グランディア城~厨房・王妃の間
「ふへ……」
ありあは分厚い木のテーブルに突っ伏していた。
「……ほれ、差し入れ。これ食べて元気出して下さいよ」
そっと差し出されたお皿の上に、今度は小さなパイが載っていた。
「ありがとう……」
フォークで突き刺すと、しゃくっと割れた。一口ぱくつく。さくさくしていて、香ばしくて。
「おいし~っ!」
思わず笑顔になったありあに、コック帽を被った初老の男性がまた笑顔を見せた。
「本当、ラムダさんの作るお菓子って最高!」
「何度聞いても、嬉しいお言葉ですねえ……」
ありあはきょとんとした顔をした。
「え?」
前にも言ったっけ。ありあは首を傾げた。言ってるのだろう、多分……。
「どうです? お勉強の方は」
ラムダ料理長の言葉に、ありあはげんなりとした顔をした。
「う……ん……」
『――アーリャ。こんな事も出来ないようじゃ、まだまだね。修行あるのみよっ!!』
はっきり言って、サーリャは『鬼』だった。ビシバシしごかれて、もう身も心もボロボロだった。
(今まで、ものすごく怖い目にあったような気がするけど……)
自分と同じ顔に怒られるのって、本当、怖い。まるでホラーだ。今までの恐怖もそれほどじゃないんじゃ……と思い始めたぐらいだ。
「でも、皆を護るため、なんだよね……」
『今のままではダメ。ちゃんと力を制御して、使えるようにならないと。赤子が刃物を振り回してるようなものよ。自分も周りも傷つけてしまうわ』
ありあは少し黙った。
(サーリャの言うとおり、だもの……)
「……私、頑張るわ。皆を護る事ができるように」
ラムダ料理長が、くしゃっと顔を歪めた。
「……本当に……王妃様のいないこの城は……まるで死んだかのようでしたよ。ここにずっといて下さいね、私からもお願いします」
料理長を始め、皆がありあに頭を下げた。ありあは慌てて手を振った。
「そ、そんなかしこまらないで下さいっ! 私もここにいたいし、皆と一緒にいたいし……」
……ありあの心を、ふっと誰か、がよぎった。掴もうとしたけれど……すり抜けて行ってしまった。
「……アーリャ様。サーリャ様がお呼びですよ?」
サリの声。アーリャは最後の一口を食べ、席を立った。
「頑張って下さいよ、王妃様!」
「はい!」
厨房の皆の応援を背に受けて、ありあはサリと一緒に、王妃の間へと戻って行った。
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――執務室の中、グラントは報告書をめくりかけて、手を止めた。
「……これは……」
グラントの瞳が光る。ヴェルナー伯爵は、いつになく緊張した面持ちだった。
「……まだ確証は取れておりませんが……」
父王の時から、この国に纏わりついている、闇の眷属。この国の何処かに、宿り木となる場所があるはず。そう考え、各地に調査の手を広げた。
「……」
その結果を見て、グラントは黙りこんだ。
(あの時も……関係していたのか?)
「……問題は」
ヴェルナー伯爵が硬い声で言った。
「闇の眷属も、白の影も、狙いが同じ、と言う事です。どちらもアーリャ様を手に入れたがっている。目的は違うのでしょうが」
「……」
どちらの手に渡っても、ありあは……。グラントは拳を握りしめた。
「この城の結界はどうなっている」
「サーリャ様からの報告によると……」
ヴェルナー伯爵が羊皮紙をめくった。
「王と王妃の間、を中心に、円を描くように結界が張られている、と。一番内側の城壁が境目となっている、とのことです」
「……」
剣技会を開催した広場は、この城に隣接しているが、内側の城壁の外だ。
「……ありあをこの城から出すわけにはいかない」
「……御意」
「……が……」
はあ、とグラントは溜息をついた。なにせ、相手は、あのありあ、だ。
「どこにでも首を突っ込んでいくからな、あいつは……」
「ですから、サーリャ様にお願いしたのではありませんか。真っ先に身を護る術を教えて欲しい、と」
「……」
サリの報告によると、サーリャの教育?は凄まじく、ありあは悲鳴??を上げながら、やっとこさついて行っている状態らしい。
「その件については……サーリャを信じるほか、ないな……」
グラントは書類に視線を戻した。やる事は山積みだ。
「陛下、別件ですが……」
ヴェルナー伯爵が話を続ける。グラントは伯爵の報告を聞きながら、執務をこなしていった。
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「ううう……」
完全に伸びてしまったありあに、サリが心配そうに言った。
「大丈夫ですか? 何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「う……ん、お願い……」
ぺこりと頭を下げ、サリが王妃の間から出て行った。ありあは机に突っ伏したまま、脳みそが溶けていくのを感じていた。
(きょ、許容量を超えた……かも……)
やっとサーリャから解放された? もう、スペル書き過ぎで、ペン持てないかも……。
こ、これが続いたら、昇天するかも……しれない。
ありあは真剣に悩んだ。
みゃ……
(……あれ?)
ありあは王妃の間を見回した。今、確か……
「みゃ~……」
「ミーちゃん!?」
椅子から立ち上がって、部屋の隅々まで見る。でも、黒いもふもふは見当たらない。
「みゃ……」
……あれ?
ありあは壁に設えた、大きな姿見の前に立った。耳を鏡に当てる。
「みゃみゃ……」
「この後ろから聞こえる!?」
ありあは鏡の縁を手でなぞった。何か、突起のようなものがある。ちょっと押してみた。
かちゃ……
音もなく、鏡が壁から離れた。
「え!?」
ありあが目を丸くして見ると、鏡の裏に通路のようなものがあり、その中から子猫の声が聞こえて来た。
(これ……隠し扉……?)
すごい。やっぱりお城ってこんなのがあるんだ。ありあが感心していると、次第にミーちゃんの声が小さくなっていった。
「ミーちゃん!?」
ありあは、咄嗟に用意していたウェストポーチを抱え、通路の中に入って行った。




