二人の王子~アルシュ視点2
「……ほう、皆よく励んでいるようだな」
「これは、伯爵様! ようこそお出で下さいました!」
突然現れたヴェルナー伯爵の姿に、皆起立しようとしたが、伯爵は手を振って、それを制した。
「私の事は気にせずに、授業を続けてくれたまえ。皆貴重な時間を削って、集まっているのだからね」
「は、はい!」
やや引きつった様な声を出した後、先生役を務めているダスカロス執務官が咳払いをし、「では、続きを……」と言った。
俺は教本に再び向き合った。
何ヶ月かぶりでみる伯爵は、相変わらずゆったりとした雰囲気を纏っていた。やや白髪交じりの茶色の髪に、緑の瞳。大貴族らしい貫禄と余裕。この方が我を失ったところなど、見た事もない。
(なあ、伯爵様がこの国の摂政になるかもしれないって噂、本当なのか?)
(……レークス陛下がいよいよ危ないって事だろ? リチャード殿下は今の状態じゃ……)
(ウィリアム殿下が王になれば……腹心の部下の伯爵が摂政、というのもアリだよな)
(……)
ざわざわと聞こえる、囁き声。それが聞こえているのか、いないのか、伯爵の表情は全く変わらなかった。
長く病を患っていたレークス陛下の容態が思わしくない、という話は、新年を超えたあたりから、あちらこちらで噂されていた。本来であれば、次の王は長男であるリチャード王太子になるはずだが……。
(リチャード王太子も半身不随の状態……か)
レークス陛下とリチャード王太子殿下が相次いで倒れたのは、一年半程前の事。高熱が出、半身不随になるという症状で、流行り病としかわからなかったらしい。対処法もなく……現在この国の政務を担っているのは、第二王子のウィリアム殿下だ。
(ウィリアム殿下が王座に就かれるとなると……伯爵がこちらにお戻りになる事も少なくなるな……)
ほんの少し……残念な気がしたが、俺は頭を軽く振って、再び授業に集中した。
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「……では、本日はここまで。皆復習を忘れぬように」
ダスカロス執務官の言葉に、皆起立して礼をし、それぞれの持ち場へと立ち去って行った。俺は、教材をまとめているダスカロス執務官の元へと急いだ。
「……おや、アルシュ。何か質問でも?」
丸眼鏡の奥の瞳が、きらりと光った。
「……質問……ではありませんが、ご報告したい事があります」
「ほう。私にも聞かせてもらえるかな? アルシュ」
振り返ると……いつの間にか、すぐ後ろにヴェルナー伯爵が立っていた。
「伯爵様のお手を煩わさずとも……」
ゆっくりとヴェルナー伯爵が首を横に振った。
「この城で起きた事は、全て私の責任下にある。些細な事でも知りたいのだよ」
「はい……」
俺はヴェルナー伯爵とダスカロス執務官のお二方を見ながら、言った。
「……この城の飼い葉の購入について、お調べいただきたく」
「「……」」
お二方は互いの目を合わせ……それから、俺の方を向いた。
「それはどういう事かな? アルシュ」
ダスカロス執務官の問いに、俺は答えた。
「最近、馬達の飼い葉への喰いつきが悪くなっています。毛艶も芳しくありません。藁のなかに交じっている青葉の量も減っていて、少々古くなった匂いがします」
「「……」」
「ですが、飼い葉の値段は安くなっておらず、冷害等で不作と言う話も聞いておりません」
「君は……」
ダスカロス執務官が、ゆっくりと言った。
「……何か不正がある、そう思っているのだね?」
「……はい。それ以外の可能性も考えましたが……低い、と思います」
しばらく黙っていたヴェルナー伯爵が、ダスカロス執務官に言った。
「……すぐに飼い葉やその周辺の購入経路を調べ、怪しい金銭の動きがないかどうか、確認してくれないか、ダスカロス」
「御意。直ちに調査いたします」
ダスカロス執務官が頭を下げ、部屋から立ち去った。
俺も頭を下げ、その場を辞そうとした時……ヴェルナー伯爵が言った。
「……大きくなったな、アルシュ。君がこの城に来た時は……まだ、ほんの幼子だったが」
「……伯爵様……?」
ほんの少し……だが、伯爵の瞳が……潤んでいるような気がした。
「君が報告してくれた事は、必ず明らかにしよう。約束する」
「はい、ありがとうございます」
俺は再び頭を下げ、ヴェルナー伯爵の御前を辞した。
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「……やっぱり、アルの言うとおりだったんだって?」
「ジェラルド……相変わらず、情報が早いな」
「それが僕の取り得だからね?」
厩舎に来たジェラルドがにっこりと笑った。
――調査の結果が出たのは数日後の事。飼い葉を始めとする飼料関連の購入を担当していた男と購入先の商人が癒着し……要はピンはねをしていたらしい。
男は解雇、商人は城に出入り禁止となった。
『よくやった、アルシュ』
伯爵直々にお言葉を頂いた。
『君の……ご両親が生きておられたら、さぞご自慢に思っただろう。このように聡明な息子を持った事を』
『……ありがとうございます』
頭を下げながら……俺は内心戸惑っていた。
――俺には、両親の記憶はない。この城の騎士が、グランディア城からヴェルナー城へ戻る途中で、流行り病に倒れた俺と母親を見つけた、と聞いていた。母親の方は助からず……一命を取り留めた俺をこの城に連れてきた、と。
この城に来る前の事は、ほとんど覚えていない。流行り病で死にかけたせいだろう、と言われた。
ヴェルナー城に拾われて、俺は本当に幸運だった、と思う。身寄りのない子どもを育ててくれたばかりか、身に余る教育まで受けさせてもらった。
ただ……
時々、胸の奥が痛むのは……何かを失ってしまったような、何かが欠けているような、気がするのは……
(……忘れてしまったから、か……)
「……どうしたんだい、アル? 何か難しい顔してるよ」
ジェラルドの声に、俺は我に返った。
「ああ……済まない。考え事をしていた」
「ふうん?」
ジェラルドの緑の瞳が、俺を覗きこんだ。
「本当に……それだけ?」
「……っ」
俺が言い淀んだ時――厩舎にジルが飛び込んで来た。
「おい! レークス陛下がご崩御されたそうだ!!」




