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二人の王子~リデア=ウェルナール視点1

 何故、この御方は、こんな目で……グラントを見るのだろう。


 初めて間近でお会いした、美しい御方は……憎しみに満ちた目で、この子(グラント)を睨み付けていた。


********************************************************


『……リデア様は、殿下に盗賊の魔の手から助けていただいた、とか』

『は、はい……行く当てのない私を、赤の離宮にお連れ下さいました』

『……お優しい事。そう言えば、リデア様以前にも、そのような御方が何人もおられたそうですわね。今は皆様離宮を出られて、故郷に戻られているとお聞きしましたが』

『……』

『グラント王子は……ウィリアム殿下によく似ておられますわね? リカルドも王太子殿下似ですから、双子のように見えても致し方ないのかも知れませんわね』

『は……い……』

『ウィリアム殿下は剣の達人。いずれリカルドにも教えていただきたいものですわ』

『……』


 先程から感じる、違えようもない、悪意。ぞっとする程、美しい青い瞳に浮かぶ……嘲りの色。

(やはり……私のような身分の者が側室だなんて……お気に召さないのかしら……)

 歴史あるセレスタインの第一王女。美しさもさる事ながら、魔術と医術に造詣深く、アスタリア様がグランディアに嫁がれてから、この国の医療技術は格段に上がった、とウィリアム殿下が教えて下さった。

 そんな御方が……何故……。


 強張った顔をしていた私に気がつかれたのか、ウィリアム殿下が声をかけて下さった。

『……リデア。グラントはやはり、そなたの方がいいようだ』

『殿下……』

 グラントを抱くと、ほっと溜息が出た。温かくて、柔らかい感触。ほんのりと甘い匂いがする。可愛い我が子。殿下がグラントを見る瞳は……とても優しかった。


 ――一瞬の事、だった。


 気のせいか、とも思える程……でも、確かに存在した。


 ……この子への……憎しみ、が


 青く美しい瞳の中、に。


********************************************************


 殿下の様子がおかしい、と気付いたのは……グラントがもうすぐ三歳になろうとしていた時だった。

綺麗な青い瞳は……どこか遠くを見ている。私を見ているようで……見ていない瞳。グラントの相手をして下さっている時も……表情に曇りが見えた。


 ――殿下に……愛する方が現れたのだ。すぐに判った。あの瞳は……報われない想いを秘めた瞳は……私と同じ、だったから。


『……殿下』

『……リデア?』

『……どなたかを……想っていらっしゃるのですね……』

 殿下ははっとしたように、私を見た。私は……胸の痛みを隠しながら、少し微笑んで見せた。

『殿下が……私を愛してらっしゃらない事は……わかっておりました』

『……』

『……それでも、殿下のお傍に仕える事が出来て……とても、幸せです。グラントという宝物も頂きましたし……』

 向こうで猫と遊んでいるグラントを見た。殿下をそのまま小さくしたような、元気な男の子。

『もし……殿下が、その御方と御一緒になられるなら……私は……』

『……リデア……』

 済まない。そう言って、殿下は私に頭を下げられた。

『で、殿下!? 何をなさって……!!』

『お前と……グラントを大切に想う気持ちに変わりは……ない。だが……』

 私は立ちすくんだままの殿下に近寄り……そっと抱き締めた。

『いいのです……どうしようも、ないのでしょう……? どうか、御自分に嘘をつかないで下さいませ』

『……』

 殿下は黙ったまま……私を強く、抱き締めた。


********************************************************


 殿下が愛しておられる女性(かた)が、光の巫女姫だと知った時は、少なからず驚いた。

『手の届かない御方なのだ……だが、それでも……』

 巫女の塔からお出ましになれない巫女姫。手を触れることも……ままならない相手。私も……身分不相応な恋をしているけれど……こうしてお傍にいる事はできる。

でも、殿下は……それすら、許されないのだ。


『……殿下。私は……殿下に幸せになっていただきたいのです』

『……』

『殿下は……私に、沢山の幸せを下さいました。だから……』

『リデア……』

『どうか……諦めないで下さい』


 もし、巫女姫様が……殿下の元に来て下さるのなら。

 グラントを可愛がって下さるのなら。


 ……私は喜んで、この身を引こう。


 私は、そう、真剣に考えていた。


********************************************************


 薔薇園で、薔薇の手入れをしていた私は、とぼとぼと離宮に歩いてくる小さな影を見つけて、目を丸くした。

『グラント!?』

 傷だらけのグラントに、私は慌てて駆け寄った。屈んで、服についた泥や枯れ葉を、払い落す。

『どうしたの!? 王宮でお父様に会うって……』

 小さな手が……震えていた。思わずぎゅっとグラントを抱き締める。迎えに来てくれた家臣も……付いていない。

『……とうさまは……いないって……』

 ぽつり、とグラントが言った。いくら王宮内とは言え……まだ三歳を過ぎたばかりの子どもを一人で……

(グラントは……年の割に聡い子だけれど……)

 まだ幼いこの子が……泣くのを堪えているのを見て、胸が痛くなった。

 誰かが……この子を……?


 ――ぞっとするような、青い瞳が……瞼に浮かんだ。

(ま、さか……あの御方が……?)


 不吉な予感を追い払うように、私はグラントの身体を強く強く抱き締めた。


********************************************************


 もう、グラントを王宮に行かせる事もなくなった。赤の離宮から出ないよう、気をつけるようになった。やんちゃ盛りのグラントにはかわいそうだったけれど……怪我をしたり、置き去りにされたりと、立て続けに不審な事が起こっている以上、この子の安全を第一に考えなくてはならない。


(でも何故……グラントを?)

 王太子殿下には、リカルド王子がいらっしゃる。王位継承権は、王太子殿下、リカルド王子、ウィリアム殿下、についで第四位。あの御方が、グラントを目の敵にする理由がない。

(殿下には……言えない……)

 敬愛する兄君、王太子殿下の妃殿下が、グラントに危害を加えているかもしれない、などと……恐らく信じてはもらえない。例え信じて下さったとしても、王太子殿下との板挟みになり、どれ程殿下が苦しまれるか……。

(証拠があるわけでは……ないのだもの……)

 そう……ただ、私が感じているだけなのだから。あの御方の……悪意を。


 ――この子を守らなくては。グラントの小さい身体を抱き締めながら、私は誓った。



********************************************************


 王宮を辞す――これが、私の出した結論だった。

王宮(ここ)さえ離れれば、グラントがあの御方の気に触る事もないだろう、そう思った。

 殿下と親しいヴェルナー伯爵に話を聞いていただいた。緑色の瞳を見開いて、驚きの表情を浮かべた伯爵は、『王位継承権を持たれる王子を外にですと……!?』と大反対されたが……どうしてもグラントを置いていく事は出来ない、と必死で訴えた。

 結局は殿下に直訴する形で、無理矢理認めてもらった。


『グラント、かあさまの故郷(ふるさと)に行きましょうね?』

 薔薇園でグラントにそう告げた。

『うん』

 グラントは素直に頷いた。本当に、この子は……まだ三歳かと思うほど大人びている。意志が強く、滅多に泣かない。何を教えても、砂が水を吸うように、覚えてしまう。あまりに出来すぎる子で……逆にそこが心配だった。

『ねえ、グラント? 悲しかったら、我慢しないで泣いてもいいのよ?』

 グラントは銀色の瞳で、私を見上げた。

『かあさまを……まもるから。とうさまのかわりに』

『……!』

 目を見張った。この子は……気付いていた、のだ。殿下の心が……私から離れている事を。

胸が……一杯になった。思わず跪いてグラントを抱き締める。

『ありがとう……グラント。私はあなたがいるだけで、幸せよ』

 グラントが顔を上げて笑った――その時、薔薇の花弁がざあっと舞い散り……身の毛がよだつ様な気配、がした。

『誰っ……!?』

 グラントを抱き締めたまま、叫ぶ。赤い薔薇の向こうに……黒いフードを被った人影が揺らめいていた。

『……』

 黙ったまま、黒い影がさっと右手を上げる。

『……きゃ……あっ!!』

 咄嗟にグラントを庇う。頬から温かいものが流れた。ドレスや地面に、槍がかすった様な跡があった。

『かあさま!?』

 グラントの小さい手が……私の頬に触れた。

『……その王子は……邪魔だ』

『!?』

 グラント!? グラントを狙ってる!? 自分の身体でグラントを覆う。

『な、何故っ……!! この子を王位になどと考えておりませんっ!!』

 くっくっく……嫌な響きの笑い声がした。

『……その存在。存在そのものが……許されぬ』

『な……!!』

『……の血を引く子。忌々しい、その瞳……』

 息を呑んだその時――


『リデア!? どうした!?』

 殿下の声!?

 小道から殿下が姿を現すのと同時に……黒い影が消えた。


 がたがたと身体の震えが止まらない。ただグラントを抱き締める。殿下が私達の方に走り寄って来た。

『悲鳴が聞こえたぞ!? 何かあったのか!?』

『で……んか……』

 殿下は私の顔を見て、表情を強張らせた。跪き、私の頬に手を当てた。

『血が……誰か、いたのか?』

『……わかり……ません』

 あの魔道士が……どこの手の者かは、わからない。でも……狙われているのはグラントだ、という事実が、私の心を凍らせた。

 私は殿下の顔を見上げた。愛しい方。手の届かない方。

『……殿下。私達は……もう、ここには……』

『何を……!?』

『……お願い……いたします……』

 言葉の出ない殿下を前に……私が出来た事は、只々、許しを乞う事だけだった……。


********************************************************


『ごめんなさい……グラント』

『……どうして、あやまるの? かあさま』

『本当だったら……あなたは、あのお城で、暮らしていたはずなの……でも……』

 ぎゅっとグラントを抱き締めた。

『……帰りましょう、かあさまの故郷へ。そこなら……あなたを守ってあげられる』


 私とグラントは、人目の少ない早朝に、質素な馬車に乗り、グランディア城を後にした。

 そう……王宮から離れればきっと……グラントが狙われる事もないはず。もう王位を継ぐ気はない、と宣言したも同じなのだから。



 ……その考えが間違っていた事に気がついた時には……もう、遅かった。

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