巫女の塔・グランディア城~それぞれの決断
「……何だかもう、訳分かんない……」
真っ暗な中、ベッドの上でありあは一人、ぶつぶつと独り言を言っていた。
サニリアさんから聞いた話をまとめると、こうだった。
その一)サーリャが巫女の塔を出た事を察知したサニリアさんは、彼女を追って塔の外に出た。だからありあとも会っていなかった。
その二)サーリャが巫女の座を降りたことが判明し、サニリアさんは巫女の塔に戻った。その時すでに、ありあはグラントと共にグランディアへ旅立った後だった。
その三)剣技会の噂を聞き、光の巫女がグランディアにいる事を確信したサニリアさんは、グランディアに向かった。
その四)ありあに直接会い、光の力を持つ事を確認したため、巫女の塔に連れ帰った。
……むかって、してきた。
ありあは上掛けをぎゅっと両手で握り締め、頬をぷくっと膨らませた。
(ちょっとぐらい、相談してくれたって……)
勝手に巫女の塔に戻すって決めて。あんなに……辛そうだったのに、何も言わないで。
(全部一人で抱え込まないでよ……グラント)
あの時のグラントの顔を思い出したら……胸が痛くなった。
大体、私の気持ちはどうなるの!? 私だって……
「グラントを護りたいって、思う……のに」
『あなたのお名前は、アーリャ=レヴァンダ=グラディノール。グラント陛下の妹姫にあらせられます』
『グラントの妹姫!? 十年以上前に亡くなったって……』
『ですが、現時点でアーリャ様以外に光の巫女となるべき御方はおられません。巫女の力を有する、という事が、あなたがアーリャ姫である証拠です』
もし……もし、私が……アーリャ、だったら。
「グラント……がお兄ちゃん……になるの……っ!?」
兄妹で結婚って、あり得ないじゃない!! あんなに迫られたし!! キスだってしたし!! もう、倒錯の世界になっちゃうし!! 一体どうしたら……っ!!
枕をばしばし。両足をじたばた。やだやだ、もうーっ!!
(……お、落ち着け、私……)
ぜいぜいと息が荒くなってた。過呼吸になるところだったかも。すう……と大きく息を吸い、一拍止めて、そしてふうう……と吐いた。
(こ、これに関しては、考えたってわからないんだから、ちょっと横に置いておこう、うん)
ありあは何とか、気持ちを立て直した。
「……にしても、これからどうしよう……」
あの様子、だと、もう二度とここから出してはもらえない。
(それは……嫌)
戻るって約束したもの。だから、戻る。グランディアに。皆の所に。グラントの元に。
でも、どうやって?
(馬車で一日半……歩いたらどれくらいかかるんだろう……)
お金も持ってないし、土地勘もない。闇雲に塔から脱出しても、迷子になる可能性が高い。
(……一つだけ、あるけど……)
ここから出る方法。ありあは胸のペンダントを握り締めた。でも……
(もう……帰ってこれないかも、しれない……)
いろいろな事が頭に浮かび、ありあはなかなか寝付けなかった。
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『あなたのありあ、があなたのアーリャなのですよ、グラント陛下』
サーリャの言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。サーリャと伴侶だ、と言っていた青年には、目立たぬよう、使用人の部屋に泊ってもらっていた。
アーリャが……生きていたというだけでも衝撃的だったが、それが……
「……ありあだと?」
俺の心を動かした、俺が感情を露わにした相手は、今まで二人しかいなかった。その二人が同じ人物だった、ということになる。
グラントは王の間の窓から外を見た。細い弓矢のような、銀色の三日月。ありあも今頃見ているのだろうか。
ありあが光の巫女でないなら、巫女の塔から奪ってでも取り返すことは可能だ。だが、巫女の力を持つ事は、もう明らかになっている。
『サニリアは、ありあを手放さないでしょう。今、彼女の他に巫女の力を持つ者がいませんから』
『……お前は?』
グラントの問い掛けに、サーリャはうっすらと頬を赤らめた。隣にいた青年も同様だった。
『私はもう、この人の妻になりました。ですから、巫女の座を降りたのも同じ。サニリアも、私にはもう興味がないでしょう』
そもそもこの娘が、ありあを巻き込んだ張本人だ。そうは思っても、ありあそっくりなサーリャを怒る気にもなれなかった。
(この娘が呼ばなければ……ありあはこの世界には来なかった、わけだからな……)
……ジェラルドは『この事が公になれば大変な事に……っ!』と青ざめていたが……
俺にとっては、ありあがアーリャであろうとなかろうと、さほど問題ではなかった。それより問題なのは……
――サーリャでない、とわかっておきながら、巫女の力をもつありあを連れ帰った、サニリア、だ。
……諦めたつもりだった。会えなくても、生きていてくれればそれでいい、そう思った。だから、手放した。だが……
『グラント、私、戻ってくるから』
ありあの声が聞こえた気がした。
今頃、何を思っているのだろう。巫女の塔で、もう戻れない、と聞いて。驚いているのか、悲しんでいるのか、それとも……。
(……俺に対して、怒っているような、気が……する……)
ふっとグラントは机の上を見た。ありあから預かった紙袋。ゆっくりと手に持ち、袋を開けた。
「……これ、は……?」
腕に付ける小手のような、筒状の編み物。緑色に金色で模様が編み込まれていた。手紙も入っている。
『左腕が冷たくなったら、これをつけて温めて下さい』
たどたどしい文字。グラントは筒に左手を通した。肘から手首まで、すっぽりと隠れた。柔らかくて……温かい感触。ありあが腕を触ってくれているかのような。
「ありあ……」
グラントはもう一つ何か、が入っているのを見つけた。袋に手を入れ、外に出す。
「……!!」
思わず目を見張った。
「これは……!!」
白いレース編みの、ハンカチ。四隅に竜の文様。見覚えが……ある。
「かあ……さま……」
グラントは呆然と呟いた。
『これはね、私のお姉様と対になっているものなの。二つのハンカチの模様を合わせると、聖レヴァンダ皇国の文様になるのよ。ほら、私の竜は左を向いているでしょう? お姉様は右向き。二つを合わせると、双頭の竜になるの』
アーリャが生まれた時……義母が彼女に渡したモノ。それが……ここに、ある。
「ありあ……お前……」
本当に……アーリャ、なのか。失くしたと思っていた、俺の……。
グラントはハンカチを握り締め、目を瞑った。
――再び目を開けた時、その銀の瞳には、今までにない強い何か、が宿っていた。
ありあを……取り戻す。この手の中に。
グラントは踵を返し、王の間から出ていった。




