表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/108

教会~失われた記憶のかけら

「そう……そんなことが……」

 シスター・雅子は、ありあが『つっかえつっかえ話した、異世界での経験』をゆっくりと受け止めてくれた。

ありあは自分の部屋のベッドの上にいた。医者にも行ったが、特に異常はない、と言われ、教会に戻って休んでいるところだった。

「シスター……信じてくれる……の?」

 シスターは、少し目を丸くしたが、皺のある右手をありあの両手に乗せた。

「あなたが嘘を言っていないことは、すぐに判りますよ? なにせ私はあなたの『母親』ですからね」

 優しい笑顔に、ありあは少し涙ぐんだ。

「……でも、これからどうするつもりなの?」

「……」

 ありあは少し俯いて、自分の手を見た。自分の手に重ねられている、温かな手も。

「このまま、こちらの世界で、元の生活に戻る……のもいいとは思うけれど……」

「……」

 シスターはちらとありあの顔を見た。

「……でも、その顔は、向こうに戻りたいって思っているのね?」

「……っ……」

 ありあの瞳から、ぽろぽろ涙がこぼれた。シスターは、よしよし、とありあの背中をさすってくれた。

「シ……スター……わ、私……なくし……ちゃった……の……」

「……」

 シスターは黙ったまま、ありあを抱き締めた。

「大事な……もの。思い出せ……ない……」

 さっきシスターに話した事には……ところどころ、空白があった。まるで虫食いのように、穴が開いた記憶。

大切だったはずなのに。何も……覚えてない。それに……。

「どうやって……帰るのかも……わから……」

 そのまま耐えきれず泣き出したありあを、シスターが幼子のようにあやしてくれた。しばらく、ありあの嗚咽は止まらなかった。


「ねえ、ありあ?」

 一しきりありあが泣いた後、シスター・雅子が優しく話しかけた。

「ひっく……」

「……全ては必然。何一つとして、無駄な事はないのよ? だって神様がなさることですから」

「……」

「あなたに必要なものだったら、必ずまた戻ってきますよ? もし仮に戻ってこなかったとしても……」

 シスターの優しい声が、穴のあいた、ありあの心に沁みていった。 

「……もう一度、作り直せばいいでしょう? いつだってやり直しが出来る、そのように神様は人間を造って下さっているのですから」

「……は……い……」

 ふふっとシスターが笑った。

「ありあ、あなたが『光の巫女』だとしても、あなたの力はそんなものではないのよ?」

「……え……」

 シスターは身体を少し離し、真っ赤に泣きはらしたありあの瞳を真っ直ぐに見た。

「あなたは人を思いやる事の出来る、優しい子。それに、どんな時でも笑うことができる強さもある。その優しさと笑顔が、あなたの最大の力なのよ」

「……」

「だから……ね? 向こうの世界に行っても、その優しさと笑顔を忘れないって約束して頂戴。そうしたら、私も安心してあなたを見送る事ができるわ」

「シスター……」

 ありあもシスターの瞳を見た。いつもと変わらない、優しい優しい瞳。

「それにね、いつだってここに帰ってきていいのよ? ここが、あなたの家なのですから」

「……っ」

 ありあは思わずシスターに抱きついた。今は自分よりも小柄になった身体。でもこんなにも、温かくて大きい。シスターの温かさが、ありあの焦りも不安も……全て包んでくれてる、そんな気がした。

 あらあら、とシスターは笑った。

「とにかく、今日はゆっくりなさい? 焦って考えても、いいアイディアは思いつかないわ。私は教会に戻るけれど、後で一緒に考えましょう」

「はい……」

 ありあは手を離し、涙を右手で拭った。シスターはそんなありあを見て、ゆっくりと微笑み、部屋を出ていった。


 ありあは、窓の外の空を見た。青い青い空。向こうと……同じ。

(きっと……この世界とあちらの世界は、繋がってる。だから……)


 ――戻ろう。戻って、取り戻そう。


大切な、何か、を。


**********************************************************************


「ふう……」

 サーリャは汗を拭い、溜息をついた。手にした籠の中には、摘んだハーブの束が入っていた。ジェードがサーリャに声をかけた。

「疲れたのか? サーリャ。あまり無理を……」

「大丈夫よ、ジェード。せっかく雇ってもらったのだから、これくらいはね」

 サーリャとジェードは、グランディア城の中庭にいた。庭師をしている、と聞いたグラント王が、二人にグランディア城の仕事を、と申し出てくれたのだ。

 そのままの姿だと、ありあと間違えられるため、サーリャは髪粉を使って、茶色っぽい髪に染めていた。

「アーリャは……ここで、皆に愛されてたのね……」

 ここで聞く王妃の評判は、皆好意的なものばかりだった。若干、頓珍漢なところもあったようだが、そんな所も含めてかわいらしいと思われていた。

「……大丈夫かしら……アーリャ」

 サーリャの表情が曇った。あのサニリアが、ありあがグランディアに帰る事を許すとも思えない。ありあも大人しく、巫女の塔にいるとも思えない。

 サーリャが物思いにふけっていた時、すぐ近くの通用門の方から声が聞こえた。

「お願いいたします、グラント王にお取り次ぎを。私は巫女の塔から……」 巫女の塔!? サーリャは籠を地面に置き、通用門へと急いだ。

 門番の兵士と押し問答している、小柄な女性。立派な毛並みの馬を連れていた。灰色のフードが、少し汚れていた。

(あれは……!!)

「……ヤニカ!?」

 サーリャの声に、ヤニカがサーリャの方を見た。ヤニカは髪の色に戸惑っていたようだったが、はっとした顔をした。

「み、巫女姫様っ!?」

 ヤニカが兵士の制止を振り切って、サーリャの方へと駆けて来た。

「ご、ご無事だったのですね!? グラント王の事も覚えてらっしゃったのですか!?」

 サーリャの瞳が大きく開かれた。覚えて……?

「……ヤニカ。巫女の塔の女官であるあなたが、どうしてグランディアに……」

「……巫女姫様の事を、グラント王にお伝えせねば、と……」

 嫌な予感。サーリャの顔が青ざめた。ヤニカがわざわざここに来た理由。それは……

「……ヤニカ、一緒に来て頂戴。グラント王に知ってる事を申し上げて欲しいの」

「は、はい……」

 サーリャは兵士達に、この者は自分の知り合いだ、と話をつけ、そのままヤニカを城の中へと連れて行った。


**********************************************************************


「……ありあが消えた!?」

 グラントの顔は蒼白だった。ヴェルナー伯爵も、同じ顔色だった。

 執務室には、グラントとヴェルナー伯爵、サーリャ、そして……ヤニカがいた。

「は、はい……」

 先程サーリャから、あの巫女姫はサーリャではない、と聞いたヤニカは、まだ混乱しているようだったが、しっかりとした口調でグラントに告げた。


 ――巫女姫様が、異世界への扉を開き、巫女の塔から消えた、と。


「何故……そんな事に」

 呆然とヴェルナー伯爵が言った。ヤニカは一昼夜ぶっ通し馬で駆けて来たと言っていた。ありあがここを発って、まだ四日目。ということは……

「巫女の塔に着いてすぐに、何かあったのか」

 グラントの声に、ヤニカはびくり、と身体を震わせたが、やがて小さく頷いた。

「……守ろうと……されたのだ、と思います……」

「……」

「……大切な……思い出を。グランディアでの記憶を」

 その言葉に、サーリャが叫んだ。

「ま、まさか、サニリア……アーリャの記憶を……っ!!」

 記憶!? グラントはサーリャを見た。サーリャの顔も蒼白だった。

「は、はい……」 泣きそうな声でヤニカが話を続けた。

「……光の巫女として不要な記憶を消す、と。グランディアでの記憶を全て」

「何っ!?」

 グラントは思わず大声を上げた。記憶を……消す、だと!?

(ありあ……!)

「わ、私はお止したのですが……聞き入れては頂けず、巫女の塔から追放する、と捉えられました。巫女姫様は……取り押さえられて、無理矢理……っ!!」

 誰も、一言も発しなかった。

「……悲鳴をあげられて……苦しまれた後……金の光が巫女姫様を包んで……」

「……」

「それから、巫女の塔の中は、巫女姫様を探して大騒ぎでした。やがて……女官達が、巫女姫様が魔方陣の間から異世界へと飛んだ、と……」

 涙目のヤニカが顔を上げ、グラントの瞳を真っ直ぐに見た。

「……嫌だ、とおっしゃっておられました。グランディアでの思い出が消えるのは嫌だ、と」

「……」

「……それだけでも、王にお伝えせねばと……私の実家は馬の養育をしておりますから、追放された後、一番いい馬でお知らせに……」

「……サーリャ」

 サーリャは、はっとしたようにグラントを見た。抑揚のない声。そこに込められた、違えようもない激しい怒り。

「巫女の塔では、そのような非道が行われているのか。何の罪もないありあの……記憶を奪うなどと?」

 サーリャは、小さく溜息をついた。

「サニリアは……『光の巫女が巫女の塔にいる』、という事が最も重要だと思っているわ。それに、ファーニア様に傾倒していたから……その娘であるアーリャを、巫女の塔に留めておくためには手段を選ばなかった……のね……」

 グラントの握り拳に、青筋が立っていた。無表情な顔に……やや黒ずんだ銀の瞳だけが、ぎらぎらと輝いていた。

「……異世界までは、サニリアとしても、どうすることもできないわ。今、この世界で異世界に飛べる力を持ってるのは、アーリャだけだから」

 サーリャは心配そうに瞳を曇らせた。

「でも……アーリャは力は持っているけれど、使い方を知らないわ。巫女として訓練を受けたわけじゃないし。こちらへ戻ろうにも、戻り方がわからないかもしれない」

「……それも、覚えていれば、の話だろう」

 グラントが言葉を継いだ。

「グランディアでの記憶を全て無くした状態で、元の世界に戻れば……元の暮らしに戻るだけだ」

「陛下……」

 ヴェルナー伯爵の声も悲痛に聞こえた。

 

 執務室を沈黙が支配した。しばらくの後、サーリャが言った。

「……陛下。私に中庭の改造と、城の模様替えの許可を」

「……サーリャ?」

「もし……もし、アーリャが戻ってきたい、と思っていたら……戻れるように準備をしておきたいのです」

 グラントはサーリャを見つめた。ありあと同じ顔。

「……わかった。許可する。好きにするがいい」

「……ありがとうござます。それからお願いが……」 グラントが右手を上げ、サーリャを制した。

「……ヤニカ、よくここまで伝えに来てくれた。礼を言う」

「と、とんでもございません!」

 ヤニカが慌てて頭を下げた。

「追放されたと言ったな。良ければこの城で、サーリャと共に働いてもらいたいのだが」

「は、はい……ありがとうございます」

 ヤニカの声も涙ぐんでいた。

「ヴェルナー。レヴァンダに探りを入れろ。特に巫女の塔の動向を」

「承知いたしました、すぐに手配いたします」

 皆が席を立ち、執務室から出ていった。グラントも椅子から立ち上がり、窓の外を見た。青く澄んだ空が広がっていた。

(ありあ……)

 例え……お前が俺を忘れてしまった、としても。

(俺は……ずっとお前を……)

 グラントは、窓際にしばらく佇んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ