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二人の王子~ファーニア=レヴァンダ視点1

 夜が開けたばかりだというのに、女官達の慌ただしい足音が塔の中を駆け巡っていた。


「巫女姫様っ!! 御目覚めですか!?」

 私は寝台から降りたばかりだった。紺色の服を着た女官ミドラが、ノックもそこそこに、真っ青な顔をして部屋に飛び込んできた。

「何事です!? どなたか急を要する方が……」

 ミドラの言葉を聞いた私は――思わず、絶句した。

「……闇の魔道士にやられた、と……男性が幼子を連れて来られました!」


 白の治療服を部屋着の上から被る。ミドラと共に、治療室へと足を速める。

「闇の魔道士ですって!?」

 確かに数年前から、闇の気配が感じられる事はあった。でも、直接襲われたというのは……


「男性の方は……お怪我をされているものの、意識ははっきりとしておいでです。ですが……」

「……幼子の方が、危険な状態なのね。すぐに聖水の用意を。カテーリアにも来てもらって」

「はい」

 ミドラが右手へと走り去った。私は真っ直ぐに石造りの廊下を進む。早朝の空気は、身を切る様に肌寒かった。

 施術室の白い扉を開けた。簡素なベッドの前に座っていた男性が、私を見て立ち上がった。格好からすれば、おそらくどこかの騎士だろう。私は挨拶もそこそこに、彼に尋ねた。

「……この御子ですか? 闇の魔道士に攻撃された、というのは」

「……巫女姫様っ、どうか若様を……っ!!」

 頭を下げる騎士を見た。こちらの方も治療が必要なようだ。でも……

ベッドに寝ている小さな身体、を見た。……白い顔をした、血まみれの男の子。

「これは……」

 ざっと見たところ、目立った外傷はない。ぐったりとした身体を抱き上げる。身体が……冷たい。その身体を取り巻くように感じる……闇の気配の欠片。

「体内の熱が……ほとんどない……」

 仮死状態だ。何か無理をしたに違いない。

「巫女姫様っ、聖水をお持ちました!」

 ミドラとカテーリアが施術室に入って来た。

「ありがとう……カテーリア、こちらの方をお願い」

「判ったわ……どうぞ、こちらへ」

「み、巫女姫様がお二人!?」

 呆然とした顔。

「私の双子の姉です。私と同じ力を持っておりますゆえ、ご安心ください」

 さあ、と促され、男性は向こうのベッドへと歩いていった。


 私は聖水の瓶を受け取り、少し口に含むと――口移しで、腕の中の子に飲ませた。こくん……と小さな喉が鳴る。

ぎゅっと身体を抱き締め、光の呪文を唱える。

「……聖水よ、我が光の力を受け、この幼子の命の力、となるように全身を駆け巡れ」

 ぼうっと小さな身体が金色の光に包まれる。光の力が――この子の命の力、となり身体に同化していく。闇の気配が、金色の光に溶けていった。

「……顔色が戻ってまいりましたね……」

 ミドラが呟く。少しずつ……抱き締めた身体の熱が戻って来た。


 暫くの後、体温が戻った事を確認し、私は呟いた。

「身体は……もう、大丈夫ね。外傷はなかったみたいだし」

 ゆっくりと身体をベッドの上に寝かせる。先程魚の腹のように白かった頬は、うっすらと赤みを帯びていた。私はベッドの傍の椅子に腰かけた。

「でも……」

 私はゆっくりと、右手をこの子の額に当て、瞳を閉じた。意識を――この子に同調させる。


「……!?」

 な、に……これは……

思わず眉を顰めた。激しい感情に流されそうになる。


 ぐちゃぐちゃになっている記憶。まるで……心がばらばらになってしまったかのよう。様々な色が混ざりあい、渦のような模様を描いていた。


一番強い想い……それは――


「……怒……り……?」


 恐怖でも、ない。純粋な怒り。大切なものを……奪われた、怒り。その怒りの感情が……この子の全てを支配しようとしている。


「危険、だわ……」


 この子をこのままにしておけば……やがて目が覚めた時、また……。


「……若君の具合はいかがですか、巫女姫様」

 男性が後ろから声をかけて来た。私は目を開け、声の方へ振り向いた。右手と頭に包帯を巻いている男性は、自分の治療もそこそこに様子を見に来たらしい。

「……お身体の方はもう大丈夫です。闇の気配が少し纏わりついていましたが……聖水にて、祓いました」

「あ、ありがとうございます……」

 頭を深く下げる男性に、私は尋ねた。

「……闇の魔道士に襲われたとか。その時の状況を詳しくお聞かせ願えませんか。このままでは、この子の心が……」

 男性の緑色の瞳が、辛そうに曇った。

「……若君は、御母君とともに、ご実家へ戻られるところでした。突然闇の魔道士達が襲ってきて……御母君は、若君の目の前……で……」

 ぎり、と歯を食いしばる音が聞こえた。

「……その時、若君の様子が急変したのです。自分の身の丈よりも長い剣を振るい……闇の魔道士達を次々と……」

「……」

「……御母君の声に、元の若君に戻りましたが……そのまま気を失って倒れてしまわれたのです」

「……御母君は……」

 男性は首を横に振った。

「すでに致命傷を負われていました……若君だけでも一刻も早い治療をと、単騎でこちらに向かったのです」

「……この血は……その御母君のものだったのですね……」

 この子についていた、血。それが……。

「おそらく、この子の命を救ったのは……、御母君の想いと、この子自身の力、です」

「え……」

 目を見張った男性に、私は説明した。

「闇の気配が纏わりついていましたが……この子の心は、その闇に侵されてはいませんでした。こんな幼子が闇の手にかかれば……普通であれば、即死していてもおかしくありません」

「……」

「ですが……」

 私は再び、ベッドの上の子の額に手を当てた。

「……この子についていた血。そこに強い想いが込められていました……『この子を護る』という想いが」

「……」

「それから……この子が闇の魔道士を倒したのであれば……おそらく『封魔の力』を持っているのでしょう」

「封魔!?」

 男性が驚いたように叫んだ。

「そ、そう言えば……『防御魔法が効かない』『封魔の力』と……魔道士が言っていました」

 私はそっとこの子の髪を撫ぜた。

「この子の瞳の色は……銀色、ですか」

 男性が驚いたように私を見下ろした。

「は、はい……御母君と同じ、銀の瞳を……」

「……古来より、『銀は魔を封じる』として、魔法具としても重宝されています。ごく稀にですが、銀の瞳をもつ者の中に、『封魔の力』を持つ者が現れることがあります」

「……」

「『封魔の力』は……闇を封じる力。その力を持つ者は、闇からの影響を受けにくい体質をしているのです」

「……」

「目の前で……御母君を失い、力が暴走してしまったのでしょう。いくら『封魔の力』を持っているとはいえ、まだ身体は幼子。もし、そのまま力を振るい続けていれば……身体に負担がかかり、おそらくは助からなかったでしょう」

「……あの御方が……若君の名を呼んで……それで若君は元に戻っ……」

 嗚咽が、男性から洩れた。右手で口元を押さえ……瞳が潤んでいる。

「御母君には判ってらっしゃったのですね……このままでは危険だ、と」

 御母君がこの子を愛する気持ち。それが、この子を救った。私は目を瞑り……会った事のない、その御方に祈りを捧げた。


「……この子の記憶を……すり替えます」

 祈りをささげた後、私は男性にこう言った。

「記憶……を……」

「ええ」

 私は呆然と立っている男性を見上げた。

「今、この子の心は……御母君を奪われた怒り、に満ちています。このまま放置すれば……怒りに心を支配され、また力が暴走してしまうでしょう」

「……」

「……御母君は……病でなくなった、と記憶をすり替え……今までの記憶も、曖昧なものにします」

「……」

「……『封魔の力』に我を見失う事がなくなるまでは……思い出せないでしょう」

「……で、ですが……」

「……御母君の最期の想い。それは……『この子が幸せになるように』、でした」

「……」

「その為には、『怒り』以外の感情を、この子が得なくてはなりません。御母君の最期の願いを叶えるためには」

「……」

「この記憶を持ったままでは……それは難しいでしょう」

 男性は暫く黙ったまま、だった。やがて……決意を秘めた瞳で私を見た。

「……巫女姫様のご判断にゆだねます。どうか、若君がこれから幸せに生きていけるよう、お力をお貸下さい」

 

 私はゆっくりと頷いた。この子と向き合い、右手を額にあてる。瞳を閉じ……力を集中させる。


 金色の光が……右手からこの子に注ぎ込まれ……この子の全身が金の光に覆われた。


 ――私は、古代より巫女の塔に伝わる呪文を、詠唱し始めた。

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