このクソガキがぁっ!」
「……!!」
こいつ……見覚えが、ある。ジル親方と話してた……
「おい、顔に傷つけるなよ? 高く売れそうだからな、このガキ」
別の男の声も聞こえた。どこかの……小屋……?
(ジェラ……ルドは……)
顔をしかめながら視線を走らせると、俺と同じように床に転がったジェラルドの姿があった。まだ、気を失っているらしく、ぴくりとも動かない。
(……ジェラルドに……怪我はさせない……だろう……)
こいつらにとって、ジェラルドは大切な金づるだ。無碍な扱いは……しない、はず……
――部屋の中には……男が三人。それから……
「あんたたち、あんまり乱暴にしないでおくれよ? これは上玉なんだからさぁ」
絡みつくような声。甘ったるい匂い。ゆっくりと野卑た笑みを浮かべた、ミーネが俺に近寄って来た。左手に紫色の小瓶を持っている。
「ほら、いいものをやるよ」
ミーネが屈みこんで、俺の髪をつかんで頭を上にあげた。片手で小瓶の蓋を開け、赤い口がごくり、と中身を飲んだ。
「……!!」
いきなり口を塞がれる。甘ったるい匂いが身体に絡みついてきた。唇を噛まれて、思わず開いた口に、何かが流し込まれた。
「がっ……」
どろりとした液体が……喉を通っていく。
……くすくすと笑いながら、ミーネが身体を離した。
「……っ、何を……のま……せ……」
身体が……痺れ……
どくどくと血が流れる音が、やたら大きく聞こえた。息が荒くなる。そんな俺を見ているミーネの目は……妖しく光っていた。
「いいものだって、言ったろう? セレスタイン製の高級品だよ」
ミーネが小瓶を床に捨てる。カラン……と澄んだ音がした。
男があきれたように、ミーネに言った。
「お前、こんなガキが好みなのかよ。まあ、年の割にはいい身体だがな」
「この坊ちゃんは、なかなかいい『精気』を持ってる。見るからに旨そうだったからねえ」
「こええなあ、お前は。お前に気を吸われた奴ら、皆死んだようになってるんだろ?」
「なあに、その代わりに、いい思いしてるんだから、お互い様さ」
気を……吸う……?
「ちょっと、借りるよ」
ミーネが立ち上がり、男の腰から短剣を取り上げ、俺を縛っていた縄を切った。自由になった俺の手は……動かなかった。
「おい、こいつ、凄腕なんだろ? そんなことしたら……」
「動けやしないよ。普段よりも高濃度の媚薬を飲ませてやったんだから」
媚……薬……? 身体の奥が熱い……のは……そのせ、い……
頭に靄がかかったように……ゆっくりと、何も考えられなくなる。熱が身体を支配しようとする。
(く……っ……!)
ぎり、と歯を食いしばり、何とか意識を保つ。
「……アル!?」
はっと俺は部屋の奥を見た。ジェラルドが……俺を見ていた。
「おや、こちらの坊ちゃんも目が覚めたのかい」
ミーネが俺を跨いで、ジェラルドに近づく。
「やめ……」
両手を床につき、身体を起こそうとするが……ずるり、と崩れる。
「……乱暴にはしないさ。伯爵の御子を傷つけて、只でいられるなんて思ってやしない」
ジェラルドがミーネを睨んだ。
「……アルに何をした!?」
ふふふとミーネが笑う。
「心配かい? 大丈夫さ、ほんの少し媚薬を飲んだだけだから」
「……!!」
ジェラルドの緑の瞳が……燃えた。
「……て、事を……っ!!」
ミーネがジェラルドの傍にしゃがみ込み、右手をジェラルドの頬にあてた。
「ふふ……あんたもなかなか、美味しそうだねえ……」
「何っ……」
「どうだい、いい思いさせてやろうか? 伯爵令息の子を孕むってのも、いいかもしれないしねえ……」
「……」
ジェラルドの顔が、憎々しげに歪んだ。
「お前、本当に、見境ねえのな……」
一番大柄な男が、呆れたような声を出した。
「ふふ、だってさ、伯爵の孫を身籠れば、これから裕福に過ごせるってもんだろ?」
ミーネの瞳が……一瞬赤く光った。
――ドクン――
心臓が……音を立てた。赤い……瞳……どこ、かで……
『……るから』
『……私があなたを……』
誰かの声が頭に響く。あれは……
ミーネがふっと立ち上がり、部屋の隅にいた男に近寄った。
「こっちの坊ちゃんを隣の部屋に運んでくれるかい? ……しばらく二人っきりにしておくれよ」
「おい、こっちのガキはどうすんだよ。薬でラリったままだろうが」
「しばらくはこのままだよ。当分動けやしない」
はあ、と男が溜息をついた。
「……ったく、仕方ねえなあ……」
男が、ジェラルドに近づき、手を伸ばした。
「……、触るな!」
「あの女には逆らえねえんだよ……悪ぃな」
――ドクン――
『……あさま!』
『……これで終わりだ。……よ』
――ドクン――
『ぐああああああっ!!』
『……ト!!』
――ドクン――
――目の前が――真っ赤、に染まった。
「!?」
「ぎゃああっ!!」
「な……っ!!」
――同時に叫ぶ声。
「……ア、ンタ……」
ミーネが……信じられない、といった顔をしていた。
「動けねえんじゃ、なかったのか!?」
「セザルがやられたぞ!?」
「アル!?」
――俺の足元には、腕を切られてのたうち回る男、がいた。
いつ動いたのか、自分でも判らない。いつ剣を抜いたのかも。
いつの間にか――ゆらりとジェラルドを庇うように立ち――ミーネや男達に剣を構える俺、がいた。




