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巫女の塔~九日目

「んーっ……」

 ありあは思いっきり伸びをした。読みかけの古書を閉じる。この図書室にほぼ毎日入り浸ってた。

「結構、充実した『禊』だったわねえ……」

 一人きり、だから、どうしても独り言が増えてる。注意しないと……とありあは思った。


 サーリャの言っていた通り、誰もこの塔の中に入ってこなかった。食事は日に三回、決まった時間に蓋つきの大きな籠、が塔の玄関先に置かれていた。そこに欲しい物を書いて入れると、次の回でそれが入っていた。

(教会のボランティアでやってた、一人暮らしのお年寄りの方へのサービスみたい……)

 食べ物も結構口に合った。和食じゃなかったけど、ヨーロッパ風?の食事だった。

 塔のあちこちを探検し、石壁を触りまくった後は、地下にある図書室で本を読み漁っていた。天井まで届くような蔵書の数。おかげで、ずいぶんとこの世界の事が判った……ような気がする。

「でも……」

 ふう、とありあは溜息をつき、テーブルに広げた巻紙を見た。そこにあるのは……。

「やっぱり、まだ、ドへたよねえ……」

 サーリャのおかげで、言葉を解したり文字を読む事はできるようになっていたが……実際に文字を書く、となったら話は別だった。

「頭の知識だけコピーしてもらっても、書く練習してないから……」

 アラビア文字?っぽい、曲線の多い文字。ここ数日は書き方の練習に明け暮れた。少しは本の通り?になってきたかな、とありあは思った。

(最初、『お茶』って書いたつもりが、牛乳?入ってたし……)

 昨日はちゃんと『菓子パン』が入ってた。だいぶ分かってもらえるようになったかも……。


 ありあは席を立ち、本をしまって図書室を出た。中庭に向かう。


 ……薔薇の香りが、ふうわりと風に乗って流れて来た。鮮やかな色が目に入ってくる。

(あの薔薇が、サーリャの恋のキューピットだったなんて、ロマンチックよね……)

 『契りの禊』の前夜、灰色のフードを被ったサーリャが、同じくフードを被った男性を連れてきてくれた。

『この人はね、この塔の薔薇園をお世話してくれていたの』

 頬を赤らめながら、サーリャが紹介してくれた男性――は、茶色の髪と瞳の、ごく普通の男性だった。下級貴族の出身で、先祖代々薔薇作りをしている、と言っていた。

 王宮に出入りできる身分ではなく、本来なら、皇女のサーリャにはお目通りも叶わないはず、だった。偶然、この塔の薔薇が病気で枯れ始め、その治療のため通うようになったのが、きっかけらしい。

(サーリャの事、すごく大切そうに見ていたっけ)

 ありあの目から見ても、彼がサーリャを愛してることは一目瞭然で、少し羨ましくなった。

『私たち、この国を出て、庭仕事しながら旅をしようと思うの』

 幸い、こちらの世界ではハーブやらお花やら、植物を育てる事が盛んらしい。腕のいい庭師は、どこに行っても引っ張りだこだから、生活できると思うわ、とサーリャは笑った。


 あれから、九日。明日で『禊』は終了する。

(もう、この国を出たよね……どのあたりにいるんだろ)

 ありあは中庭に降り、薔薇園の隣にある、小さな泉に足を向けた。

――聖水の泉、と教えてもらった。病気や怪我を治す力のある水で、普段はこの塔でこの水を配ったり、治療に使ったりしているらしい。

「今は『禊』の真っ最中だから、誰もいないわね……」

 教会でも、介護施設や病院を訪問し、看護師さんたちのお手伝い、をしていた。似たような事、サーリャもしていたんだ、とありあはふふっと笑った。

(本当、サーリャの事、姉妹みたいに感じるよね)


 ふふ……ん、と鼻歌を歌いながら、薔薇の茂みを抜け、泉を見たありあは、ぴたり、と足を止めた。


「え!?」

 誰か、が泉の近くでうつ伏せに倒れていた。背の高い男性。

 咄嗟に駆け寄って、男の右手首に触った。

「大丈夫ですか!?」

脈は……ある。でも冷たい。

 よいしょ、と男の両脇に手を入れ、向きを変える。身体が仰向けになる。結構な重量感。

(顔色も悪い……冷や汗かいてるんじゃ……)

 はあ、と男の口から息が漏れる。苦しそうな表情。

ありあの視線は、男の左腕、にくぎ付けになった。長袖にじんわりと血、が滲んでいた。

「怪我……してる?」

 袖をめくり上げる。

「な……に、これっ……!」

 ありあは愕然、とした。男の左手に浮かぶ、どす黒い文様。まるで左腕に蛇が巻きついてるかのよう。

「あざ……みたいだけど……」

 そこからじんわり、と黒い血が滲んでいた。


――そうだ、聖水!


 ありあは、スカートの裾を両手で思いっきり引き裂いた。耳障りな音と共に、スカートの布、が裂けた。

聖水の泉に裂いた布、を浸す。軽く絞って、男の左腕の文様、に布を当てた。

「え……」

 ありあは目を見張った。文様の色が、見る見るうちに薄くなっていく。

「すごい効果……」

 さすが、名だたる聖水。こちらの世界でも、こんなに効く薬なんてない、とありあは思った。

 黒い血を拭う。もう、文様の色は薄い茶色、になっていた。


「……あ……り……ぁ……?」

「え?」

 かすれた声に、ありあは男の顔を覗き込んだ。

 薄っすらと開いた瞳――その色は、銀色だった。

ありあは、男の瞳を真っ直ぐに見た。

「私の名前、知ってるの?」

 男の瞳が大きくなった。

「ありあ、って言わなかった? 今」

「あ……りあ……?」

「うん、私の名前」

 男はじっとありあの顔、を見た。

(あれ、この人……)

 よく見ると、凄い美形、だった。銀の粉を振ったような金の髪。銀の瞳。彫刻みたいな顔。

(色素薄っ……!)

 この人、ハリウッドとか行ったら、人気出そうだなあ、とありあは思った。

「……お前……は、光の巫女……か?」

 さっきよりも、しっかりした声。

「えーっと……はい」

 思わず違う、と言いそうになった。

(私って、嘘下手だなあ……)

 こんなんで、最後まで身代わりできるんだろうか。ありあが悩んでいると、男がゆっくりと上半身を起こした。左腕に張り付いた布を、大きな右手ではがす。

「……お前……」

「はい?」

 ありあが男の瞳をじっと見たその時――


「きゃああああああっ!!」

 ひ、悲鳴!?

 ありあは後ろを振り返った。薔薇の茂み近くに、侍女らしき女性が真っ青な顔をして立っていた。

「み、巫女姫様っ!! ご無事ですかっ!!」

「はい?」

 ありあは目を丸くした。今、無事かって聞かれた?

 女性はがたがた、傍目にもわかるぐらいに震えていた。

「お、お食事の籠に入れ忘れた物があったので、お届けにあがったら……こんな事にっ……!!」

「こんな事?」

 なんだか話が見えない。

 女性はありあの傍に走り、男とありあの間に割り込んだ。ありあを立たせ、男の視線から隠すように、自分が前に出た。男の右眉が上がった。


「……巫女姫様を襲うなどと、グランディアの王ともあろうお方が……っ!!」

 え。ありあは耳を疑った。

(今……襲う……とか、言わなかった!?)

「あの……何が……」

 ありあが言いかけると、女性はひしっとありあを抱きしめた。

「怖ろしかったでしょう、巫女姫様っ!! お召し物までひどい事に……っ!!」 

「あ」

 さっき破いたスカート!? ちらと下を見ると、裂いた隙間から太ももが丸見え状態だった。おまけに布切れは……今、男の右手に握られていた。

「あの、これは……」

 自分でやった、と言おうとしたありあよりも前に、男が口を開いた。

「……巫女姫は私の怪我を治療してくれたのだが」

 ひっ、と女性が強張った悲鳴を上げた。彼女はありあを振り返った。

「こ、この方に、手をふ、触れたのですかっ!?」

「え? ええ。怪我されてたし……」

 女性の顔が蒼白になった。

「な……なんて事を……っ!!」

(この人、失神寸前に見えるけど……?)

 男がゆっくりと立ちあがった。ありあと女性を見下ろす。鋭い目。

「……巫女姫は我が国にお連れする。それでよいだろう」


 ありあはぽかん、と緊迫した状態の二人、を見た。

(お連れする……って……)

 完全に話題について行けてない。一体、何がどうなって……?

 

 女性の口から、嗚咽が漏れた。

「おっ……おかわいそうな姫様……っ」

「あの……」

「襲われたばかりか、『契りの禊』まで台無しにされて……」

「いえ、あの……」

「……その台無しにした張本人に、嫁がねばならないなんて……っ!!」

「……え?」

 ありあの思考が停止した。

「あの……嫁ぐって……」

「……私に、だ」

 男の視線がありあを真っ直ぐに射抜いた。ありあは茫然としたまま、男の銀色の瞳、を見た。

「……我が正妃として、あなたを連れ帰る。光の巫女姫」


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