グランディア城~森の小道
グラントは、森の小道をずんずんと歩いていた。
(う……)
グラントにお姫様抱っこされた状態のありあは、身動き一つできなかった。
胸に抱いているミーちゃんも、グラントの尋常じゃない雰囲気に呑まれたのか、じっと丸くなっていた。
「あの……にいさま?」
「……グラント、だ」
不機嫌そうな声。
(うう……)
「……グラント……」
「……何だ」
「あの……その……」
「……」
じろり、と銀色の瞳に見下ろされる。無表情なのに、瞳だけがぎらぎらしてる。こんなにいさまなんて、知らない。いつもとても優しくて……
(……って、あれ?)
今のにいさまの顔、どこかで見たような気も……。
ありあは内心首をかしげながらも、恐る恐る言葉を出した。
「さっきの……シャルロッテさんって……にい……グラントの恋人、でしょう?」
「……」
不機嫌さが増したような気がするのは……多分気のせい、じゃない。
「どうして……結婚しないの? 子どもも生まれる……のに」
「……」
――沈黙が……コワイ。なんか、ますます全身真っ黒なオーラで包まれてない? にいさま……。
「……シャルロッテは、正妃にはなれない」
ぼそっとグラントが呟く。ありあは目を見開いた。
「正妃にはなれないって……」
身分違いとか、そういうこと? まさか……
「……私がいるから……なの? 私のこと、面倒みないといけないから……っ!?」
ありあは口をつぐんだ。自分を抱き上げてる腕に力が入り……こちらを見下ろすグラントの瞳が、銀から黒に変わっていた。
「……お前のいる場所は俺の傍だ。それだけは決して変わらない」
「……え……」
「……自分を邪魔者みたいに、言うのはやめろ」
「……はい……」
こ、怖すぎる……。ありあは首をすくめて、身を縮めた。
「……お、怒って……るの?」
「……ああ」
ばっさり一言で切り捨てられた。
「お前が姿を消した、とサリが大慌てで報告に来た時――俺がどんな気持ちになったか、わかるのか?」
「……う……」
「あまりうろちょろするようであれば、寝室に鎖で縛りつけるぞ」
「え……」
ありあの顔から血の気が引いた。
「にい……グラントって……そういう趣味……なの……?」
「……」
やだやだやだ、もうっ!! この雰囲気、何とかしてーっ!! ありあは心の中で叫んだ。
「……その……ごめんなさい……もうしません……」
「……」
うわ。信じてないような目で見られてる。
強張ったありあの顔を見て、グラントがはあ、と深い溜息をついた。
「……とにかく、城の内側の城壁から外には出るな。闇の眷属もお前を狙ってる。何かあってからでは遅い」
「……はい……」
ありあはもう、小さくなって黙り込むしかできなかった……。
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「……ったく……」
ぶつぶつ文句を言うグラントに、ヴェルナー伯爵が声をかけた。
「アーリャ様は……その、記憶がないわけですから……」
最近、執務室が愚痴こぼし室になりつつありますね、とヴェルナー伯爵が小声で言った。
「正妃に『どうして結婚しないのか』と聞かれる俺の身にもなってみろ」
今なら、修行を重ねた高僧のように、悟りを開く自信があるぞ、とグラントはぼやいた。
あの後、ありあを王妃の間に閉じ込めて、サーリャにみっちりしごいてもらうことにした。涙目だったな、あいつは……。
グラントが遠い目をした。
大体、ありあの中で、俺はどれだけ変態扱いになっているんだ。『そういう趣味』ってどういうことだ、全く。
俺を『兄』としてしか認識していないありあ。『妹』の目から見れば、シャルロッテに対する疑問も理解はできるのだが……。
「正妃はお前だ、と言える状況ではないしな……」
俺が傍にいて欲しいと思う女は、お前だけなのに。お前の方はそうは思っていない。
はあ、と溜息をつくグラントの肩を、ヴェルナー伯爵がぽん、と軽く叩いた。
「……アーリャ様は、お前の事を大切に想ってるぞ、グラント」
「……そうか……?」
確かに、兄として慕ってくれているのは判る。だがそれは、『アーリャ』の五歳までの記憶のせいだ。
……『ありあ』の記憶が蘇った時、あいつは……。
グラントは軽く頭を振り、ヴェルナー伯爵に次の案件を持ってくるよう、言い渡した。
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『……うまく王妃に暗示がかけられたようだな』
「……はい」
『白の影も動き出している。早々に仕掛けねばならぬ』
「……」
『あの王妃ならば……「神降し」にも耐えられるであろうな……』
「……」
『……新月の夜、実行する。抜かりはないようにしておけ』
「……はい」
ふっと黒い影が消えた。闇の中には、銀色に光る魔方陣と、そこに立つ黒い髪の女性しか残っていなかった。




