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赤の離宮〜闇の神

『……お前が光の巫女、か』

 暗闇の中、真っ赤に光る瞳が、ぎょろり、と身じろぎ一つしないありあを見下ろした。

一口でありあを飲み込める程の大きな口から、生温かい息が漏れた。

 長く蛇のようにうねる舌が伸び、ありあの首筋をゆっくりと舐めあげる。ざらり、とした、おぞましい感覚。なのに……。

(な……に……)

 何も感じない。嫌悪感も恐怖も……まるで、全身の神経が麻痺してしまったかのようだった。

頭の中に靄がかかって、何も……考えられない……。

 銀色に光る牙の先が、ありあの首筋に喰い込んだ。ありあの身体が、僅かに震える。傷口から、赤く細い筋が流れた。血をじゅるり、と舐めとった闇の神の目が、満足げに瞬いた。

『……よい味だ。このように、力の満ちた血は久々よ』

「……」

 闇の神の牙や舌が、ありあの身体をゆるりと弄んだ。ありあは……ただ、じっと、されるがままになっていた。


**********************************************************************


「ぎゃあああっ……!!」

 魔道士の悲鳴が薔薇園に響いた。何人倒したのかも判らない。しかし……

(……まだ、いるのか……っ)

 グラントの瞳に、苛立ちが映った。おそらくこやつらは時間稼ぎ、に過ぎない。

(この……気配……)

 圧倒的な闇の気配。それが離宮の中から感じられる。時間が――ない。

(ありあ……!!)

 グラントは薔薇の茂みから、離宮の入り口目指して全力で駆け出した。入り口の前に、黒い影が現れる。

「邪魔するなっ!!」  

 グラントは走りながら剣を構えた。


**********************************************************************


『……この娘、何も感じておらぬのか』

 無表情なありあを見て、赤い瞳が、訝しげに細められた。

「……ぎりぎりまで、力を抜いております。今の王妃は人形と同じ。何も感じず……何も考えられないのです」

『……つまらぬな。恐怖に歪む顔を楽しみにしておったのに……』

 シャルロッテは、全身傷だらけのありあを見下ろした。牙に噛まれた傷、舌が絡まった時の、赤いアザ……。白い肌が、粘液が混じった血に染まっていた。

ありあの瞳は--何も映してはいなかった。

「……お楽しみいただけたようですわね」

『まあ……よかろう。この身体ならば、我の力に耐えることもできようぞ』 

 赤い瞳に妖しい光が宿った。

『光の巫女よ……そなたに我の子を宿す名誉を授けよう』

 赤い瞳と口が消え、黒い霧が立ち昇ったかと思うと――ゆっくりと人型に集まり始めた。


 シャルロッテは……何か、を詠唱しながら、じっと闇の神を見つめていた。


**********************************************************************


 グラントが剣を振り下ろすよりも早く――黒い影を白い光が貫いた。

「ぐ、ぐああああっ!!」

 黒い影を白い炎が覆い、影を焼いていく。黒い影が地面に倒れ、のたうち回わって断末魔の叫びを上げた。他の黒い影にも、次々と白い光の矢が襲いかかる。

(後ろから!?)

 グラントが立ち止まって振り返ると、ゆらりと揺らめく――白いマントを被った人影が立っていた。

「白の影……か」

 白い影が頷く。

「……何故余に加勢する」

『……我らの目的は、光の巫女の奪還。巫女が闇に染まり、正気を失うのは本意ではない』

「……」

『だが……この離宮には、光の巫女の結界が張られている。我らには手出しできぬ』

「巫女の結界……だと」

『グラント王。剣を……』

 すっと白い手が差し伸べられた。グラントは一瞬目を細めたが、自分の剣を渡した。

 白の影、が何かを詠唱した。剣の刃が……銀色の光を帯びる。

『……これで闇を切れるはず。王、あなたの足元についている銀の粉は……結界を張るための物。身を護ってくれるだろう』

 グラントは足元を見た。きらきらと輝く、銀の粉が靴についていた。

『巫女を……闇から救ってくれ。こやつらは……我らが引き受ける』

 グラントは剣を受け取り、白の影に頷いた。

「元よりそのつもりだ。……後は頼む」

『……承知……』

 白の影はまた揺らめき、姿を消した。グラントは黒い影が消えた入り口に向かって走って行った。 


**********************************************************************

「り、離宮まで辿り着きません!」

 兵士たちが声を上げる。目の前に見えている白い建物。しかし、幾度となく薔薇園に入っても、辿り着かない。

「薔薇の結界……かっ……!!」

 ヴェルナー伯爵が唇を噛んだ。この中に、王も王妃もいるのに……!!

(陛下……っ!!)

「……俺が頼んでみる」

 すっとジェードが前に出て来た。サーリャも付き添っている。

「……頼む」

 ヴェルナー伯爵は、ジェードに場を譲った。


 ジェードは跪き、両手を大地に当て、目を瞑った。

「大地よ……薔薇よ。道を……示してくれ」

 ざああっと風が吹いた。赤い薔薇の花弁が、赤い雪のようにジェードの周りに降り注いだ。サーリャも手を組み、祈りの言葉を捧げていた。


「あれは……!」

 ヴェルナー伯爵は目を見張った。薔薇の茂みが……ある方向に揺れ始めた。薔薇の花弁が……地面に舞い落ちて、赤い絨毯のような道を造り出した。

「……この道を進めば、離宮に辿り着くはずだ」

 ヴェルナー伯爵は、ジェードに一礼し、兵士達に命じた。

「赤の離宮に急げ!魔道士に注意せよ!」

「ははっ!!」

 ヴェルナ―伯爵は、兵士達と共に薔薇園へと突入した。

「……私も行くわ。ジェード、あなたは……」

「ここで、道が閉じないように祈りを捧げる。気をつけろ、サーリャ」

 サーリャは軽く頷くと、薔薇の道の上を走って行った。

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