赤の離宮~戒めの光糸
身体が……動かない。グラント……が……あぶな……
大きく見開いたありあの目に、闇の神が黒き刃をグラントに振り下ろすのが見えた。
「い、や……っ……!」
ありあは思わず手を伸ばそうとした。
ズシャッ!!
――何かに突き刺さったような、嫌な音が響いた。
暫しの沈黙が暗闇を支配した。その後……
『ぎゃあああああああっ!!』
この世のモノとも思えぬ叫び声、が上がった。闇の神の額に、銀の刃が突き刺さっていた。黒き刃は、グラントの左腕で受け止められていた。闇の刃が当たった部分から小手が割れた。……その下にあったのは、緑色の編み物。編み物に触れた刃先が、霧のように細かく砕け散った。
「陛下、下がって!!」
グラントは咄嗟にその声に従い、横へと飛んで転がった。
「……光の魔方陣よ、戒めの光糸となり、闇を捉えよ!!」
ありあを囲んでいた魔方陣が、声と共に空中に浮かんだ。そのままほどけて輝く糸となり、闇の神の身体に一気に巻き付いた。
「あ……」
ありあは呆然と闇の神を見た。この……光は……。
『……こ、れは……っ!!』
闇の神の瞳が歪んだ。今や黒き瘴気ごと、銀光の糸に全身を絡めとられ、身動きできない状態となっていた。
『裏切ったのか、貴様……っ!!』
「……裏切る?」
ふふっと笑う、妖艶な声。
「事が終われば私を始末するおつもりだったでしょうに。私は、より生き延びる可能性が高い方を選択しているだけですわ」
『ギギ……ッ……』
闇の神の身体が……歪み始めた。糸が次第に締め付けをきつくしているかのように。
「……前回は、完全に封印できませんでした。ですが……」
シャルロッテの微笑みは……見る者の心を凍らせるような、凄まじさを含んでいた。
「……私の祖母がつけたその傷と……最強の巫女姫である王妃様の力を移した魔方陣。今度こそ……深淵の闇へとお還り下さいませ」
シャルロッテが詠唱を始めた。それに応じるように、光の糸が輝きを増す。
『……ギギギヤアアアア……』
断末魔の叫びが歪んだ口から洩れる。黒ずんだ赤い瞳が……一瞬燃えた。
『……巫女よ……我と共に来い』
動けないありあに向かって――黒い瘴気の槍が放たれた。
「ありあっ!!」
グラントが駆け寄ろうとしたその時――空間がぐらり、と揺れた。
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何が起こったのか、ありあにはよくわからなかった。全てがゆっくりと……まるで駒送りのように見えた。
自分めがけて迫って来た黒い槍……ただその場でいることしかできなかったありあの、目の前が真っ赤に染まった。
「あ……」
身体の痺れが取れていく。全身の痛みと共に……身体が自由を取り戻していった。
ありあの目の前で、ゆっくりと赤い布が舞った。
――布を貫く、黒き槍。ふうわりと揺れる、黒い髪。
音もなく……シャルロッテの身体が崩れ落ちた。
『……ギャアアアアアアア……』
闇の神の声が小さくなった。光の糸が瘴気を完全に覆い、蹴鞠のような玉となった。そして……ぐにゃりと歪んだ空間へと消えた。
「シャル……ロッテ、さ……」
動かなくなったシャルロッテはまるで、彫刻のようだった。胸に……瘴気の傷。
(私を……かばって……?)
「ありあ! シャルロッテ!」
グラントは二人の元に向かったが、歪む空間が行く手を阻んだ。
「グラント! シャルロッテさんが……っ!!」
シャルロッテに気を取られていたありあの腕を……何か、が掴んだ。
「きゃ……!!」
ありあの身体が浮いた。
「ありあ!?」
グラントは手を伸ばしたが……それよりも早く、ありあの身体は歪む空間に引き込まれていった。
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「ありあ!」
自分の目の前で、ありあの姿が空間に飲み込まれるように……消えた。
ふっと明るさが戻る。グラントは、自分が赤の離宮の部屋、に立っている事に気がついた。
(ありあ……!!)
グラントはぎり、と唇を噛んだが、倒れているシャルロッテに駆け寄り、跪いて彼女を抱き起した。
「シャルロッテ、しっかりしろ!」
「……へ、いか……」
消え去りそうな声。胸の傷から……黒い瘴気が立ち昇っていた。
「……陛下っ!! ご無事ですかっ!!」
グラントは部屋に踏み込んできたヴェルナー伯爵に叫んだ。
「すぐにシャルロッテを城に運ぶ! お前たちは辺りを警護しろっ!」
「侍従医に連絡を!」
ヴェルナー伯爵の声に兵士達が動き出す。
「グラント王!」
サーリャが飛び込んできた。グラントの腕の中のシャルロッテを見て、サーリャの顔が蒼白になった。
「ありあは!?」
「……わからん。空間に飲み込まれた。詳細がわかるのは、シャルロッテだけだ」
サーリャは屈みこみ、傷口に手をかざした。うっすらと金色に光る手が、黒い瘴気を散らしていく。サーリャの顔に焦りが浮かんだ。
「……私の力じゃ、助けられるかどうか……っ。せめて、ここに……」
「――聖水ならございますが」
グラント、ヴェルナー伯爵、サーリャの三人共が、はっと声の方を見た。白いマントを着た、黒い髪の女性が、兵士達を分けて歩いて来る。
「……サニリア!? どうしてここに!?」
サーリャの声にも、サニリアは表情を変えずに言葉を継いだ。
「それは後でご説明いたします。まずはこの御方をお助けしなければ」
サニリアはマントの下から、青い小瓶を取り出して、サーリャに手渡した。サーリャは頷くと、聖水を自分の右手に垂らし、そのままシャルロッテの傷口を塞いだ。
そして……光の呪文を詠唱し始めた。




