シルヴェスタ城~地下水路
ぴちゃん……
何か、が滴り落ちるような音が聞こえて来た。
(あれ……?)
ありあはぼんやりとした頭のまま、ゆっくりと目を開けた。なんだか、だるい……。
薄暗い石の天井……こけが生えてる……。
「……って、ここ、どこ?」
水の流れる音。そちらに顔を向けると、水路のようなものが見えた。
(えーっと……私……)
――生首に会って、落とされて、スライムにべとべとにされて……って……
(……あ、れ?)
なんか……すかすか、する……? ありあがゆっくりと身を起こすと……黒い布が、ひらり、と落ちた。
「え……?」
両手を見る。包帯が……ない。しばらくぼーっと両手を見ていたありあは、ないのが両手だけでない、のに気がついた。
(……って、服着てないっ!?)
「えええええええええっ!?」
大慌てで、黒い布を身体に巻きつける。ぎゅっと両腕で身体を抱き締める。し、下着だけっ!? しかも上半身に身につけてるのは――巫女の石とロザリオ……だけっ!?
「な、な、な……っ」
なんで!? どうして!? 何がどうなって!? ありあは口をぱくぱくさせながら、必死に思いだそうとした。
濡れた髪が背中に当って、ちょっと冷たい。……って、待って!?
(濡れてる!?)
髪を触る。べとべとが……ない。
(そ、そう言えば、身体もべとべとしてない!?)
誰かが……
「……気がついたのか?」
「うきゃあああああああああっ!!!!」
後ろからの声、に、ありあは思わず大声で叫んで、身体を丸めた。やや驚いたような声が、続けて聞こえた。
「どうした? 何かあったのか?」
「……へ?」
ありあがゆっくりと振り返ると……すっと跪いてこちらを見ている銀色の瞳、があった。
「……グラント?」
ほけっとしているありあに、グラントが右手を伸ばし、額に手のひらを当てた。
「……もう熱は冷めたようだが」
「……あの、えーっと……?」
ついていけていないありあの目の前に、グラントが畳んだ布の塊、を差し出した。
「……これに着換えろ。来ていた服は、ラニファルの粘液まみれになっていたから、処分した」
「……え」
呆然と服を受け取ったありあが……グラントの言葉を理解するのに、数秒かかった。
「え」
「え」
「ええええええええええええええええええっ!?」
真っ赤になってずさささっと後ずさったありあを見て、グラントの右眉が上がった。
「……風邪を引くとまずい。先に着換えろ。話なら後で聞くから」
立ち上がり、くるりと後ろを向いたグラントの背中を呆然と見ていたありあだったが、慌ててもぞもぞと着換え始めた。
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「も、もう着替え終わった……よ?」
俯きながら、ありあがそう告げると、グラントが振り返り、またありあの近くに跪いた。
濃いモスグリーンのワンピースに、白いエプロン。
「……また、侍女?の格好……?」
「……使用人の部屋から拝借してきたからな……我慢しろ」
ほら、とグラントがウェストポーチを差し出した。ありあは受け取って、また腰に巻きつけた。
懐中電灯は点いたまま、床に転がっていた。グラントが腰をおろし、胡坐をかいた。
「……それで? 何故お前が地下でラニファルまみれになっていた?」
「あ、あの……」
ありあの頭の中は、もうぐちゃぐちゃになっていた。
「リ、リチャード公の生首が浮かんでて、床が抜けて、スライムが、カプサイシンで……っ」
(ううう……グラントの目が……点になってる……)
自分でも何を言ってるんだか、よくわからない。どうやら手当て?してくれたのが、グラントらしい、という事実が、ありあの心にずしん、と圧し掛かっていた。
(だっだっだって……あのどろどろ、洗ってくれ……た……んだよねっ……!?)
あたおたしているありあを見たグラントが、はあ、と溜息を一つついた。
「……白の影……巫女の塔の魔道士に、シルヴェスタ城まで転移してもらった」
「え……」
どうやら、ありあがあまりに取り乱しているので、自分側の事情を先に説明しようと思ったらしい。グラントの口調は冷静だった。
「……魔道士自身が転移するのは簡単だが、他の人間を転移させるには力が足りない、と言って……」
――馬で向かうには時間がかかる。魔方陣のように移動できないのか。
呼び出した白の影にグラントは尋ねた。
『……我ら自身は転移できるが……他人と共に、しかも魔力を持たない人間を転移させるには、力がいる』
『力……?』
『……ある地点、まで行けば、可能になるかもしれない』
この地上には、水脈のように、魔力の流れ、が存在する。そのところどころに、魔力の集まるポイントがあり、その場所で、力の流れに沿えば、ある程度の距離ならば転移できるだろう、と白の影は言った。
「馬で、白の影が指定した場所まで移動し……そこから俺一人、シルヴェスタ城の近くまで、白の影と共に転移してきた」
「……」
「白の影は今、この城の結界を解除するべく動いてもらっている。城の周りに、結界を構成する何か、があると言っていた」
「……」
「シルヴェスタ城の見取り図は頭に入っている。地下水路から侵入して、地上に上がろうとしていたら……」
「……」
――暗闇に差す光、が見えた。近寄ると……べたべたの姿で横たわる、ありあの姿。
「叩いても起きなかったからな……あの、ラニファルの粘液は、その……麻薬効果がある。触れたままだと危険だった」
「……う……」
「……包帯を巻いていたことが幸いしたな。直接肌に触れた量はそれほどでもなかった」
――で、包帯を外して、服を脱がせて、身体を洗った――、と言う事ですかっ!?
「おそらく、薬の材料とするために飼われていたんだろうが……」
「ううううう……」
ありあは撃沈し、両手で顔を覆った。仕方なかった、というのは理解できる。理解できるんだけどっ……!!
(つ、ついて行けない……っ!!)
俯いたままのありあの頭を、ぽんぽんと大きな手が軽く叩いた。
「……お前が小さい頃も風呂に入れてやったりしたから。それと同じだと思っておけ」
「…………う……ん」
「……それで? お前は何故ここに?」
こちらの事情を話さないといけない。ありあはしぶしぶ顔を上げて、グラントを見た。
「その……」
――話が進むにつれて……グラントの顔から表情が消えていった。
「……アスタリア妃……が……?」
「う……ん。リカルドさんが助けに行くから、それまでって……」
「……」
「あの……グラント?」
真っ黒いオーラが出てる気がするのは……なぜ??
はあ、とまたグラントが溜息をつき、ゆっくりと立ち上がった。グラントに右手を伸ばされたありあは、その手を掴んで自分も立ち上がった。
ありあは手を離し、少し屈んで懐中電灯を手に取った。グラントも黒のマントを拾い上げて羽織り、じっとありあを見つめていた。
「……とにかく、ここから出ないといけない。お前は……」
「……私、リチャード公と話がしたいの」
グラントの瞳が大きくなった。ありあは……真っ直ぐに銀の瞳を見た。
「どうしても、聞きたい事があるの。その……とうさま、の事で」




