巫女の塔~元の世界へ
――それは、一瞬の出来事だった。緑石の光が、ありあの身体を覆い、そして――
「……!!」
「きゃああっ!!」
金の光を巻き込んだ風が、一気にサニリアと女官を吹き飛ばした。壁にぶつかり、気を失った女官。目を押さえて呻く者もいた。
「こ……れは……!!」
サニリアは、真正面を見据えた。眩しいばかりに輝く光の中心に立つ、光の巫女の姿、がそこにあった。
「これが……闇を切り裂いた、という……」
サニリアは呆然と光の炎を見ていた。
ふ……っと、巫女の姿が消えた。金の光が失せる。
「サ、サニリア様っ!!」
慌てたような女官達の声。サニリアは……ゆっくりと微笑んだ。
「……さすが、『初代光の巫女』以来の力の持ち主、と讃えられた御方のご息女……」
巫女としての訓練も何も受けていない。まだ完全に力に目覚めたわけではない。それで、この力……。
(……逃がすわけには……いかない)
「この塔の中をくまなく探しなさい。塔の結界の外には出られないはず。必ずこの中におられます」
「は、はい!」
女官達が慌ただしく散らばっていく。サニリアは自分の右手、を見た。
「……どこまで消えたのか……は、ご本人にしか、わかりませんね……」
記憶が消えたまま、どこまで抵抗できるのでしょうね? あなたは。
サニリアはゆっくりと踵を返し、サーリャの部屋から出ていった。
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「巫女姫様は!?」
「こちらにはいらっしゃいません!!」
「早く、お探ししろ!!」
迫ってくる足音。ありあは頭を抱えるように、中庭の薔薇園の茂み、にいた。
(やだ……怖い……っ!!)
逃げないと。捕まれば、全て無くしてしまう。
何を無くすのかもわからないまま、ありあは迫りくる不安と戦っていた。
……でも、どこに? どこに行けばいいの?
思わず、緑石を右手で握り締めた。石が……ほんのりと温かくなった。
「え……?」
途切れ途切れに心に浮かぶ、誰か、の言葉。
『……れを』
『……かざして……』
あれは……
石の柱。床に書かれた、円形の模様。その中央に……
ありあはぎゅっと唇を噛んだ。とにかく、今は、ここから出ないと。
茂み伝いに、這って中庭を移動する。薔薇の影から周りを伺うと、遺蹟のような柱が並んだ部屋、が見えた。
――あれ、だ。
ありあは辺りを見回して、柱の部屋に走った。部屋の中央にある、不思議な模様。
「巫女姫様っ!!」
振り向くと、中庭から女官達がこちらに向かってくる。迷ってる暇は、ない。
ありあは魔方陣の中央に立った。緑石が金色に光る。魔方陣がそれに呼応するように光り、ありあの身体は光の筒のようなものに覆われた。
「きゃ……!?」
ぐにゃり、と視界が歪む。女官達の声が……遠くなる。
――ありあは、真っ暗な世界、へと落ちていった。
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「消えた!?」
サニリアの顔に、僅かに焦燥の色が浮かんだ。
「は、はい……魔方陣から発せられた金の光に飲み込まれるように、お姿が……」
(異世界の扉を開いた……か……)
異世界の扉には、塔の結界は効かない。この世界に、異世界に飛ぶ力のある者、は他にいない。
(サーリャ様もお力を失われている……巫女の石も……ない)
サニリアは、頭を下げている女官達を下がらせた。巫女守の部屋に一人きりとなったサニリアは、ある呪文を唱えた。
『……お呼びにございますか、巫女守様』
誰もいなかった空間にゆらめく、白い影。
「……グランディアへ。巫女姫様は必ずこの世界へとお戻りになる。グラント王の元に」
『……グラント王……』
「……巫女姫様がこの世界にご帰還次第、この塔へお連れするように」
『……御意。グランディアに……向かいまする』
現れた時と同じように、ふっと気配が消えた。サニリアはしばらくの間、影の消えた場所を見つめていた。
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「……!!」
誰……かが……
「……りあ! ありあっ!!」
呼んで……る……?
ありあはゆっくりと目を開けた。紺色の服。自分を覗き込む、心配そうな顔。
「シス……タ……?」
「ありあっ!!」
ありあは上半身を起こされ、ぎゅっと抱き締められていた。
「あなた、一体今まで、どこにいたのです!? あんな手紙一つ寄越しただけで、連絡もなくっ……!!」
ありあはぼーっと辺りを見回した。ずらっとならぶ木の机。陽の光に煌めくステンドグラス。そして――キリスト像。
「こ……こは……礼拝堂……?」
シスターは身体を離し、ありあを支えた。
「朝のミサの準備をしようとここに来たら、あなたが倒れていて……」
「……私……」
戻って……来た……んだ……
「とにかく、あなたの部屋に行きましょう。立てますか?」
シスターの手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。身体は……動く。
「今は身体を休めましょうね。後でゆっくりお話をして下さいね」
「はい……」
ありあはシスターに支えられながら、磨きこまれた木の床を踏みしめ、ゆっくりと出口へと歩いて行った。




