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二人の王子~アルシュ視点1

 薄暗い厩舎の中は、まだ少し肌寒かった。

汚れた床わらを集め、床をブラシで擦った後、新しいわらを敷く。飼い葉桶に飼い葉を入れると、馬達が長い顔を突っ込んできた。

水入れにも新しい水を汲む。はあ、と白い息を両手にかけた。


(……)

 飼い葉を手に取る。匂いを嗅いでみる。馬達の様子を見、毛並みを撫ぜるように、滑らかな首元を触ってみた。

(やはり……)


「アルーっ!」

 厩舎の入り口を見ると、柔らかな茶色の髪に緑の瞳の少年が立っていた。

「……ジェラルド様」

 俺が頭を下げると、彼は手を振った。

「様はいらないって、言っただろう? はい、もう一度」

 有無を言わさない微笑みを向けられ、思わず苦笑した。

「……ジェラルド」

「そう」

 ジェラルド=ヴェルナー。このヴェルナー城の主、ジェヴェタイア=ヴェルナー伯爵令息だ。本来なら、一使用人の俺が話せる身分の方ではないのだが……。

「おや、ジェラルドぼっちゃん。またアルの仕事の邪魔しに来たんですかい?」

 ジェラルドは、ぬっと厩舎奥から現れた、赤毛の大男にも、臆さず気さくに返事をしている。

「ジル、酷いなあ。邪魔ってなんだよ。僕はアルと剣の稽古をつけに来ただけだよ?」

「それが仕事の邪魔だって言ってんですけどね。あんまり邪魔すると、お父上に言いつけますよ」

「はは、大丈夫。ちゃんと父上の了解も得てるから」

 ジェラルドは物腰柔らかで、誰とでも親しくなれるが……優しい笑顔で自分の意見を貫く所を何度も見ている。さすがは、あのヴェルナー伯の息子だ。  

「仕方ないですねえ……」

 はあ、とジルが溜息をついた。

「アルの仕事は一流なんですよ? 馬の扱いは丁寧、駿馬を見抜く目もある……このまま伸ばしていけば、王宮の厩舎にだって勤められる腕になること、間違いなしだ」

 それがこう、しょっ中邪魔されちゃ……とジルがぶつぶつ文句を言っていた。

「……ありがとうございます、ジル親方」

 滅多に人を褒めないジルの言葉が、心に染みた。

 まあどうせ、とボヤきながら、ジルが言う。

「剣の稽古の後は、そのまま読み書きの授業があるんでしょう?」

 ここヴェルナー城では、伯爵の方針で、使用人だろうと騎士だろうと、大人だろうと子どもだろうと、望めば読み書きや計算、剣の稽古など、貴族や金持ちの商人の子息しか受けられない様な教育を受ける事ができる。だから皆、仕事が空いた時間に、授業を受ける事が日課となっていた。こうやってボヤいているジルも、計算を教えてもらってから、商人に騙されることがなくなった、と喜んでいる一人だ。

「今日は父上が戻ってきてるんだよ。授業に顔を出すってさ」

「ぼっちゃんが真面目に勉強してるかどうか、やきもきしてるんでしょうねえ、伯爵様は」

 ひどいなあ、僕は真面目なのに、とジェラルドがぼやいた。

「まあ、行ってきな、アル。残りの仕事は俺がやっておく。ぼっちゃんにこれ以上、うろちょろされちゃ、邪魔でしようがないからなあ」

「……はい、ありがとうございます」

 俺はジルに頭を下げ、ジェラルドと共に厩舎を後にした。


*******************************************************


 剣がぶつかり合う音が響く。

「はあっ!」

 ジェラルドが叫びと共に突き出した剣先を右にかわし、左から剣を振るう。ジェラルドも横に避けた。

また間合いを切りなおす。ジェラルドが横にじわじわと移動する。一瞬、ジェラルドの気配が、逸れた。


 ――俺は、その隙に、地面を蹴ってジェラルドの懐に飛び込み、剣先を喉元にあてた。ジェラルドが息を呑む。


「……それまで! 勝者、アルシュ!」

 はああ、とジェラルドの身体から力が抜けた。どさり、と腰を下ろす。

「また、アルに勝てなかったよ~……」

「いえいえ、いい試合でしたよ? ジェラルド様」

 剣の師範である、カート卿が言った。

「アルシュの腕が凄すぎるのです。この年でここまで剣を振えた者は、王宮騎士の中にもそうそうおりませぬよ」

「……恐れ入ります」

 剣を鞘にしまい頭を下げた俺に、カート卿が笑って言った。

「君さえよければ、王宮付きの騎士見習いとしていつでも推薦するよ。君にはそれだけの実力がある。今年で十歳だろう? 正に『剣の申し子』と言っても差支えないよ、君は」

 俺は自分の手を見た。剣の柄を握る感触は……怖ろしく自分に馴染んでいた。初めて剣術の授業を受けた時に……ジェラルドから声をかけられ、こうしてカート卿に直接教えを乞うことができるようになっていた。そのおかげで、剣の技術は上達したと思う。


「!?」

 座っていたジェラルドが、いきなり立ち上がり、俺の前髪を右手で上げた。

「ジェ、ジェラルド!?」

 ……じっと俺の瞳を見たジェラルドは、深い溜息をついた。

「アルがそうやって、髪を染めて前髪で瞳を隠してるのって……女どものせいなんだろ?」

「!?」

「子どもなのに……体格だけ見て迫ってくる女達が大勢いるって聞いたよ?」

「……」

 この情報網の広さが、ジェラルドの武器なんだろうな。俺は溜息をつきながら、そう思った。

「まあ、アルシュの瞳は珍しい色ですからね。騒がれたくないのであれば、隠すのが一番でしょう」

「……」

「こんな綺麗な色なのにさ……なんか、もったいなくて」

 ぶつぶつ言うジェラルドに、カート卿が笑いながら言った。

「ほら、もうすぐ授業ではないですか? ジェラルド様」

「あ、ほんとだ」

 剣をカート卿に返す。ジェラルドがうーんと伸びをして言った。

「次はアルから一本取るからね!」

「……そうされないように、努力するよ」

 カート卿にお辞儀をした後、俺とジェラルドは城の一室へと向かった。

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