シルヴェスタ城~地下水路3
「どうしても、聞きたい事があるの。その……とうさま、の事で」
そうありあが告げると、グラントの表情がやや曇った。
「……危険だと判っていて、か?」
ありあは、こくり、と小さく頷いた。
「リチャード公にしか、聞けないの。あの様子じゃ、外には出られないと思う……」
「……さっき生首がどうとか言っていたな。まさか……」
グラントが言葉を切り、ありあを自分の後ろに廻した。
足音が近づいて来る。ありあの瞳が大きくなった。
カツン……足音が、止まった。ぼうっとした灯りが漏れる。
「……随分と早いご到着ですね、陛下。あと一日はかかると思っていましたよ」
水路側の壁にある、アーチ型の入り口から、リカルドが姿を見せた。蝋燭の炎に浮かぶ彼は、どこか……違って見えた。
リカルドはありあを見て、ゆったりと微笑んだ。
「……ラニファルに何をしましたか、アーリャ様? せっかく、上質の媚薬が採れる群れでしたのに、ぺしゃんこになっていましたが」
ありあの目がまん丸になった。
「び……媚薬っ!?」
(あ、あの、ふらふらになったのって……!!)
ありあの顔が真っ赤になった。グラントは、ちらとありあを見下ろして、リカルドに向き直った。
「……それよりも、ありあが伯父上に会いたいそうだ」
リカルドの青い瞳に、読み取れない光が宿った。
「……父上に?」
ふっとリカルドの口元が上がった。
「会ってどうなさるおつもりですか。父の姿を見たのでしょう? 会うだけ無駄、というものですよ」
ありあはぎゅっと拳を握った。
「でも、リチャード公は、『助けてくれ』って言ってた!」
グラントとリカルドの動きが止まった。
「それに、とうさまの事を聞けるのも、リチャード公しかいないの!」
リカルドの表情が……消えた。
「ウィリアム前国王陛下の何を知りたいのです? あなたの御母上を手にかけ、あなたも殺されるところだったではありませんか」
リカルドの言葉にも、ありあの視線は揺るがなかった。
「……私は本当の事が知りたいんです。あなたから聞いた、昔話だけでなく」
「……」
リカルドは黙ったまま、ありあを見つめていた。
「あなたが嘘を言ったとは思ってません。それが、あなたにとっての事実だったのでしょうから。でも……」
ありあはぎゅっと胸元の緑石とロザリオを握り締めた。
「……私を育ててくれたシスターが言ってました。人は自分の見たいようにしか見ないって。真実は一つでも、見る人によってその形は変わるって」
――だから、一つの見方だけでなく、いろいろな見方ができるようになりなさい。そして――
「……自分の感覚を信じなさいって。人の言う事と、自分の心が違っていたら、自分の心を信じなさいって」
「ありあ……」
ありあはグラントを見上げて頷き、再度リカルドの方を見た。
「……とうさまは……闇の眷属に憑りつかれて……しまったけれど、最初はそうじゃなかった。私の事も、可愛がってくれた、というのとは違うけど、でも……!」
ありあは真っ直ぐにリカルドの青い瞳、を見つめた。
「……自分のお父さんとお兄さんを……害するような人じゃ、なかったと思うんです」
リカルドの表情は変わらなかった。
「……それを父に聞きたいと?」
「……はい。リチャード公の目から見た、とうさまを知りたいんです」
グラントも黙ったままだった。リカルドは……暫く後に、はあ、と溜息を一つついた。
「……わかりました。これを……」
リカルドは自分の首元から鎖を引っ張り出して外し、ありあに向かって投げた。ありあは慌てて、両手で受け取った。
銀色の、呪文と魔方陣が描かれたメダル。中央には青い石。
「これを持っていれば、この城の結界が無効化されます。王の間にも、入れるはずです」
ありあはメダルを首にかけた。
「……ありがとうございます、リカルドさん」
「……あなたは、いいとしても……」
リカルドが灯りを床に置き、すらり、と腰から剣を抜いた。グラントの身体が緊張するのが、ありあにはわかった。
剣の切先をグラントに向けて、リカルドは言った。
「……陛下、あなたを母に会わせるわけには参りません」
「……リカルド」
「母は……」
リカルドの声に、ありあには判らない感情、が込められていた。
「……あなたが王太子の座についた時から、心にひびが入り始め……そして、光の巫女を正妃に迎えると聞いて、完全に壊れてしまったのですよ」
「え……」
ありあは目を見張った。私がグランディアに来た……時に……?
リカルドの視線は、グラントから外れなかった。
「あなたの存在が……母を苦しめている」
「……」
グラントは……何も言わなかった。
「……ここで決着をつけましょう、陛下。どうせ、そのおつもりだったのでしょうから」
グラントは一歩前に踏み出し、剣を抜いて構えた。リカルドも、同じく構えの姿勢をとった。
「グラント!?」
「行け、ありあ。伯父上の話を聞いてこい」
「で、でも……!」
リカルドも言葉を重ねた。
「……王の間へは、あなたの後ろにある通路を真っ直ぐ行った突き当りの、階段から行けます。早く、お行きなさい」
ありあは対峙する二人、を暫く見ていたが……やがて、頷いた。
「私が戻ってくるまで……二人とも、ちゃんと無事でいてねっ!」
そのまま、ありあはくるりと身体の向きを変え、リカルドに教えられた道を走っていった。ありあの足音が、通路に響き……次第に遠のいていった。
「……アーリャ様は……不思議な御方ですね……」
――私の無事など、願わなくてもよいのに。
リカルドは苦笑交じりにそう言った後……グラントを真っ直ぐに見据えた。グラントもリカルドの視線を真っ向から受け止めた。
「では――参ります」
リカルドとグラント、双方の瞳に……炎が宿った。




