グランディア城~王妃の間
「ふう……」
ありあはベッドの上に寝そべり、溜息をついた。
(やっぱり、ちょっと疲れた……かも)
ミーちゃんはまだサリの部屋だ。ミーちゃんを連れてくるのは、もう少し落ち着いてからにしましょう、とサリが言った。
この部屋……王妃の間、ってサリが呼んでた。でも……
(かあさまがいた頃と……何か違うような気がする……)
……戻って来た。多分……ここが、戻りたかった場所で間違いない、と思う。お城の皆も……喜んで迎えてくれた。それに……
(……にいさま)
いつも自分を守ってくれた、優しい兄。忙しい両親とは……特に王である父親とは、ほとんど思い出らしきものがなかったけれど……。
(にいさまは、ずっと傍にいてくれた……)
あの綺麗な銀色の瞳が大好きで、小さい頃ずっと見てたなあ、とぼんやりと思い出した。
『……これからは、にいさま、ではなく名前で呼べ。もうお前も幼な子ではないのだから』
さっき、中庭から戻ってくる時に、そう言われた。
『……グラントって?』
そう聞くと、微妙な表情で、こちらを見た。
『……ああ。それでいい』
うーん、とありあは考え込んだ。何か、が少しずれているような、なんとなくむず痒いような、感覚。
(まだ……思い出せてない事があるのかなあ……)
グラントの顔を見た瞬間――開いていた穴が埋まった気がしたけれど。
(シスターも焦らないようにって言ってたし……ゆっくり思い出せば、いいよね……)
ありあは目を瞑り、ゆっくりと夢の世界に入り込んでいった。
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白い手。
「な……に……!!」
身体が抑えつけられる。いくつもの白い手が、自由を奪っていく。
「やっ……だっ……!!」
身体をよじっても、逃げられない。
『……あなたは……に相応しい記憶と共に、生まれ変わるのです』
冷たい声が響く。白い手が……ありあの心を鷲掴みにした。
「いやああぁぁぁっ!!」
身体から、心から、大切な物、が奪われていく。無理矢理、何か、が引きずり出される。痛い。身体がばらばらになりそう……っ……!!
「やめ……て……っ……!!」
忘れたくない。忘れたくない……っ!! ありあは必死に何か、に抗った。
「嫌……っ!!」
誰か……助け……!!
「……っ!!」
ありあが何か、を叫んだ瞬間――
「……ありあ!!」
ふっと白い手が消えた。小刻みに震える身体が、温かい何か、に包まれた。
「もう、大丈夫だ」
優しい声。聞いた事のある……声。
「お前は俺が護る。だから心配しなくてもいい」
少しずつ……震えがおさまってきた。力強い……腕。
(……この感じ……知ってる……)
なくしたくなかったもの。大切な……なにか。
「……ト」
ありあは温かさにすがった。温かくて……安心できる……。
――強張っていた身体の力が抜けた。ありあの意識はゆっくりと、優しい海の底に落ちていった。
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「……眠った、か……?」
グラントは腕の中のありあ、を見た。硬くなっていた身体からは力が抜け、ぐったりとグラントにもたれかかってた。
『見た目は普通でも、精神的にはかなり負担がかかっているはず。何かのはずみに、出てくるかも知れないわ』
そうサーリャに言われていたため、様子を見に来たら……案の定、だった。
閉じられた瞼の下に滲む涙を、そっと指で拭き取った。安らかな寝顔。だが……
さっきまで、ありあの顔は恐怖に歪んでいた。悲鳴。何か、を護ろうとするかのように、身体を曲げて小さく震えていた。
グラントの銀の瞳が黒ずんだ。
(無理矢理……奪った、のか……)
抑えきれない怒りを断ち切るように、ぎゅっとありあを抱き締める。
(さっき……お前……)
――確かに、ありあは言った。
『助けて……グラント』、と。
(覚えて……くれているのか。俺の事を)
例え、意識には上らなくても。心の片隅でも。それが……嬉しかった。
(こんな目に合わせて……すまない……)
もう二度と……離さない。俺が、お前を護る。だから……
(お前は……笑っていてくれ……)
――グラントはそっと、ありあの唇に自分の唇を重ねた。
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「……おはようございます、アーリャ様」
「……ん……」
ごし、と目をこする。眩しい朝の光。ありあはゆっくりと目を開けた。
「あれ……?」
身体を起こす。サリがにっこり笑って立っていた。
「……おはよう、サリ」
(何か……)
昨日……何か、を思い出したような……?
(怖くて……でも、誰かが……)
「……よく、わからない……」
サリがどうかしましたか、と尋ねた。
「ううん……何でもないの」
ありあはベッドから降りた。んーっと伸びをする。長袖のネグリジェがふわっと揺れた。
「朝食後、サーリャ様が来られるそうですわ」
「げ」
……そう言えば、お勉強しないといけないんだった。
「何か、いっつも勉強してる気が……する……」
「アーリャ様のためですから。頑張って下さいね!」
「う……はい……」
ありあは、サリが運んできてくれた朝食を大人しく食べ、身支度をしながら、サーリャを待った。




