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巫女の塔~狙われた記憶

「……サニリア様」

 サニリアは書物から顔を上げた。巫女の世話をする女官の一人、ヤニカが机の前に立っていた。

「巫女姫様は?」

 サニリアはヤニカに聞いた。

「……先程お休みになられました」

 ヤニカがやや俯き気味に話す。サニリアは目を細めた。

「……何か、気にかかる事でもあるのですか、ヤニカ」

 ヤニカは両手を身体の前で組み、少し迷っているようだったが、やがて頭を上げた。

「……巫女姫様は、これからどうなるのでしょうか」

「どう……とは?」

 サニリアの声はあくまで冷静だった。

「一度はグランディアに嫁がれた御身……この巫女の塔での生活に、お戻りになることができるのでしょうか」

「……」

 それはおそらく無理だろう、とサニリアは思った。元々あの巫女姫(ありあ)は、巫女の塔で生活していた訳ではない。

(だからこそ……)

 あの儀式、が必要になる。光の巫女、としてこれから彼女が生きていくために。

「……慣れていただく以外にないでしょう。そのためにも、明日『清めの儀式』を執り行うのですから」

「……」

 ヤニカは少し複雑な表情をしていたが、黙ったまま頭を下げ、サニリアの前を辞した。

 サニリアは、しばらくヤニカの立ち去った後を見ていたが、やがて書物に意識を戻した。


**********************************************************************


 まだ陽が昇ったばかりの時間。ありあは小柄な女官に起こされた。

(ねむ……)

 昨日寝付けなかったから……目をこすりながら、ありあは身体を起こした。

まず冷たい水で顔を洗い、運ばれてきた温かいスープを口にした。『清めの儀式』があるため、朝食はスープのみ、と聞いていた。

黙ってスープを飲むありあに、女官が心配そうな瞳を向けた。ご馳走様でした、とありあはスプーンを置いた。


「……こちらのお召し物にお着替えくださいませ、巫女姫様」

 俯いたまま、女官が、折りたたまれた白い布を差し出した。

「……」

 ありあは渡された服、を広げた。白い布で作られた、長袖のワンピース。

(清楚……というか、質素……というか)

 何の飾り気もない。布質は柔らか、だけれど。

(儀式の衣装だから、こんなものかなあ……)

 言われた通り、着替える。緑石のペンダントはそのまま身に付けた。そのペンダントを、女官がじっと見ていた。

「あの……?」

 声をかけると、はっとしたように女官は頭を下げた。

「も、申し訳ございません。あまりに美しい石でしたので……」

 ありあはペンダントを手に持ち、はい、と差し出した。

「み、巫女姫様!?」

 女官の茶色の瞳が大きくなった。

「どうぞ?」

 しばらく女官は固まったまま、だったが、恐る恐るありあの持つ緑石に手を伸ばした。しばらく石を両手でじっと持ち……それから、お辞儀をして、ありあの手に戻した。

再びありあがペンダントを身に付けた時、嗚咽のような声、が聞こえた。

「……っ、下さい……」

「え?」

 ありあは女官を見た。灰色の服を着た彼女の身体が、小刻みに震えていた。

「お逃げ……下さい……」

 逃げろ!? ありあは目を見張った。

「あの……?」

 女官は、涙を湛えた目で、ありあの瞳を真っ直ぐに見た。

「このままでは……記憶を消されて、しまい、ます……」

「!?」

 記憶!? ありあの身体が強張った。

「記憶……を、消す……?」

「は、はい……」

 女官は右手で涙を拭い、両手の指を組んだ。

「巫女姫様が……グランディアで経験された記憶が……邪魔、だと」

「邪魔!?」

 グランディアでの……記憶。それが邪魔!?

「サニリア様は、人の記憶を操る(すべ)をお持ちです。巫女姫様が……そもそもグランディアには行かなかった、この塔でずっとお過ごしだった……そのように塗り替える、と……」


『あなたに私の記憶を移したわ』

 サーリャがそう言った時――確かにいきなり言葉が判るようになってた。あの時は……記憶を足してくれた……けど。塗り替え……られたら。

「全部……忘れる、の……?」

「は、い……」


 ありあは呆然と立ち尽くした。お城の皆――サリやラムダ料理長、ヴェルナ―さんにシャルロッテさん、メアリさんにミーちゃん……侍女や侍従や、兵士たちの顔が次々と浮かんだ。

――そして……背の高い影。


『ありあ』

 ……グラント。今、こんなにもはっきりと思い浮かべられるのに。艶やかな金髪も、銀色の瞳も。大きな手の感触も、低い声も。それが……


……全部、消える?


「い……や……」

 ありあの口から……言葉がこぼれた。

「嫌……だ……」


「……全く、余計な事をしてくれましたね、ヤニカ」

 ヤニカ、と呼ばれた女官とありあは、はっと後ろを振り返った。入り口から、サニリアが白い衣装を着て入って来た。何人かの女官を連れている。

 ヤニカはがたがたと震えながらも、サニリアに向かって叫んだ。

「み、巫女姫様は心のお優しい方です! 母が病で伏せっていた時、このペンダントを貸して下さいました。巫女姫しか触れられない、この貴重な石を」

「……」

 サニリアは黙ったまま、ヤニカを真っ直ぐに見ていた。

(サーリャ!? サーリャが貸したの!?)

 ありあは目を見張ったまま、ヤニカの言葉を待った。

「記憶を消せば、今の巫女姫様は消えてしまいます! お願いです、巫女姫様の優しさを消さないで下さいっ!!」

 ヤニカがサニリアに向かって頭を下げた。

「……言いたい事はそれだけですか」

 サニリアの瞳が冷たく光った。

「この者を塔から追放なさい。二度とレヴァンダの土を踏めぬよう、皇帝陛下に進言します」

「ま、待って!」

 他の女官に連れていかれそうになっているヤニカ。ありあは思わず叫んだ。

「私の事を心配してくれてただけです! それで追放って……!」

 サニリアがありあを見た。

「……巫女姫様が心煩わすことではございません。どうせこの者の事も、お忘れになるのですから」

「!!」

 ありあの顔から血の気が引いた。サニリアはありあを見ても、髪筋一本分も表情を変えなかった。

 サニリアがさっと右手で合図を送った。女官達は頷き、ありあの周りを取り囲んだ。

「失礼致します、巫女姫様」

 女官達がありあの身体を取り押さえた。

「なっ……っ!!」

 ありあは身をよじろうとしたが、両脇から腕を拘束されて、動けない。ゆっくりとサニリアがありあの目の前に立った。

「知らないままの方がよかったとは思いますが……知られてしまった以上、さっさと済ませてしまいましょうか、巫女姫様」

 サニリアが小声で何か、を唱え始めた。彼女の右手が……ぼんやりと金の光を集め始める。

「何をするのっ!!」

 サニリアはそっと右手をありあの額に向けた。

「きゃっ……!!」

 ありあは顔をしかめて、身体を硬直させた。まだサニリアの手に触れられたわけでもないのに、電撃のようなショックが頭を襲った。

「……すぐに終わりますよ、巫女姫様。あなたは『光の巫女』に相応しい記憶と共に、生まれ変わるのです」

 相応しい!? 相応しいって何!?

(グランディアの思い出が……相応しくないって言うの!?)

「そんな……の……」

 サニリアの右手がありあの額に触れた。冷やり、とした感触。

「……!!」

 サニリアが、何か、を唱えた。

「きゃあああっ!!」

 痺れるようなショック。激しい頭痛。全身を焼かれているかのような、感覚。ありあは身をよじった。

 ――何か、が心に入り込んできた。圧倒的な力。怖い。中から食い破られていく。全てが……白、になっていく……!!


「い……」

 ありあの瞳から、涙がこぼれた。目を瞑ったまま、かすれた声で叫ぶ。

「いや……っ……!!」

 ――グラント!!


 ……次の瞬間、緑石が金色に光った。

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