二人の王子~アルシュ視点3
――グランディア国王、レークス=グラディノール崩御。
その知らせは、瞬く間に城中に広がった。ヴェルナー伯爵も急遽、王宮に呼び戻された。そして――
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「……やっぱり、次の王はウィリアム様に決まったみたいだな」
ジルがぽつり、と言った。
「リチャード様は、シルヴェスタ公爵になられ、妃殿下と王子と共に、すでにシルヴェスタ城に移られたそうだ」
「そう……ですか」
俺はぼんやりとジルの言葉を聞いていた。
「しかしなあ……」
ぼりぼりとジルが赤毛を掻いた。
「ウィリアム新陛下は……今お一人だ。何年か前に側室と王子を亡くされてから、未だ正妃も側室もおられないってのは有名な話だ。これから『嫁探し』が始まるだろうな……」
「……では」
「ああ……摂政になった伯爵様は当分こちらには戻れないってことになるな」
はあ、とジルが溜息をつく。
「伯爵様に摂政になってもらえれば、この国は安泰だってこともわかっちゃいるが……ヴェルナー城が大変になるな、こりゃ」
「……」
主不在の城はどうしても、荒れがちだ。ダスカロス執務官を始め、伯爵の側近は皆優秀な方ばかりだが……。
「まあ、伯爵様が留守の間も、わしらで盛りたてていかねえとな」
「……はい」
ジルについて、馬達の様子を見ながら、ジェラルドはどうするのだろう、と俺は思った。
(年齢からいけば……伯爵について王宮に上がり、向こうで勉強する……のが普通だな)
少し……寂しくなるな。そう思いながら、俺は馬達の世話を続けた。
「――あら、精が出るわね、アルシュ?」
聞き覚えのあるねっとりとした声。傍にいたジルが、ちっと舌打ちをした。
「何の用だ、ミーネ。お前、アルにちょっかい出すの、止めたんじゃなかったのか」
ふふふと含み笑いが響いた。俺はジルと後ろを振り返り、厩舎の入り口に立つ、雌の笑みを浮かべた女中を見た。
台所女中のミーネは、男の噂が絶えない。赤毛に青い瞳、豊満な身体つきに酔う男達も多いらしい。
……何を思ったのか、俺に声をかけてきたのは三か月ほど前の事。俺は普通に話をしただけだったが、それが気に入らなかったらしく、何かと絡んでくるようになった。見かねたジルが間に入ってくれて、最近は顔も見ていなかったが……。
ミーネが俺の傍にゆっくりと歩いてきて、右手を俺の頬に添えた。ふわりと甘ったるい香りがした。
「……アンタ、綺麗な顔してるのに、もったいないわねえ。そんな朴念仁じゃ、女に飽きられるオトコになるわよ」
「……」
「節操ないのも、いい加減にしやがれ。子どもにまで手を出すのか」
ジルが睨んでも、ミーネは怯まなかった。
「あら、アルの体格だったら、もう大人と同じじゃない? アタシよりも背が高いんだし」
「……」
はあ、と溜息をついて、俺はミーネの手を掴んで、下ろさせた。
「俺に何か用ですか?」
ミーネの青い瞳が細くなった。
「ちょっと、ね……お使いを頼まれてほしいのよ。買い物がややこしいから、計算のできる人じゃないとだめでさ」
「……」
「あんたは、できるものねえ、何でも。ジェラルド坊ちゃんもかすむぐらいにさ」
「……ジェラルドの事を悪く言わないで下さい」
「まあ」
ふふふふっとミーネが高笑いをし、真っ赤な舌で、下唇を舐めた。
「忠誠心ってやつ? 大層なもんだねえ」
ジルが俺の前に立った。
「用があるなら、とっとと頼めよ。ウチの優秀な厩務員を惑わしてるんじゃねえ」
「ふん、相変わらず色気ないわねえ、アンタも」
ミーネはジルを睨んだ後、俺に紙を渡した。
「明日、正午過ぎに商人が来る事になってる。そこに書いてある品物を受け取って、請求書を貰って欲しいってさ。騙されないように頼んだよ。品物と請求書は料理長に届けてくれりゃあ、いいから」
「……はい、わかりました」
そう答えた俺を見るミーネの瞳は……獲物を狙う、猫のようだった。
「じゃあねえ……気が変わったら、いつでも声かけてくれて、いいんだよ? いい思い、させてやるからさあ」
「とっとと、行きやがれ、このあばずれが」
「ちっ」
舌打ちをしたミーネは、厩舎から立ち去った。ジルが心配そうに俺に言った。
「……あいつには注意しとけよ? お前がなびかなかったって、結構根に持ってるらしいからな」
「はい……」
俺がいなくても、複数の男がいるというのに……。何がそうさせているのだろう。
はあ、と思わず溜息が出た。
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「……では」
ゆっくりと殿下は頷いた。
「巫女姫様が……グランディアに降嫁する事を、了承して下さった。即位式と同時に、婚姻の儀を執り行う」
「よう……ございました」
私は……思わず目頭が熱くなった。殿下が、今までどれほどご自分を責めていらっしゃった事か。この方を支えて下さるのは、巫女姫以外にはいらっしゃらない。そう思い、私の独断で巫女の塔にファーニア様の降嫁を申し入れた。それを知った殿下は、顔面蒼白になられていたが。
その後、殿下お一人で巫女の塔に向かい……ファーニア様に改めて求婚されたらしい。ファーニア様は……そんな殿下を受け止めて下さったのだ。
「この喜ばしいお知らせに免じて、城を共もつけずに抜け出した事は、不問に致しましょう」
「ヴェルナー」
殿下が苦笑し……そして、私に頭を下げた。
「心配をかけたな。……お前が私を支えてくれた事に、感謝している」
「何を仰せられます、殿下」
お顔を上げて下さい、と私は慌てて言った。
「早々に殿下の花嫁を決めなくてはならない状況でしたからね。最善の選択をしただけです」
そう……もし、殿下に正妃がおられず、このままリチャード殿下が身罷られた場合……グラント王子が王宮に戻る可能性が非常に低くなる事態、となっていたかもしれないのだから。
銀の髪、青い瞳の妃殿下と……グラント王子に瓜二つの王子。リチャード殿下に何かあれば……殿下の正妃として、アスタリア妃殿下を、王太子にリカルド王子を、との声が出る可能性は高い。そうすれば、正妃も側室もいない殿下の後継ぎ問題が、一気に解決するからだ。
(それだけは……阻止せねば……)
自分が王子である事も知らず、使用人として育てられた、グラント王子。にも拘わらず、あのように聡明で、殿下譲りの剣の腕前を持つ、若者に成長して下さった。早くあの御姿を殿下にもお見せしたい。そう思っていた私の耳に、殿下の言葉が飛び込んできた。
「……ヴェルナー。グラントを……王宮に呼び戻そうと思う」




