シルヴェスタ城~地下水路2
やっと見つけた時、ありあは……地下水路近くで、べたべたの粘液まみれ、になっていた。
*********************************************************
「……おい!? ありあ!?」
抱き起こして、ぺしぺしと頬を叩く。むせ返るような甘い香りが、ぐったりとした身体中に沁みついていた。
(この……匂い……はっ……)
グラントは思わず唸った。
王太子になってから、幾度となく妃の座を狙う女どもから嗅がされた匂い。――媚薬、だ。
王族は一通り、毒やら薬やらへの耐性は身につけている。だから、今までこの薬の罠にかかることはなかった。
だが、ありあはおそらく、何も馴らしていないはずだ。
(このままでは……薬にやられる……)
抱き上げようとした時――ありあの瞳が開いた。少し潤んだ瞳に見上げられ、グラントの動きが止まった。
ふわっと白い手が、グラントの首に伸びた。
「ありあ!?」
「……」
ぎゅっと首筋に抱きつかれた。甘い香りがする、柔らかい肌。心臓が……止まった。
「……あったか……い……」
「……」
……そのまま、だらん、と手が落ちた。どうやら完全に意識を失った……らしい。
「とにかく、身体を清めないと……」
グラントはありあの身体を抱き上げ、水路の方へと歩いて行った。――胸の高まりを無視したまま。
*********************************************************
「はあ……」
何度目の溜息だろう。暗い通路を戻りながら、グラントは軽く頭を振った。
幸い地下に物置きらしき部屋があり、女性用の衣服を手に入れることができた。早く着せないと、風邪をひくかもしれない──と思ったところで、先程までの出来事が否応なしに頭に浮かんだ。
闇の神の傷は、ほとんど治りかかっていた。よい治療を受けていたらしい、とぼんやり思ったことは覚えている。
薬の影響で、少し熱を帯びた身体は、うっすらと薔薇色に染まっていた。濡らした布で拭くと、冷たさが気持ちいいのか、微笑むように吐息を洩らしていた。
甘い香りの白い柔肌は、手に吸い付いてくるようで……何もせずに拭き終わるのには、多大な自制心を必要とした。
ありあに媚薬は……もはや凶器に近い。この薬の威力を、初めて判った気がした。
着ていた白い服は着れる状態ではなかったため、自分のマントでありあの身体を包んでから、服を探しに地下を探索した。
(一体、何が……)
ありあに事情を確認せねば、と思いつつ、グラントはありあを寝かせた地点目指して早足で歩いていた。
*********************************************************
「……気がついたのか?」
「うきゃあああああああああっ!!!!」
声をかけた途端、ありあの悲鳴が地下水路にこだました。
(これは……)
「どうした? 何かあったのか?」
「……へ?」
「……グラント?」
こちらを向いたありあの顔には……『何も理解できていません』と書いてあった。
グラントが着替えを差し出すと、ようやく事態が呑み込めたのか、真っ赤になって後ずさりをしていた。
(どうやら、正気に戻ったらしい、な……)
若干、残念な気もしたが……、気のせいだろう、きっと。
着替えをしているありあに背を向けて、グラントはこれからの事を考えていた。
――先程までの出来事を、思い出さないように。
*********************************************************
ありあの話を聞いていたグラントは……次第に顔が強張るのを感じていた。
「……アスタリア妃……が……?」
「う……ん。リカルドさんが助けに行くから、それまでって……」
あの状態のありあを……リカルドが?
――リカルドも薬に対する耐性はあるはずだ。だが……あの時のありあは……。
(何をされても、抵抗できないどころか……)
ぐっと拳に力が入った。どう考えても、彼女の意図は明らか、だ。
(何を考えている!? アスタリア妃は)
リカルドを王位につけたがっているのは判っているが……ありあまで?
怒りが込み上げてくる。あいつにありあは……渡さない。
「あの……グラント?」
ありあの不思議そうな声に、グラントは我に返った。
溜息をついた後、ありあに、右手を伸ばした。その手をありあが掴む。手と手が触れ合う感触に……胸の奥が少し痛んだ。今抱き締めると……止まらなくなりそうだったから、手だけ、にした。
この手を……離さない。もう二度と。
目の前のありあを見ながら……そう、思った。




