二人の王子~ジェヴェタイア=ヴェルナー視点1
『ごめんなさい……グラント』
『……どうして、あやまるの? かあさま』
『本当だったら……あなたは、あのお城で、暮らしていたはずなの……でも……』
ぎゅっと抱き締められた……温かい感触。
『……帰りましょう、かあさまの故郷へ。そこなら……あなたを守ってあげられる』
赤の離宮から、母と二人で人知れず旅立った日は……まだ肌寒い、早春の事だった。
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『リデアとグラントは……?』
『……お二方とも、今朝早くに立たれた、とのことです。人目につかぬよう、護衛もつけてございます』
『……そう、か……』
『……殿下。リデア様の故郷は幸い、我が領地でもあります。後の事は、このヴェルナーにお任せいただけませんか』
『……頼む』
『……殿下。本来であれば、王位継承権を持つグラント王子を王宮から連れ出す事は、大罪に値します。許されるべき事ではございません』
『……わかっている。だが……』
『……リデアからグラントを取り上げたくはない。それでは、余りにリデアが……』
深い溜息が、執務室に響いた。
『……殿下。殿下はお優しすぎる。リデア様とて、殿下のお気持ちは重々承知されていたはずでは』
『……』
『殿下に愛する御方が現れた。その事もご理解されていたのでしょう? ……律儀にも、殿下がリデア様に謝罪されたために』
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……リデア=ウェルナール嬢は、我がヴェルナー伯爵領の一地方を治めるウェルナール家の一人娘。家柄は良いが、俗に言う”没落貴族”の娘。本来であれば、王の側室の立場にもなれない御身分だった。
殿下が幼い頃、我が伯爵家に滞在された時に出会った少女。年に一度の報告のため、ヴェルナー城を訪れる父親が偶然連れて来ていた。私と殿下――そしてリデア様は年が近かったこともあり、殿下の滞在中は城の中で一緒に遊んで過ごしていた。殿下にとっては、大切な幼馴染。それがリデア様だった。
時が流れ、大人になられた殿下が視察のため、再び我が地に来られた時――偶然耳にしてしまった。リデア様が窮地に追い込まれている事を。
ウェルナール家の財産狙いの輩に目をつけられ、ほぼ全財産を失い、その上、リデア様のご両親は心痛の為、相次いでお亡くなりになった、と。単独でウェルナール家に向かった殿下は――傷だらけになり、青ざめて震えているリデア様を連れ帰って来た。
『リデアをここには置いておけない。王宮に連れ帰る』
殿下は当時伯爵だった父と、私にそう言った。
――ウェルナール家を乗っ取ったのが、ここ最近近隣諸国でも噂になっていた盗賊の一味だった、と知ったのはすぐ後の事。リデア様の美しさに目をつけた盗賊が、無理矢理情婦にしようとしたところに、殿下が踏み込んだらしい。殿下お一人だったため、盗賊達も最初は軽く見ていたようだが……”鬼神”として恐れられる剣の腕前を程なく知る事になったようだ。
その一件だけでは、大規模盗賊団壊滅……まではいかなかった。残党がまだいる上、リデア様は偶然、逃げた首領の顔まで、見てしまっていた。盗賊団にとって、リデア様が”標的”になったことは、想像に難くない。
『あやつらはリデアの命を狙っている。ここでは、私が守ってやれない』
そのまま殿下は、代々の王が側室を住まわせてきた”赤の離宮”にリデア様を置くことに決めた。リデア様は真っ青になりながら、侍女として仕えたい、と言ったが、殿下は取り合わなかった。
『王宮とはいえ、不特定多数の人間が出入りする場所だ。侍女という身分では、お前を守れないだろう』
幸い、現国王には側室はおられない。今は赤の離宮は空いた状態となっている。お前は何も気にする事はない。
そう殿下に言われては、リデア様も黙るしかなかったようだった。
それから数年は、穏やかに月日が流れていた、と思う。リデア様のご協力もあり、盗賊団の首領は間もなく捉えられ、処刑。主だった連中も首領と同じ道を辿った。
もうリデア様が故郷に戻られても支障はない、と殿下に告げたが、幼馴染の気安さからか、リデアがいると落ちつく、と言って側室のままの御身分、としていた。
私が父より伯爵位を譲り受けた頃、リデア様がご懐妊――グラント王子がご誕生になった。殿下に良く似た赤子。その瞳は――リデア様と同じ、珍しい銀色だった。
ウェルナール家は、元々北方の民の血が流れているらしい。北の国には多い色だと聞いた。
『我が息子も同じ年生まれ。よい遊び相手とさせていただければ』
『そうだな……いずれ連れて行こう。ヴェルナー城に』
そう言われた後、ご自分の腕の中ですやすや眠る王子に、殿下は微笑みかけた。
殿下のリデア様に対する感情は、家族愛に近かったのだろう、と思う。しかし、私は……リデア様が殿下を男性として愛しておられる事を、薄々勘付いていた。何事もなければ、おそらくは、そのまま穏やかなお二人、でおられたのだろう。
――もし、殿下が、運命の御方に出会わなければ。
そして……あの御方が介入してこなければ。




