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グランディア城~独白

 いつか、お前にも使える時がくるかもしれない。


――そう言って光の呪文を教えてくれた祖母は、かつて『光の巫女』だった。


**********************************************************************


「……シャルロッテ! 気がついたのか!?」

 聞き覚えのある声。シャルロッテはゆっくりと目を開けた。そこにいたのは……

「……陛下……」

 グラントの瞳に、安堵の色が差した。

「……良かった。聖水の力で瘴気の毒は消えたが……著しく身体が弱っている、との見立てだった」

 シャルロッテはそっと周りを見回した。ベッドのすぐ傍に、グラントが座っていた。その周りに数名が立っている。

「……王妃様は……」

 グラントの表情が硬くなった。

「……闇の空間に取り込まれた。気配を探しているが、まだ……」

「……そう、ですか……」 

 シャルロッテは改めて自分を覗き込む顔を見た。ヴェルナー伯爵、王妃によく似た黒い瞳の少女、そして――

「……巫女の塔の……巫女守……?」

 サニリアが静かに頭を下げた。

「聖水で消えたとはいえ、瘴気の毒の影響で、しばらくは起き上がれないでしょう。静養が必要です」

「……」

 シャルロッテは、黙ったままサニリアを見つめた。


「シャルロッテ……お前、何故……」

 グラントの声に、シャルロッテは視線を戻した。

「……陛下……私は……」

 シャルロッテの瞳が、どこか遠くなった。


「……王妃様が……憎くて憎くて、仕方ありませんでした……」


 グラントの表情は一層硬くなったが、何も言わず、シャルロッテの言葉を聞いていた。

「……私の祖母は、光の巫女でした。その力で闇を切り裂き……人々のために、その身を捧げていたのです」

「……」

「……ところが……あの闇の神と対峙した時、力を全て使い果たしてしまい……巫女の塔から追放されました」

「……追放された巫女の行く末など、惨めなものですわ。祖母は地方貴族の側室となりましたが……戦禍に巻き込まれ、母と共に家を捨てねばなりませんでした」

「……」

「母も祖母と似たような境遇になり……私が幼い頃は三人で国中を転々する生活を強いられましたわ……」

「……」

「祖母と母亡き後は……私も地方貴族の側室となりました。その時……初めて子を身籠ったのです」

「……」

「正妻の間に子がいなかった旦那様は大喜びで……私たちを大切にすると言って下さいました」

 シャルロッテの瞳が、一瞬辛そうに瞬いた。

「でも……嫉妬に狂った正妻が差し向けた男共に襲われて……結局、子どもは流れてしまいました。あれほど大事にすると言った旦那様も、手のひらを返したように……」

『訳のわからぬ男に汚された女など、もういらぬわ』

 シャルロッテの手が、上掛けを握り締めた。

「……その時、誓いましたの。正妻という存在に、復讐してやる、と」

「……」

「それからは……貴族の間を渡り歩き……陛下に拾われて、赤の離宮の主となった、ようやく定住の地を手に入れた、と思っておりましたのに……」 

 サーリャの表情も硬かった。

「……よりによって、光の巫女が正妃として降嫁してくると……しかも、力を失っている、というではありませんか……」

 シャルロッテの瞳の色が、少し変わった。

「……私の祖母は追放され、放置されたというのに……同じ力を失った巫女であるにも関わらず、大国グランディアの王妃、の座を手に入れ……しかも、陛下の寵愛まで受けていらっしゃる……」

「……シャルロッテ……」

「……全てが憎かった。祖母の力を奪った闇の神も、追放した巫女の塔も。そして……全てを手に入れている王妃様も」

「……ですから、今回の件で王妃様を利用する事にも、何の罪悪感もございませんでしたわ。いい気味だ、とさえ、思っておりました……のに……」

「……」

 シャルロッテの瞳が……揺れた。

「王妃様は……あまりに、お馬鹿さんでした。私が何度となく毒のある言葉を吹き込んでも……少しも理解して下さいませんでしたし」

 ふふっと自嘲するような笑みが、シャルロッテの口元に浮かんだ。

「差し入れられた食事を猫に食べさせても……丸々太って毛艶が良くなるばかり……」

「やはり……あの猫は、毒見、か」

 シャルロッテは僅かに頷いた。

「今の子は三代目ですわ。王妃様がいらっしゃる前は……そのような食事もありましたのに」

「……ありあはそんな事はしない」

「……そうですわね。あの王妃様ですから」 

 どこか諦めにも似た表情が、シャルロッテの顔に浮かんだ。

「……この子を害するような事を、王妃様が一度でもされたなら、闇の神と道連れになっていただくつもりでした。ですけれど……」

 シャルロッテの右手が、上掛けの上から、お腹のあたりを押さえた。

「この子への手編みのケープを頂いた時に悟りましたの……ああ、王妃様には敵わない、と」

 シャルロッテはグラントを見て、微笑んだ。

「陛下……陛下が私を赤の離宮にお連れになったのは……私の髪と瞳の色が、王妃様と同じ、だったからですわね?」

「……ああ」

 グラントは頭を下げた。

「済まない……シャルロッテ」

「いいえ」

 シャルロッテの口調は、どこか愉しげだった。

「最初から……陛下の御心には、王妃様しか、おられなかったのですから」

「本当に、敵いませんわ……憎み続けるには……お馬鹿さん過ぎて……あの方は……」


 部屋の中に……暫く沈黙が降りた。


「……あの術式……」

 沈黙を破って、サーリャが言った。

「……アーリャの力を限界まで抜いていたのは、彼女の心を護るためでしょう? 闇の神に直接触れられたなら、おぞましさと恐怖で発狂してしまうわ。でも、アーリャは『何も感じない状態』だったからこそ、闇の神に耐える事ができた……」

 シャルロッテはサーリャをちらと見た。

「……王妃様の力をできるだけ魔方陣に集める必要がありましたから。他意はございませんわ」 

 シャルロッテがグラントの瞳を真っ直ぐに見た。

「……私、陛下に謝らなければなりませんの」

「……」

「嘘を……ついておりました。この子は陛下の御子、ではございません」

「……リカルドの子、だろう」

 シャルロッテの瞳が丸くなった。

「リカルドがお前を見る目つき……それに、お前たちを見た、とありあが言っていた」

 ありあが来てから、シャルロッテと口付けなどしていない。考えられるのは……自分だ、とありあが錯覚するような人物とシャルロッテが一緒にいた、ということだ。

(そんな人物は……一人しか、いない)

「……シャルロッテ」

 グラントが口を開いた。

「リカルドと一緒になりたかったのなら……そう言えば、何時でも……」 

 シャルロッテはゆっくりと首を横に振った。

「あの方には……そんなおつもりは、ありませんでしたわ……」

 ヴェルナー伯爵がはっとしたように言った。

「まさか……そのまま、陛下の御子のふりをしろ、と……?」

「……」

 シャルロッテは何も言わなかった。

「……リカルドの子、なら俺の子、でも通じるな」

 独り言のように、グラントが呟いた。

「まだ……王位に固執していらっしゃる、のですか……」 

 ヴェルナー伯爵が唸るように言った。

「いや……」

 グラントは首を横に振った。

「……おそらく、それは違う。あいつの……目的、は……」


 また暫くの沈黙の後、グラントがシャルロッテに言った。

「ありあは……あいつ、のところか」

「……おそらくは。離宮の結界が崩れた隙に、王妃様を引き寄せたのでしょう」

 グラントは立ち上がり、ヴェルナー伯爵に言った。

「……シルヴェスタ領に行く。用意を」

「ははっ」

 ヴェルナー伯爵が一礼し、部屋から出ていった。

 グラントは、サニリアの方を向いた。

「……シャルロッテを助けてくれた事に関しては、礼を言う」

 サニリアの口元が少し上がった。

「……記憶を消した事については許していない、と言う事ですわね」

 サニリアの口調はあくまで冷静だった。

「……巫女の塔には光の巫女、が必要です。巫女があの塔にいることで、光の結界が成立します。でなければ……闇の眷属が力をつけ、この世に闇が溢れる事になります」

 グラントの右手が硬く握られた。

「……そのために、ありあを……」

「……言い訳はいたしません。現時点で、光の巫女の第一候補ですから、あの御方は」

 グラントの右眉が上がった。

「第一候補……だと?」

「……ええ」

 サニリアがゆっくりと頷いた。

「私がここに来た理由――それは、白き影から報告があったから、です」

 サニリアの黒い瞳が、グラントの銀の瞳を貫いた。

「……光の巫女となり得る御方が、他にも現れた、と」

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