グランディア城~闇の結界
「……陛下と妃殿下はどうしたっ!?」
「そ、それが……王妃の間にもおられませんっ!」
兵士の報告を聞いたヴェルナー伯爵の表情は硬くなった。王の間を襲った賊を振り切り、王妃の間へと単独で向かった王。
「……ったく、一人で暴走しやがって……!!」
普段なら絶対口にしない言葉が漏れる。周囲の兵士達が一歩引いたのがわかった。
「侵入者のうち、口を利けそうな者を尋問しろ」
「ははっ」
「侍女の様子はどうだ」
「はっ、かなり痛みは酷いようですが、証言する、と申しております」
「……わかった、すぐに……」
「ヴェルナー伯爵っ!!」
目を向けると、青い顔をしたサーリャが夫と共に駆けて来た。部屋着のままだ。
「サーリャ様……」
サーリャは、はあはあ、と息を整えた後、ヴェルナ―伯爵を見上げた。
「アーリャが消えたのね!? 城の結界に気配が感じられないの」
「……陛下も、です」
サーリャが目を見張った。
「……こんな時に……いえ、こんな時だからこそ、かも知れないけれど」
「サーリャ様、何か……」
サーリャの瞳に……金色の光が宿った、とヴェルナー伯爵は思った。
「……この城のすぐ近くで、魔力の場が構成されているわ。大きな……術式が完成されようとしている。でも……これは……闇の波動、じゃない」
「……サーリャ……」
ジェードがサーリャの肩を抱いた。
「……光の巫女、なの。巫女の塔に伝わる……光の魔方陣。これを使えるのは……巫女しかいない」
「巫女!?」
ヴェルナー伯爵が叫んだ。
「し、しかし……光の巫女は、あなたとアーリャ様、そして……」
「……サニリアじゃない、の。サニリアには、この魔法を使う力がない。これは……レヴァンダ皇家直系の者が持つ力」
(……まだ、いたの!? 光の巫女、となるべき人が)
――しかも、その巫女?は、闇に手を貸そうとしている。
サーリャは唇を噛んだ。王妃の間に結界を作ったつもりだったが……アーリャ自ら部屋から出れば、何の意味もない。
「光の力に対しては……私は何もできない。同じ力……だから」
闇の力なら、まだ多少は緩和できたのに。同じ波動の力に対しては……より大きな力、で抑え込む以外にない。
「今の私……には……そんな力は……。結界が張ってあるの……場所が、特定……できない……」
(アーリャ……!!)
「……結界なら……ある。薔薇、だ」
今まで黙っていたジェードが口を開いた。
「「薔薇!?」」
ヴェルナー伯爵とサーリャが同時に言った。
「……この城の薔薇には、魔力がある。おそらくは、先の王妃が造ったという結界を構成した要素、であるせいだろうが」
「……」
「……だが……一箇所、他とは違う力を持つ薔薇が咲いている場所がある。他を寄せ付けない……力……」
「そ、それは、一体……」
ヴェルナー伯爵を、茶色の瞳が真っ直ぐに見た。
「……赤の離宮。あの赤い薔薇は……離宮を護るように咲いている。他の薔薇が、この王城を護るためのものであるのとは違う」
「薔薇の結界!?」
サーリャが叫んだ。
「そ、そう言えば……あの薔薇園……あまり気配を感じ取れない……」
ヴェルナー伯爵が、兵士の方を向いて言った。
「赤の離宮に向かう。この城の警護と二手に分かれろ。魔力を持つ者がいる可能性が固い。守護の護符を身に着けるよう通達せよ」
「ははっ」
兵士達が動く。
「……私も行くわ。多分……闇の眷属もいるから」
「俺も行く」
サーリャは驚いたように夫を見上げた。
「ジェード!? 危険だわ、あなたは……」
ジェードはふっと微笑みを見せた。
「薔薇と大地に頼むのには、俺が適任だろう?」
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薔薇園の東屋にグラントは立っていた。静まり返った薔薇園は、不気味なほどだった。
「――!!」
咄嗟に身を屈める。グラントの頭の高さ、東屋の柱に焼跡ができた。
『――グラント王、か』
頭に直接響いてくるような、ざらざらした声。
『ふん……あやつら、時間稼ぎにもならなかったようだな』
グラントは油断なく辺りを見回した。
(……魔道士か……)
目を瞑る。空気を――気配を、読む。
「――ぎゃっ!!」
一瞬の気の乱れ。そこに向かって投げたナイフ。仕留めた感覚。
グラントは身を屈めながら、東屋から出た。薔薇の茂みに隠れながら、離宮の入り口を目指す。
『――無駄な事を。あの王妃の元には辿り着くことすら、できないであろうに』
「……」
『今頃――闇の神に捧げられている頃だろう……』
「……」
『もう二度と正気には戻るまいよ。闇の神の子を身籠り、無事でいた者はいない』
「……」
『心がいくら壊れようと構わぬわ。そのカラダさえ……』
――命が途切れる、嫌な音が響いた。グラントの剣が、黒の魔道士の心臓を真っ直ぐに貫いていた。
ごぼっ……と魔道士の口から、黒い血が落ちた。胸に刺さる、銀色の光を信じられない、といった目で見ていた。
『き……さま……』
「……しゃべり過ぎだ。お陰で貴様の立ち位置が確認できたがな」
グラントは思いきり剣を抜き、黒い血を祓った。音もなく、魔道士が薔薇園に倒れ込み、黒い霧となって拡散した。
魔力が、動いているのが判る。まだいるのか。
(ありあ……!)
グラントは呼吸を整え、再び黒の魔道士に立ち向かっていった。
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……薄暗い部屋の中。銀色で描かれた魔方陣の中に、ありあはいた。十字架に磔にされた格好のように、床に横たわっていた。
ふらふらと赤の離宮に向かって……いつの間にか、意識も失っていた。
(身体……が、動か……ない)
気がついた時には、すでに身体が動かせない状態だった。今も……
(なにか……が、奪われて……る……)
意識もはっきりしない。目が……霞む。
「……王妃様の力を抜き取っていますの。ですから、身体は動きませんわ」
聞き覚えのある声。ありあはゆっくりと首を声のした方に向けた。
「シャル……ロッテ……さん……?」
緋色のドレス。流れるような黒髪。そして……目を見張るような美貌。暗闇の中、彼女の身体がぼおっと銀色に光っている……気がした。
ふふふっとシャルロッテが笑った。
「王妃様……やはり、王妃様がいらっしゃると、この子も私も……路頭に迷う事になりますの」
「そ……」
そんなこと、ない。そう言おうとしたのに……言葉が、出ない。
「陛下は……ずっと王妃様だけを愛し続けてこられましたから。王妃様を悲しませるような事はなさらないでしょうね。この子が産まれれば、いずれ私どもを追放するおつもりですわ」
何を……
「……私、王妃様と同じ血筋の出自ですの」
「え……?」
同じ……血筋? ありあは目を見開いた。
「……ですから、ある程度は『光の巫女の力』を使う事ができますのよ? あなたを捉えているこの魔方陣は……巫女の塔に古くから伝わるモノ」
シャルロッテさんが……光の巫女? ありあは、シャルロッテの黒髪と黒い瞳を見た。あの……色……は
「この髪と瞳の色が、レヴァンダ皇家の血の証。私の祖母は……元光の巫女。力を失い、巫女の塔から追放された巫女の一人、ですの」
「……つい……ほう……」 暗闇で微笑むシャルロッテは……壮絶に美しかった。ぼうっとする頭で、ありあはシャルロッテの言葉を必死に理解しようとしていた。
「……私では力が足りないそうですわ。『神降し』を行うには」
……神降し……?
「……闇の神に人間の娘を捧げ、闇の子をその身に宿らせる……かつて、光の巫女が『光の神』と人間の娘から産まれたように、闇の巫女を誕生させたいと考えておりますの、あやつらは」
……闇の……巫女……?
「王妃様のように力の強い巫女は、どのような魔力にも耐えられる身体をしてらっしゃる。その身体を……欲しいそうですわ」
シャルロッテの言葉が、ぐるぐると頭を回る。子を……宿らせるって……?
ありあの瞳が……恐怖に染まった。
「……い……や……」
「……でしょうね」
シャルロッテがふふふと微笑む。いつもと変わらぬ笑顔。その笑顔が……ありあには怖ろしかった。
「ですが、私にも選択肢はございませんの。断れば……殺されてしまいますから」
シャルロッテがふっと虚空を見上げた。
「そろそろ……ですわね……」
闇が……圧力がかかったように、歪み始めた。ありあの身体にも、びりびりとした気が感じられた。
「闇の……神、ですわ……」
ありあの目の前に、黒い霧が現れたかと思うと……それが、ゆっくりと形になっていった。
――いつか見たような……巨大な口。長い銀色の牙に……蛇のような真っ赤な舌。
身動き一つできないありあの真上で……にやり、と笑った。




