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二人の王子~アルシュ視点3

 ――グランディア国王、レークス=グラディノール崩御。


 その知らせは、瞬く間に城中に広がった。ヴェルナー伯爵も急遽、王宮に呼び戻された。そして――


*******************************************************


「……やっぱり、次の王はウィリアム様に決まったみたいだな」

 ジルがぽつり、と言った。

「リチャード様は、シルヴェスタ公爵になられ、妃殿下と王子と共に、すでにシルヴェスタ城に移られたそうだ」

「そう……ですか」

 俺はぼんやりとジルの言葉を聞いていた。

「しかしなあ……」

 ぼりぼりとジルが赤毛を掻いた。

「ウィリアム新陛下は……今お一人だ。何年か前に側室と王子を亡くされてから、未だ正妃も側室もおられないってのは有名な話だ。これから『嫁探し』が始まるだろうな……」

「……では」

「ああ……摂政になった伯爵様は当分こちらには戻れないってことになるな」

 はあ、とジルが溜息をつく。

「伯爵様に摂政になってもらえれば、この国は安泰だってこともわかっちゃいるが……ヴェルナー城(ここ)が大変になるな、こりゃ」

「……」

 主不在の城はどうしても、荒れがちだ。ダスカロス執務官を始め、伯爵の側近は皆優秀な方ばかりだが……。

「まあ、伯爵様が留守の間も、わしらで盛りたてていかねえとな」

「……はい」

 ジルについて、馬達の様子を見ながら、ジェラルドはどうするのだろう、と俺は思った。

(年齢からいけば……伯爵について王宮に上がり、向こうで勉強する……のが普通だな)

 少し……寂しくなるな。そう思いながら、俺は馬達の世話を続けた。


「――あら、精が出るわね、アルシュ?」

 聞き覚えのあるねっとりとした声。傍にいたジルが、ちっと舌打ちをした。

「何の用だ、ミーネ。お前、アルにちょっかい出すの、止めたんじゃなかったのか」

 ふふふと含み笑いが響いた。俺はジルと後ろを振り返り、厩舎の入り口に立つ、雌の笑みを浮かべた女中を見た。

台所女中のミーネは、男の噂が絶えない。赤毛に青い瞳、豊満な身体つきに酔う男達も多いらしい。


 ……何を思ったのか、俺に声をかけてきたのは三か月ほど前の事。俺は普通に話をしただけだったが、それが気に入らなかったらしく、何かと絡んでくるようになった。見かねたジルが間に入ってくれて、最近は顔も見ていなかったが……。


 ミーネが俺の傍にゆっくりと歩いてきて、右手を俺の頬に添えた。ふわりと甘ったるい香りがした。

「……アンタ、綺麗な顔してるのに、もったいないわねえ。そんな朴念仁じゃ、女に飽きられるオトコになるわよ」

「……」

「節操ないのも、いい加減にしやがれ。子どもにまで手を出すのか」

 ジルが睨んでも、ミーネは怯まなかった。

「あら、アルの体格だったら、もう大人と同じじゃない? アタシよりも背が高いんだし」

「……」

 はあ、と溜息をついて、俺はミーネの手を掴んで、下ろさせた。

「俺に何か用ですか?」

 ミーネの青い瞳が細くなった。

「ちょっと、ね……お使いを頼まれてほしいのよ。買い物がややこしいから、計算のできる人じゃないとだめでさ」

「……」

「あんたは、できるものねえ、何でも。ジェラルド坊ちゃんもかすむぐらいにさ」

「……ジェラルドの事を悪く言わないで下さい」

「まあ」

 ふふふふっとミーネが高笑いをし、真っ赤な舌で、下唇を舐めた。

「忠誠心ってやつ? 大層なもんだねえ」

 ジルが俺の前に立った。

「用があるなら、とっとと頼めよ。ウチの優秀な厩務員を惑わしてるんじゃねえ」

「ふん、相変わらず色気ないわねえ、アンタも」

 ミーネはジルを睨んだ後、俺に紙を渡した。

「明日、正午過ぎに商人が来る事になってる。そこに書いてある品物を受け取って、請求書を貰って欲しいってさ。騙されないように頼んだよ。品物と請求書は料理長に届けてくれりゃあ、いいから」

「……はい、わかりました」

 そう答えた俺を見るミーネの瞳は……獲物を狙う、猫のようだった。

「じゃあねえ……気が変わったら、いつでも声かけてくれて、いいんだよ? いい思い、させてやるからさあ」

「とっとと、行きやがれ、このあばずれが」

「ちっ」

 舌打ちをしたミーネは、厩舎から立ち去った。ジルが心配そうに俺に言った。

「……あいつには注意しとけよ? お前がなびかなかったって、結構根に持ってるらしいからな」

「はい……」

 俺がいなくても、複数の男がいるというのに……。何がそうさせているのだろう。

はあ、と思わず溜息が出た。


*******************************************************


「……では」

 ゆっくりと殿下は頷いた。

「巫女姫様が……グランディアに降嫁する事を、了承して下さった。即位式と同時に、婚姻の儀を執り行う」

「よう……ございました」

 私は……思わず目頭が熱くなった。殿下が、今までどれほどご自分を責めていらっしゃった事か。この方を支えて下さるのは、巫女姫以外にはいらっしゃらない。そう思い、私の独断で巫女の塔にファーニア様の降嫁を申し入れた。それを知った殿下は、顔面蒼白になられていたが。

 その後、殿下お一人で巫女の塔に向かい……ファーニア様に改めて求婚されたらしい。ファーニア様は……そんな殿下を受け止めて下さったのだ。

「この喜ばしいお知らせに免じて、城を共もつけずに抜け出した事は、不問に致しましょう」

「ヴェルナー」

 殿下が苦笑し……そして、私に頭を下げた。

「心配をかけたな。……お前が私を支えてくれた事に、感謝している」

「何を仰せられます、殿下」

 お顔を上げて下さい、と私は慌てて言った。

「早々に殿下の花嫁を決めなくてはならない状況でしたからね。最善の選択をしただけです」

 そう……もし、殿下に正妃がおられず、このままリチャード殿下が身罷られた場合……グラント王子が王宮に戻る可能性が非常に低くなる事態、となっていたかもしれないのだから。

 銀の髪、青い瞳の妃殿下と……グラント王子に瓜二つの王子。リチャード殿下に何かあれば……殿下の正妃として、アスタリア妃殿下を、王太子にリカルド王子を、との声が出る可能性は高い。そうすれば、正妃も側室もいない殿下の後継ぎ問題が、一気に解決するからだ。

(それだけは……阻止せねば……)

 自分が王子である事も知らず、使用人として育てられた、グラント王子。にも拘わらず、あのように聡明で、殿下譲りの剣の腕前を持つ、若者に成長して下さった。早くあの御姿を殿下にもお見せしたい。そう思っていた私の耳に、殿下の言葉が飛び込んできた。


「……ヴェルナー。グラントを……王宮に呼び戻そうと思う」

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