グランディア城~光の巫女の真実
「……もう限界に近いところまで、来ていました」
サニリアの声は、あくまで冷静だった。
「光の巫女の力は、代を重ねるごとに弱くなっており……反対に闇の力は、次第にその勢力を伸ばしておりました。人とは……いとも容易く闇に染まってしまう存在ですから」
「このままでは、この世は闇に覆われてしまう……巫女の力を引く者たちが集まり、様々な検討をいたしました。けれど……有効な手立ては見つかりませんでした」
「……そんな時、非常に強い巫女の力を持つ双子が誕生したのです。御二方とも、巫女としてふさわしい力の持ち主。同じ代に、同じような力の持ち主が生を受ける事は非常に稀な事」
「……誰かが、言い始めました。もう一度、『光の巫女の降臨』が叶うかもしれない、と」
「初代光の巫女は……人の娘と光の神が契りをかわす『神降し』の儀式にて産まれました。神の子を宿せる力のある娘は、そうそうおりませぬ。何度となく『神降し』は試されましたが……全て失敗に終わっておりました」
「今までは、光の巫女が御一人しかいなかったため……巫女ご本人が『神降し』を受ける事はありませんでした。そんな事をして失敗すれば、巫女を失ってしまうからです」
「ですが……今回は……」
「……二人いたから、か」
グラントが口を挟んだ。銀色の瞳には……ぎらぎらとした光が宿っていた。
「お母様……叔母様……」
サーリャの声がかすれていた。
「……御察しの通りです。もし……『神降し』に失敗し、その巫女が力を失ったとしても……もう一人、巫女がいれば『光の巫女』が絶える事はない。この機をおいて、他に機会はない、と」
サニリアの瞳は揺るがなかった。
「当時……カテーリア様はすでにご結婚されており、次代の巫女姫であるサーリャ様をご懐妊されておりました。『神降し』は……ファーニア様が担うこととなりました」
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『ねえ……愛する人の子どもを宿すって、どんな感じなの? カテーリア』
『……どうしたの? ファーニア……』
寂しげに、ファーニアが、笑った。
『あなたの娘は……幸せね。両親に愛されて命を授かったのだから』
『まさか……ファーニア、あの話を……っ!!』
ゆっくりとファーニアが頷いた。
『万が一、私に何かあっても……あなたとあなたの娘、がいる。こんな機会は……もうないかも、しれないから』
カテーリアの両手が、ファーニアの二の腕を掴んだ。
『何言ってるの!? あなたはどうなるの!? 一度しか成功していない「禁呪」なのよっ!?』
『これ以上……闇の勢力を大きくするわけにはいかないわ。でも、「光の巫女」の力は、年々衰えている。私たちが産まれたのだって、奇跡だって言われたでしょう?』
『ファーニア……っ!!』
小さく微笑むその姿は……伝説に謳われた、初代光の巫女、のようだった。
『大丈夫……例え、「神の子」だとしても、私の子には変わりはない、でしょう?』
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「……義母上……」
そう、呟いたグラントの顔は蒼白だった。
「……儀式は失敗に終わった、と皆が思いました。ファーニア様は巫女としての力を失い……ご懐妊の兆しは見られなかったからです」
「……それは、ファーニア様が、そう見せかけていたからよ」
「サーリャ!?」
サーリャの瞳には……涙が溜まっていたが、それでも彼女は震える声で先を続けた。
「……母から聞いたわ。ファーニア様は、『この子が幸せになる事を諦めたくない』って言っていた、と」
サニリアを見る黒い瞳には、強い意志が込められていた。
「例え『神の子』だとしても、私の子には変わりはないって」
サニリアは溜息をついた。
「ファーニア様は全てご納得の上、儀式を受けられたはず……ですが、何か、がファーニア様のお気持ちを変えたのでしょう」
グラントは拳を握りしめた。
(義母上……!)
あの時――アーリャが産まれた時、あなたが俺にああ言ったのは……
『……グラント。アーリャを……頼むわね』
『義母上?』
ベッドの上で、小さな赤ん坊を抱きながら、義母上は俺を見上げた。
『……あなたには、本当の事を話しておくわ。この事があなたの枷になってはならないから』
そう言って、自分を見つめた黒い瞳は……とても綺麗だった。
『この子は……アーリャは……陛下の御子、ではないの』
『義母上!?』
『……陛下もご存じよ。全て知った上で……私たち二人を受け入れて下さったの。陛下には本当に感謝しているわ……』
ふっと視線を小さな命に移す。すやすやと眠る、薔薇色の頬の、俺の妹。
『この子を……妹としてかわいがってあげてね……』
『……はい』
『でもね……』
ふふっといたずらっぽく、義母上が笑った。
『あなたがこの子を、妹だと思えなくなったら、それでもいいのよ?』
『え……?』
『この子が……あなたにとって、大切な人になったなら』
『どうか……傍にいて護ってあげて』
幼い俺は、そうすると義母上に約束した。その時はまだ――その言葉の本当の意味も、重みも、全くわかっていなかったのだが。
「……光の神の子、であるアーリャ様は……いずれ、人ではなくなる可能性がございます」
サニリアの言葉に、グラントは目を見張った。
「人でなくなる……だと?」
サニリアは黙ったまま、頷いた。
「人の身体に神の力、が宿っているのです。強い力は、身体にとって負担となります。均衡が崩れれば……人としてこの世界に存在することすら、できなくなるでしょう」
「それは……初代光の巫女、のことを言ってるの? サニリア」
「……はい、サーリャ様」
サニリアがサーリャを見た。
「初代光の巫女は……光の力を使い、闇を封じました。しかし、光の力を使いすぎたため、神に近しくなっておしまいになり……最後は光と共に、身体が消え失せた、と伝えられています」
「……」
「アーリャ様は……力は強くても、それを制御する事ができておられません。いつ何時、力が暴走するかもわかりません。放置すれば、身体に負担がかかり……人ではなく、神へと近づいていくでしょう」
「……」
「神になる……ということは、強大な力を得るのと引き換えに、人としての感情や感覚、全てを失う、ということです。残るのは……この世全てに対する慈愛のみ」
「……」
「巫女の塔であれば、少なくとも力の暴走は起きません。神化を防ぐこともできましょう」
「……」
「……もう一度、御伺いいたします。全てを知った上で、アーリャ様を……」
「……ありあの居場所は俺の傍だ。何があろうと」
グラントは決意を込めた瞳で、サニリアを見据えた。
「神にもさせない。光の巫女にもだ。ありあは……ありあのまま、でいさせる」
沈黙が辺りを支配した。やがて……サニリアが、ふうと溜息をついた。
「……あなたなら、そう言うだろうと見越して、アーリャ様をお任せになったのですね……ファーニア様は……」
サニリアは首を軽く横に振り、グラントを見上げた。
「……あなたのお考えはよく判りました、グラント陛下。この件に関しましては、改めてお話させて頂きます。今は、アーリャ様の為に、協力を惜しみません。白の影を御同行下さいませ」
「……わかった。力を借りる」
扉を叩く音がした。ゆっくりと扉が開き、ヴェルナー伯爵が入って来た。
「……陛下。赤の離宮の魔方陣は、向こう側から閉ざされているようです。今は使えぬ、と」
「……物理的に移動するしかない、ということか。シルヴェスタまでは……駿馬で二日……」
「すぐにご用意いたします」
グラントはシャルロッテを見下ろした。
「……心配しなくてもよい。お前はありあの恩人だ。ここで静養していてくれ」
シャルロッテは、静かに頷いた。グラントはサーリャの方を向いた。
「サーリャ。シャルロッテを頼む。力になってやってくれ」
「……わかったわ」
サーリャの瞳にも……決意が見えた。
グラントは踵を返し、ヴェルナー伯爵と共に足早に部屋から出ていった。




