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グランディア城~王妃の間

 白い手。白い手がまた、纏わりついてくる。身をよじって、逃げようとした。

「いや……っ……!!」

 奪われる。全てを。大切なものを。

「無くしたくないの……っ!!」

 何かを掴もうと伸ばした手を、誰か、が掴んだ。

『……』

 誰かが優しく何か、を囁く。身体が温かさに包まれる。白い手が――消えた。

「……あ……」

 お礼を言おうとしたけれど……言葉が……出ない。

「……そばに……」

 温かさに甘えるようにすり寄った。もう……大丈夫……。

「……いて……」

 誰かが耳元で何かを言ったが、ありあにはもう聞こえなかった……。


**********************************************************************


「おはようございます、アーリャ様」

「ん……」

 サリの声にゆっくりと目を開ける。朝の光がまぶしい。

「おはよう……サリ」

 身体を起こす。ありあは眉をひそめた。

(あれ……?)

 なんだか……だるい。気だるさが身体を取り巻いていた。

「サーリャの鬼特訓で疲れてるのかなあ……」

 ベッドから立とうとして、腰を上げた途端に、足元がふらついた。ぺたん、と床に座り込む。

「アーリャ様!?」

 サリが慌てて駆け寄ってきてくれた。

「サリ……なんだか、だる……」

 ――そのまま、ありあは気を失ってしまった。


**********************************************************************


 また白い手が捕まえようとする。

 逃げようとした時、目の前に突然、ある光景が広がった。


(何……?)


 長い黒髪に……悲しげな黒い瞳。同じ顔をした、女性が二人。

『……行ってしまうの? ファーニア』

 ファーニアって……かあさま?

『……ええ。このまま、この国にいることは、できないわ……』

 そう言って、お腹に手を当てた。

『この子を……守らなければ。闇からも光からも』

『……グランディアに降嫁して、大丈夫なの? あの国には……』

『判っているわ……でも……』

 決意が込められた声。

『諦めたくないの。この子が幸せになる可能性を』

『ファーニア……』

『たとえ……の子だとしても……私の子であることには、変わりはないわ……』

(かあ……さま……)

 手を伸ばそうとした。でも、届かなかった。


 ――もうこれ以上は、おやめなさい。


 聞き覚えのある、優しい声、がした。


 ――まだ力を使いこなせていないわ。身体がついていっていない。


(でも……かあさまが……)


 ――自分を心配している人を大切になさい。


(大切に……?)


 ありあは深海のような夢の世界から、ゆっくりと浮かびあがろうとしていた。


**********************************************************************


「……ありあ……っ!!」

 ゆっくりと目を開ける。綺麗な金色の髪が、すぐ傍に見えた。いつも冷静な銀色の瞳が――揺れていた。

「……グラント……?」

 ぼーっとしたまま答えたありあを、グラントが思い切り抱き締めた。

「……お前が倒れたと聞いて……っ……」

 切羽詰まったような声。

(あ……)

 温かい。力強いこの感触。

(いつも……助けてくれてる……)

「……護ってくれて、ありがと……」

「え?」

 グラントが少し身体を離し、ありあの瞳を覗き込んだ。ありあはうっすらと微笑んだ。

「……き……」

 呟くように言葉を紡いだ後、ありあはまた深い眠りに誘われていった。



**********************************************************************


「……記憶が戻りかけている、のかも知れないわ」

 ありあの見舞いに来たサーリャが言った。

「『ありあ』の記憶か?」

 グラントの問いに、サーリャが頷いた。

「多分、夢の中で『過去の思い出』を見ている状態なのよ。どこまで思い出すのかは、わからないけれど……」

「では、アーリャ様は当分眠った状態が多くなる、ということですか」

 すやすやと眠るありあを見ながら、ヴェルナー伯爵がサーリャに尋ねた。

「そうね……今は無理させない方がいいかも。昨日もずいぶん頑張ったことだし」

「……俺を……」

 グラントがぽつり、と言った。

「……と、言って……」

「は?」

 サーリャが目を見張った。目の前のグラントをまじまじと見る。『魔王』として近隣諸国から恐れられている、大国グランディアの王。それが……。

「……大丈夫なの? あなたの方がアーリャよりも重症に見えるけれど」

「……」

 ヴェルナー伯爵もちら、とグラントの顔を見た。

「……このようなお顔をされる陛下を見るのは、私も初めてですが」

「……」

 途方に暮れている、という表現がぴったりだ、とサーリャは思った。ありあを見るグラントの瞳には、抑えきれない激しい感情と――壊れ物を扱うような怯え、が混ざり合っていた。

 はあ、とサーリャは溜息をついた。

「あなたがアーリャを想う気持ちは判るけれど……アーリャの気持ちも尊重してあげないとだめよ」

「……」

「わかっているとは思うけれど……」

 溜息交じりにサーリャが言葉を継いだ。

「今のあなたは、アーリャにとって『兄』なんですからね。事実がどうであれ」

 グラントははっとしたように、サーリャを見た。

「……お前……知っている、のか」

「……母とファーニア様との間に、隠し事はなかったから」

「……しかし、その事実を公にする事はできません」

 ヴェルナー伯爵も困り切った表情で言った。

「前国王陛下、妃殿下のご意向に背く事になります故……」

「……わかっている。そうする事で、アーリャを護ってきた事も」

 グラントは、少し遠い目をした。

「……私が言う事ではないのかも、知れないけれど」

 サーリャはグラントをまっすぐに見た。

「ありあも、アーリャも、あなたを大切に思ってる」

「……」

「でなければ、サニリアがあなたの記憶を真っ先に消すわけないわ。一番邪魔な記憶だからこそ、消したのよ」

「……サーリャ……」

「……例え……彼女が思い出さなかったとしても」

 サーリャはにっこりと笑った。ありあと同じ笑顔。グラントの目が、眩しそうに細くなった。

「もう一度、始めるのでしょう? 最初から」

 ヴェルナー伯爵も頷いた。

「陛下の諦めの悪さは、私が保証しますよ。きっとアーリャ様も根負けすることでしょう」

「誉められた気がしないな……」

 そう言いながらも、グラントの表情は先程よりも明るくなっていた。

「……心配をかけたな、二人とも」

 サーリャとヴェルナー伯爵は、顔を見合わせ、お互いに微笑んだ。

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