シルヴェスタ城~王の間・地下の間
どくんどくんと脈打つ自分の心臓の音だけが、やたらと耳に響いていた。目の前には……どう見ても、生首、が浮かんでいる。何度見ても身体が……ない。
(す、3Dとかお化け屋敷とかじゃ、ないよね!?)
立ちすくむありあの傍を、すっとアスタリア妃が通り過ぎ、片手を生首に向かって差し伸べた。
「ねえ、殿下? 巫女姫様が会いに来て下さったのよ? 起きて下さいな」
ゆっくりと閉じられていた瞳が開き――ありあの方を見た。
(ひぃぃぃっ!!)
思わず悲鳴が出そうになり、身体が……びくん、と震えた。
『……』
口元が……ゆっくりと動いた。ありあは、硬直したまま……目を見張った。
(……あ……)
――助けて、くれ
身体の震えが止まった。確かに……そう言っていた。
「まあ、殿下ったら……巫女姫様がお気に召されたのね」
微笑みながら、リチャード公に話しかけるアスタリア妃……ありあには、生首よりも彼女の方が、怖ろしく見えた。
(で、でも、現代医学では無理でも、魔法とか使えば、こういう治療って普通? なのか……も……)
セレスタインは魔法と医術に長けているって、リカルドも言っていた。もしかしたら、こういう事も、この世界ではよくある事なのかもしれない。ありあは半ば無理矢理?とも思えるこじつけで、納得しようとした。
もう一度、リチャード公の方を見る。口元は動いていない。ありあを見る瞳にも――意志がないように、見えた。
(……さっき……助けてって……)
自分にはそう言ったように読めたけど。アスタリア妃は、そんな風には感じていないように、微笑みながら話を続けていた。
(……聞きたい事が、あるんだけれど……どうやって聞けばいいんだろう……)
会いたかったリチャード公の居場所は判ったが……この状態でどうやって? ありあは暫く考え込んだ。
「……巫女姫様?」
「うわわわ、はいっ!?」
いつの間にか、話し掛けられていたらしい。ありあは慌ててアスタリア妃の方を向いた。
「ふふ……、ねえ、巫女姫様? 殿下ともお話してたのですけれど」
「は……あ……」
お話しって……一方的にアスタリア様が語りかけていたような気が……。
「もう、お身体の調子もよろしいようですし……リカルドとすぐにでも、婚姻の儀を上げていただきませんと」
「は!?、い!?」
ありあの目が点、になった。アスタリア妃は……微笑みを崩さず、続けて言った。
「殿下に一刻も早く、孫の顔をお見せしたいんですの……ねえ、殿下?」
『……』
「ふふ……殿下ったら、お気が早い……」
「……」
か、会話が成立している!?
(よ、よくわからない世界が……展開されてる……)
「正式な儀は後にしても構いませんから……今日からでも、リカルドの妃として過ごしていただければ」
「あ、あの……っ」
焦った様子のありあを見て、アスタリア妃の青い瞳がきらり、と光った。
「……巫女姫様は世俗の事を御存じありませんから……戸惑われてるとは思いますけれど。リカルドは優しい子ですわ? 全てあの子にお任せいただければ……」
「……で、でも……」
リカルドは優しい……ところもあるが、底知れないところもある。というより、問題はそこではない。
(い、一応、グランディアの王妃……なんだし……もう)
――自分の隣に立つ人物は、リカルドではない。確かに似ているけれど。
(でも……多分、思い込まれているのよね……リカルドさんがグランディアの王様だって)
どう言えば、わかってもらえるだろう。ありあが悩んでいると……笑い声が部屋に響いた。
「恥ずかしがらずともよろしいのに……控えめな方ですのね、巫女姫様は」
「……え……」
「……では、少し後押しして差し上げますわ」
ふっとアスタリア妃が右手を上げた。
「!?」
ふわっと風がありあを包んだ。ありあの足元の――床が、消えた。
「きゃあああああああっ!!」
真っ暗な穴の中に、ありあの身体は落ちていった。
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ぶわん……っ
「きゃあっ!!」
何かぶよんとしたものの上に、勢いよく落ちた。ぼよん、と一度身体が弾む。痛く……はない。
『すぐにリカルドが助けに参りますわ……それまで、その子たちと仲良くしていて下さいませ』
アスタリア妃の声が上から響いてきて……気配が消えた。
「ここ……?」
ありあは身体を起こして、歩こうとしたが……ぶよんぶよんとした床に、足元を取られて、またこけてしまった。這うように進み、ようやく硬い床に辿り着いた。
(えっと……)
暗くてよく見えない。ありあは立ち上がりながらウェストポーチを探り、懐中電灯を取りだした。
懐中電灯をつける。……ありあの目が、大きく見開かれた。
「き……」
石の壁に囲まれた、狭い部屋。ぶよんぶよんの……大きなゼリー状の、緑色の物体が暗闇の中、ゆっくりと動いていた。懐中電灯の光に、うにんと蠢いて……ぎょろりとした目を一斉にありあに向けた。
「きゃああああああっ!!」
――ありあの悲鳴が、暗い石壁にこだました。
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「な、な、なに、これっ!!」
どう見ても、動くゼリーだ。でも生きてるっぽい。目、あるし。
「も、もしかして……スライムっ!?」
ス、スライムって……いろんなもの、溶かすんじゃなかったっけ!? ありあは身動きできなかった。
うにんうにん……一匹が身体をうにーんと伸ばし、ありあの足首に巻き付いてきた。
「きゃ……っ!!」
べたりとした感触。ぬめぬめと肌を這うゼリー。
「い、いやあっ!!」
ぶわっと風を受けた凧のように、スライムが立ち上がり?、透明な粘液をありあ目がけて吹き出した。
「きゃあっ!!」
頭から、べたり、とした粘液が滴り落ちた。体にべっとりとかかる、いやな感触。服も包帯もべとべとだ。
(き、気持ち悪いっ!!)
胸につくような、甘ったるい香りがする。くらくらと目まいがした。
(そうだっ……っ!!)
ありあは、更にうにうにと自分に寄ってくるスライムに向かって、ウェストポーチから出したスプレーを思いきり噴射した。
――フギャアアァァァァァl!!
ぷしゅー……と湯気が抜けるような、音がした。スライムが体を縮めて、床にぺしゃんこになった。
「嘘!? 効いた!?」
――痴漢撃退用のとうがらし入りスプレー。どうやらカプサイシンはスライムにも有効らしい。他のスライム達も、ツンとくる匂いを嫌がる様に、ありあから離れ始めた。
「今のうちに……っ」
ありあはスプレーをポーチに仕舞いながら、素早く辺りを見回した。
(あ、あれ……!)
縮こまったスライムの向こうに、小さな扉を見つけた。ありあはスライムを踏まないように、ぴょんぴょん跨いで、扉に近づいた。
扉に手をかけると……そのまま向こうに開いた。
「鍵、かかってない!」
ありあはそのまま、勢いよくスライムの部屋を出た。
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「は……あ……」
ありあは、懐中電灯で照らしながら、薄暗い通路を進んでいた。石造りの床に壁。じめじめした空気。おそらく地下……
(な……に……)
心臓が、全力疾走したみたいに、どくどく音を立てていた。頬も心なしか熱い気がする。身体に纏わりつく、甘い香り……。
(ちから……が……)
足元がふらつく。ありあは壁にもたれかかった。
(うう……身体、洗いたい……のに)
地下なら、地下水路とか井戸があるはず。探せば……。
「あ……れ……?」
懐中電灯が手から滑り落ち、からん……と音を立てた。膝が……床につく。
はあ……と吐息をついたありあの身体は、そのままずるずると床にうつ伏せに倒れていった。頭が……ぼうっと……す……。
(床……冷たくて、気持ち……いい……)
火照った頬を床に当てたまま、ありあは意識を失った。
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「……っ!」
ぺしぺしと頬を叩かれている感覚。身体が揺さぶられている……。
「……ろ!」
うっすらと目を開ける。綺麗な金髪……
ありあは手を伸ばし、ふわっと何か、に抱きついた。甘い匂いが身体に纏わりついたまま、だった。
「……あったか……い……」
そのまま、ありあの意識は、甘い甘い香りの中に埋没していった……。




