二人の王子~リデア=ウェルナール視点3
目の前の……出来事が……ゆっくりと……まるで、夢のように……流れていった。
『ぐっ……ああああっ!!』
仰け反る黒い影。その胸に刺さる、銀色の刃。そして……小さな手で、その剣を握っている、のは……
「グラ……ント……?」
小さな身体から感じる……とてつもない、力。翳む目にも……グラントの全身から立ち昇る銀色の炎が、見えた気が、した。
足元に落ちていた、自分の身丈よりも長い剣を咄嗟に拾い……何の躊躇いもなく、魔道士を貫いていた。
(こんな……小さな子のどこに、……こんな力……が……)
『……防御魔法が……効かぬ……っ!?』
焦った様な声。剣が刺さったところから……黒い霧が拡散していった。
『お前……破魔の……チカ……ラ……』
黒い魔道士の姿が……崩れて……いく。グラントは、そのまま剣を下ろし……剣先を地面に当て、引きずった状態で、立ちつくしていた。
別の魔道士が、グラントに向かって黒い光の矢を放った。
(グラント!!)
心で叫ぶのと同時に……銀の光が弧を描き、矢が全て切り捨てられていた。魔道士が……怯んだように、一歩下がるのが見えた。
どうして、グラントが……あんなに重そうな剣を軽々と振りまわせているの!? 何かが憑りついたかのような…………。
グラントが剣を振るたびに、魔道士達が倒れていく。おかしい。何かが……おかしい。
(グラント……っ……!!)
荒い呼吸の中、声を出そうとした。でも……声が出ない。ぬるりとした感触が手に纏わりついていた。
(だめ……このまま、じゃ……っ……!!)
「リデア様っ!!」
騎士様が私に駆け寄って来た。布で傷口を押さえられ、思わずくぐもった悲鳴が出た。
「グラ……ント……を……」
「他の者がグラント様の援護に廻っております! じっとなさって下さい!」
魔道士が倒れ術が解けたので、幾名かが身動きできるようになりました、と騎士様が言った。
「だ……め、このまま……じゃ……」
呑まれる。呑まれてしまう。『あの子』自身が……力、に。
「――グラントっ!!」
やっとの思いで絞り出すように出した声。グラントの小さな背中が、ぴくり、と震え……ゆっくりとこちらに振り向いた。
――黒ずんだ瞳が……徐々に銀色に戻る。
「かあ……さ……」
――いつもの……グラントに戻っ……!?
「グラント様!?」
――ゆっくりと小さな身体が、剣と共に地面に崩れ落ちた。
(……グラント……っ)
右手を伸ばそうとして――動かなかった。騎士様が、急いでグラントの元に駆け寄り、ぐったりとした身体を抱き上げた。
「……冷たい!?」
騎士様の顔色が変わった。他の騎士達も、騎士様の元へ集まってきた。
――騎士様はグラントを抱いたまま、私の元に戻り、跪いた。
「……リデア様。ここより東に一刻程、馬を走らせば、巫女の塔がございます」
――巫女……の……
「……グラント様を巫女の塔にお連れします。光の巫女姫様なら、必ずやグラント様をお救い下さるはずです」
光の……巫女姫。殿下、が……愛する御……方……
「……たの……みま……す」
――私はゆっくりと両手を伸ばそうとした。騎士様が、グラントの身体を私の胸に預けてくれた。
自分に残った最期の力で――グラントを抱き締めた。
私は騎士様に目を合わせた。騎士様は頷いて、私の手からグラントを抱き上げた。騎士様が跪いたまま、私に頭を下げた。
「……このカイタス、命に換えましても、お役目を果たしまする」
――カイタス様は立ち上がり、他の騎士達に私を頼む、と告げた。騎士達が頷くと、彼はグラントを抱いたまま、馬車の方へと走って行った。
薄れゆく意識の中で、馬のいななきと蹄の音を聞いた。騎士達が慌ただしく動く。私の名を呼ぶ声。
……それら全てが……耳から遠くなり……私は、目を閉じた……
ふっと目を開ける。夜明けの空が、薄紫色に染まっていた。……ふわふわと宙に浮いている。もう痛みは……ない。
遥か足元を見る。仰向けに倒れた、血まみれの私の身体を、必死に治療している騎士達の姿、があった。東の方に目をやる。単騎で駆ける馬の姿。カイタス様が気を失ったままのグラントを抱え、鞭を振るうのが見えた。
朝の光が、山際から差してきた。金色の光に……自分の手が透けてきているのが、判った。不思議と……怖くは、なかった。
(グラント……)
小さいあなたを……残して逝く事を……許して……
(巫女姫様……どうか……)
グラントを……あの子を、お助け下さい……
最期に……目を瞑り、愛しい御方の名前、を呟いた。
――どうか……
……どうか、幸せに……
朝の金色の光の中……私の全てが、形を無くし……溶けていった……
**************************************************
「リデア様……っ!!」
――柔らかな金色の朝日の中、静かな街道には、騎士達の慟哭する声だけが、響き渡っていた。




