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二人の王子~リデア=ウェルナール視点2

「ん……」

 グラントが目を擦った。

「眠くなってきたのね? もう寝ましょうか」

 こくん、と半開きの眼でグラントが頷いた。グラントの身体を座席に寝かせ、膝枕をした。ショールを身体にかけてやると、ふあああと欠伸をした後、横を向いて寝てしまった。

「ふふ……疲れているのね……」

 がたごとと、馬車の車輪の音が響く。柔らかな金の髪を撫ぜながら、少し窓を開いてみた。細い月が見える。夜風はまだ肌寒かった。再び窓を締め、私も座席の背もたれに、身体を預けた。


 できるだけ早く、と馬車を急がせた。夕方頃ついた宿屋で馬車を乗り替え、夜通し走らせる事にした。

(王宮から早く離れないと……)

 あそこから出れば、王位を狙うつもりのない事は、わかっていただけるだろう。だから、グラントを狙う理由もなくなるはず――


 ――なのに、言いようのない不安が心を締め付ける。あの、青い瞳に浮かぶ憎悪……それが何故グラントに向いていたのか、が判らないから。


 あの御方は、全てをお持ちのはず。王太子妃としての立場。王太子殿下の愛情。リカルド王子。私には手に入らないものをお持ちなのに。

(私には……この子(グラント)だけ……)

 私に残った、たった一つの宝物を奪わないで。傷つけないで。グラントの寝顔を見ながら、そう祈った。


********************************************************


 がたん!


「……!?」

 馬車が大きく揺れたはずみに、目が覚めた。少しうとうとしていたらしい。


「……!!」

 何? 誰かが叫んでいた。咄嗟にグラントを抱き締める。

「……かあ……さま……?」

 まだ寝ぼけたような声。がたがたと音がして、扉が乱暴に開いた。

「……リデア様! グラント様!」

 焦った様な声と共に、男性が入り口から顔を覗かせた。

「……あなたは……っ!」

 殿下付きの騎士。何度かお見かけした事があった。 

「ヴェルナー伯の命でお伴しておりました。早くお逃げ下さい!」

 グラントを抱き起して、入口から降りる。騎士様が手を貸してくれた。つんざく様な剣の鳴る音。

「あれは……!」

 馬車を護る様に戦っている騎士達に相対しているのは……闇夜に沈む、黒いマントの……

(あの時の、魔道士!?)


 こちらへ、と促され、馬車の後ろの方へ、グラントの手を引き、走る。心臓の鼓動がやたらと大きく聞こえた。

(まさか……あの御方の……!?)

「……っ!」

 目の前に影が揺らめき、立ちふさがった。騎士様が剣を構え、突っ込んでいく。私はグラントを抱き締め、騎士様と影の戦いを見ることしかできなかった。 

「かあさま……」

「グラント、大丈夫だから。きっと騎士様が……」

 そう言い聞かせていた時――銀色に光る剣の刃が、くるくる回りながら、私達の方へと飛ばされてきた。

「きゃっ……!」

 グラントの頭を抱え、後ろに一歩下がる。からん……すぐ近くで剣の落ちる音がした。

「騎士様!?」

「ぐっ……!!」

 黒い手が、騎士様の首を掴み、身体を宙に吊るしていた。騎士様の足が徐々に地面から離れる。騎士様を見上げる、黒いマントの下で……妖しく光る、真っ赤な瞳。

「……!!」

 ぶん、と騎士様の身体を横に放り投げた。騎士様の身体は、地面で一度跳ね、横の方へと転がった。衝撃が大きかったのか、うめき声が聞こえて来た。

「騎士様!!」

 私の声にも、立ち上がる事ができないのか、騎士様はふるふると震えながら腕をこちらに伸ばそうとしていた。

黒い影が……こちらを向いた。私は息を呑んだ。


 ――ゆっくりとこちらを見た赤い瞳に……グラントの身体を自分の後ろに廻した。


「かあさま!?」

「グラント、じっとしていなさいっ!」

 

 くっくっく……あの時聞いた、笑い声が、また聞こえて来た。

『……逃げても無駄ぞ。その王子を消すことが我らの目的。目的を果たすまでは、どこまでも付きまとう』

「ど、どうしてっ!!」

 私は思わず叫んだ。

「この子はもう、王位とは関係ありません! どうしてこの子を……っ!!」

『どうして……?』

 暗闇の中に溶け込んでいるのに……にやりと笑った、赤い口元が見えた様な、気がした。

『……ウィリアム王子の血を引く子であることが、許されぬのだ』

「なっ……!?」

 黒い影から出た、意外な言葉。私は硬直したまま、目を見開いた。

(殿下の……御子である事が、許されない!?)

 どういう意味なの!? そう考えていた私に、聞こえて来た、声があった。


『……殿下の子を産むのは、私でなくてはならなかったのに』


 突然心に響いてきた……あの御方の……。

(ま……さ、か……)

 顔から血の気が引いていくのが、自分でも判った。


『忌々しい、その銀の瞳……殿下が……私以外の女と子を成すなどと……』


(アスタリア……様、は)

 愕然とした。王太子妃であり、リカルド王子の母。何も欠けたところのない御方……が。



 ――ウィリアム殿下を……愛して、おられる、のだ……


自分の夫の……双子の弟君、を。



 それこそは……誰にも言えぬ、想い。打ち明ける事も……成就することも……叶わない。



(アスタリア様……っ!!)

 心臓を掴まれたかのように痛む胸を、左こぶしでぎゅっと押さえた。


 私は顔を上げ、黒い影を真っ直ぐに見た。

「……でも、グラントには手出しさせません!! この子には……何の罪もないのですからっ!!」


 くすくすと嫌な笑い声が、闇に響く。

『ほう……ならば、どうする気だ? このような目に遭ったら?』

「……っ!!」

 突然、巻き起こった風が、私の身体を切り裂いた。痛みが痺れと共に身体を覆う。私は、グラントを庇うようにぎゅっと抱き締めた。

「かあさまっ!」

『お前も……許さぬ、とのおおせだ。一気に殺したりはせぬ。じっくりと味わうがよい……死への恐怖をな』


 何度も何度も、繰り返される攻撃。肌が切り裂かれる痛み。身体中の傷から流れる血。グラントの叫び声。感覚すら、失われていた。

思う事は……只一つ



 ――この子だけは……護る。私の命を賭してでも。


「かあさま、かあさまっ!」

 グラントの悲痛な声だけが、聞こえる。

「だい……じょうぶ。あなたは……護る……から……」

 ばらばらになりそうな意識を……必死に繋ぎとめる。この子を……グラントを……


『……そろそろ飽きて来たな。とどめだ』


 声と共に……身体に背中から衝撃が走った。呆然と自分の胸を見下ろす。胸の中央に……穴が開い……て……?


 ゆっくりと身体が倒れていく。身体の右側に冷たい地面の感覚。時が過ぎるのが……やたらと遅く感じた。不思議と痛みはない。ただ……私を覗きこむグラントの瞳が……


「かあさま!!」

 私の前に屈みこむグラントの姿が二重に見えた。

「グラ……ント……」

 手を伸ばそうとする……でも、動かない。どくどくと身体から血が湧き出る音だけが……耳に響いた。


 ゆっくりと近づいてくる、黒い影。


「グラント……逃げ……」

 声も……出ない。目が……翳んで、いく……。


『……これで終わりだ。忌まわしい王子よ』

 グラントの後ろに立った影が……ゆっくりと右手をあげた。


「――っ!!」

 声にならない声が……聞こえた気が、した。


 ――次の刹那……何が起こったのか……私には、判らなかった。

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