グランディア城~新月の呼び声
『……』
「……あれ?」
湯あみから上がったありあは、ふと周りを見回した。
「どうされました? アーリャ様」
サリの問いに、ありあは軽く首を横に振った。
「……何でもないの。ただ……」
――誰か、に呼ばれたような気がしたけど……
(気のせい、だよね?)
ソファに座って寛ぐありあの周りで、サリが何か、を部屋に撒いていた。
「サリ、それなあに?」
「……銀の粉、だそうですわ。サーリャ様が王妃の間に撒いておくように、と」
「銀の粉?」
蝋燭の明りを受けてキラキラと輝く銀粉が、部屋の床に不思議な模様を描いていた。
「今夜は新月。魔力が大きく揺れ動く時期だそうで……こうしておくと、結界のような役目を果たす、とおっしゃってましたわ。それから、王妃の間から一人で外に出ないように、と」
「……今日は、にい……グラントもしょっ中来てたし……皆、過保護過ぎない?」
サリがきっとありあを睨んだ。
「そんな事ありませんわ! アーリャ様がいなくなった時の、陛下の取り乱しようと言ったら……!」
「……う……」
「それに私共も心配したのですよ!? 城の皆がアーリャ様を大切に思っている事を、少しはご自覚なさって下さい!」
「……はい……」
ありあはしょんぼりと頭を下げた。
(皆に心配かけちゃ……だめだよね……)
『……持って行きなさい。何かの役に立つかも知れないから』
「……シスター……?」
シスター・雅子が、すぐ傍にいるような……気がした。ありあは立ち上がり、机の引き出しから黒のウエストポーチを出して、腰に巻いた。
「アーリャ様、その袋は……?」
「うん、向こうの世界の道具が入ってるの。何かの役に立つかもって……」
いつも巻いてたら、咄嗟のときに役に立つ、よね? ありあは腰のあたりを確認し、またソファに座った。
緑石のペンダントとロザリオも、常に首からかけている。心強い御守りだ、とありあは思った。
ふっと窓の外を見る。月のない夜。どこか……不安定で、揺れているような、気配。
「アーリャ様、今夜は陛下も来られるそうですわ。一人にしておけないって……」
――来よ……
「……!!」
キイイイン……と耳鳴りがした。ありあは思わず両耳を塞いだ。身体が強張る。
「きゃっ……!!」
顔が歪む。耳障りな音が、身体に纏わりつく。
「アーリャ様!?」
サリの声が遠くに聞こえる。心が……縛られたように、動かない。
(身体……が……)
何も思ってないのに、ありあの身体はふらっと立ち上がり、歩き出そうとした。
「アーリャ様!?」
サリがありあの右腕を掴む。ありあの右腕が--ふっと振り払われた。
「きゃああっ!」
サリが軽く吹き飛んだ。壁にサリの身体が叩きつけられる。
(サリ!?)
サリが、ずるずると床に崩れ落ちた。
ありあはサリに手を伸ばそうとしたが……身体がいうことを聞かなかった。
(サリ、大丈夫っ!?)
ふらふらと壁に向かって歩いたありあの右手が、姿見の突起を探す。
「みゃ~……」
黒い毛玉が、ありあに近づいてこようとした。
(ミーちゃん!? 傍に寄らないでっ!!)
かちゃり……隠し扉が開く音がした。
(から……だがっ……)
自分の身体なのに、動かせない。言葉が出ない。誰かに操られるように、ありあの身体はゆっくりと隠し通路へ入って行った。
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「――!?」
グラントは、ぴたり、と動きを止めた。王妃の間に向かおうとしていた矢先--扉の向こうから感じる、殺気。腰の鞘から、刀身を抜く。
王の間の扉が突然吹き飛んだ。なだれ込んで来た黒装束の男に、グラントの一太刀が浴びせられた。
「ぎゃっ……」
男が倒れる。そのすぐ後ろにいた別の男が、グラントに襲いかかる。
ギィィィン!
剣と剣がぶつかり、火花を散らす。一瞬の隙に剣を薙ぎ払い、相手の脇腹を蹴り上げる。くぐもった悲鳴と共に、男が壁に激突した。その間にもグラントは次の敵に斬りかかっていた。
廊下から聞こえる剣の音。足音。悲鳴。
(何人いる!?)
グラントが部屋にいた最後の男を斬り捨てたのと同時に、ヴェルナー伯爵が踏み込んで来た。
「陛下っ!! ご無事ですかっ!!」
「俺は無事だ。そちらは!?」
「あと二、三名です。すでに兵も駆けつけております」
グラントは、アーリャの絵に向かいあった。
「王妃の間に行く。兵もそちらに向かわせてくれ」
絵の額縁の下を探る。突起を押すと、壁に入口が開いた。
グラントは迷うことなく、暗い通路へと身を投じた。
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「――!?」
王妃の間に向かうグラントの目に、隠し通路に洩れる光が入ってきた。
(入口が……開いている……っ!?)
王妃の間に踏み込む。床に煌めく銀粉が、グラントの靴についた。
「ありあ!?」
ありあの気配が……ない。グラントの顔から血の気が引いた。
「うう……」
僅かなうめき声。グラントは床に倒れているサリを見つけ、駆け寄った。
「サリ!? しっかりしろ!!」
抱き抱えたサリが弱々しい声を出した。
「へい……か……、アーリャ……さま、が……」
サリは……震える指で、隠し扉を指した。
「誰……が……て……アーリャ……様……」
「わかった、もうしゃべるな」
駆けつけた兵に、サリを預けたグラントは、もう一度隠し通路へと入って行った。
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(どこだ!?)
グランディア城の隠し通路は、迷路のようになっている。闇雲に探しても見つけるのが遅くなる一方だ。グラントははやる気持ちを抑えて、ありあの行方を考えた。
――ふっと、グラントの心に違和感が生じた。
(あの刺客……騒ぎも起こさずに王の間に来たな……)
王の間と王妃の間は、正面玄関からは、入り組んだ道筋を通らなければ辿りつかない構造になっている。当然兵も配置されているため、正面から来たなら、それなりの騒ぎになっていたはずだ。だが、刺客が王の間に来るまで、誰一人として報告にも来ていない。という事は……。
(使用人の通路から侵入したのか……っ!?)
赤の離宮からサリが案内してくれた、王妃の間への近道。確かにその通路を使えば、兵に会うことも少なくなる。だが……
(何者かが……手引きをした……のか……!?)
城の使用人が裏切った、とは考えたくはないが、あの通路は内部を知る者でなければ無理だ。
……グラントはカッと目を見開いた。もう一つの可能性。
(ありあの作った見取り図か……っ!)
精巧に作られた見取り図。あれにも使用人の通路が記されていた。ヴェルナー伯爵から受け取り、執務室に保管してあったはずだ。
(あれを目にすることができたのは……)
グラントはぎり、と歯を食いしばり、暗い通路を駆け抜けていった。




