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グランディア城~出立の時

「アーリャ様……」

 サリが泣きながら、ありあから渡された袋を抱き締めていた。

侍女頭のメアリも他の侍女も、料理長も、侍従も、兵士たちも……皆、馬車の周りに集まり、見送ってくれている。

「道中これをお召し上がりください。王妃様の好きな菓子ばかり、用意しましたから」

 ラムダ料理長が前に進み出て、ありあに大きな手提げ籠を手渡してくれた。大柄な彼の茶色の瞳が、潤んでいた。

「ありがとう……旅が楽しみになったわ。料理長のお菓子、大好きだもの」

 その言葉を聞いた武骨なラムダ料理長が、人目も憚らず、涙を拭った。

ありあは皆を見回した。編み上がった品は、サリに手伝ってもらって袋詰めにし、主だった人達に手渡しした。皆喜んでくれた……けれど。

「皆、そんなに泣かなくても……」

 サリに至っては、ほぼ号泣に近いし。まるで、もう会えないって思われてみたい、とありあは思った。

「サリ、ミーちゃんの世話、よろしくね」

「は、はい……」

 サリが嗚咽を漏らしながら、答えた。


(後は……)

 ありあはお菓子の籠を侍従に渡し、黙って立っているグラントの傍に歩いて行った。ヴェルナー伯爵もグラントのすぐ傍に控えていた。

「グラント。これ……」

 ありあは厚めのコートの下から、袋を取り出した。グラントとヴェルナー伯爵にだけは、まだ渡せていなかった。

 ……グラントが無表情のまま、袋を受け取り、ありがとう、とぽつりと言った。ヴェルナー伯爵に渡すと、彼もお辞儀をし、礼を言った。


 結局、最後までちゃんと話できなかった。だけど……。


 ありあは、グラントの銀の瞳を真っ直ぐに見上げた。

「……グラント。私、さっきグラントに大切なもの預けたの」

 グラントの頬がぴくり、と動いた気がした。

「すごく……大事なものなの。だから……」

 ありあはにっこりと笑って言った。

「……戻ってくるまで、大事に預かっていて?」


 グラントの顔が……一瞬、歪んだ。


「グ、グラントっ!?」

 いきなりグラントに抱き締められていた。息がつまる。

(く、くるし……っ)

 背骨が軋む音がした。

「グ……ラント……、くる……し……」

「……っ……」

 何か、言ってる……?

 ぎゅっと締められた腕が、弛んだ。

「ぷふぁ……」

 ありあは息を吐き出した。い、息止まるところだった……。

「……ありあ」

 思い詰めたような声。ありあは顔を上げ、グラントの瞳を見た。湖面に張った氷が割れるように、今まで何も映っていなかった銀の瞳に、ありあには判らない感情が宿っていた。

「……大切に……する。だから……お前も……」

「……そろそろご出立のお時間です、巫女姫様」

 キンと金属のような声が割り込んできた。ありあが振り返ると、一糸の乱れもない、サニリアが立っていた。 

「はい……今、行きます」

 もう一度グラントを見上げる。

「……行ってきます」

「……元気で」

 グラントがぽつりと言った。ありあは踵を返して、サニリアと共に馬車に向かった。


「行ってきまーす……」

 馬車から手を振る。皆も手を振って応えてくれた。

(グラント……)

 さっき、何を言いかけてたんだろう。

手を振る皆に混じって、じっと立ちつくしているグラントの姿を、ありあは見えなくなるまで、見つめていた。


**********************************************************************


「あの、お菓子、食べます?」

「いえ、結構です」

 きっぱりとした返事。座っていてもサニリアの背筋は真っ直ぐだった。

ありあは、籠の中を見た。

「わあ……」

 思わず頬が緩んだ。焼き菓子を中心に、ありあがよく食べていたお菓子がいっぱい詰まっていた。

その中から、木の実のクッキーを一枚取り出し、一口食べた。さくっとした感触。

「おいしい……」

 ありあは食べながら、そっとサニリアを見た。


 ――昨日、王妃の間を訪れたサニリアは、ありあをまじまじと見た後、すっと頭を下げた。

『お久しぶりにございます、巫女姫様。巫女守のサニリアでございます』

『はい……お久しぶりです……』

 とは言ったものの、サニリアには会った事がなかった。『禊の儀式』の時も、その後もサニリアは姿を見せていなかった。

『巫女姫様、巫女の塔にて清めの儀式を行いましょう。闇に触れたのであれば、その穢れを祓わなければなりません』

 サニリアはてきぱきと仕事を進めていった。サリが『あの御方はやりすぎですわ! アーリャ様はまだ回復されたばかりだと言うのに!』と怒ったぐらいだった。


(うーん……)

 会話、が続かない。ありあはちまちまとクッキーをかじった。

(あまり話しても、サーリャじゃないってばれちゃうし……)

 サニリアは今、本を読んでいた。黒の髪に黒の瞳。陶器のようにきめ細かい肌。

(これってレヴァンダ皇国出身っていうことなのかなあ……)

 グランディアには、黒髪・黒目はほとんどいなかった。金髪、茶髪、赤毛が多かった気がする。

(シャルロッテさんぐらいだよね……)

 ふっとシャルロッテの事を思い出し、ありあは遠い目になった。

(サリに頼んでおいたけど……気に入ってくれたらいいなあ……)


 ありあは馬車の窓から外を見た。どっしりとしたグランディア城が、だんだん遠くなっていく。

(なんだか……)

 さみしい。まるで家を離れるように。

(いつの間にか……家みたいになってた……んだ……)


 ……グラント。私、戻ってくるから。


やっぱり、ちゃんと話してないのに、このまま帰るなんてできない。

 ありあは右手で緑石を握り締めながら、最後に見たグラントの姿、を思い出していた。 


**********************************************************************


 白いドアを開けたシャルロッテは、目を丸くした。

「……今日は大変でしたのね?」

 真っ赤に目を腫らしたサリが、茶色の袋を持って玄関先に立っていた。

 サリは、お辞儀をして、袋を差し出した。シャルロッテはゆっくりと袋を受け取った。

「……アーリャ様からです。貴女に渡してほしい、と」

 袋の中を見たシャルロッテの表情が変わった。右手を入れ、ふわふわしたものを掴んで外に出した。

「これ……は……」

 薄い黄色で編まれた、小さなケープ。留め紐の先にボンボンがついていた。

「……男の子か女の子か判らないから、この色にした、とおっしゃってました。産まれて来る赤ちゃんに、と」

 シャルロッテは黙ったままだった。

「……アーリャ様は、本当に貴女と……やや様の事をご心配されていました。自分がいなくなっても、食事の差し入れは続けて欲しい、と」

 サリがきっと顔を上げて、シャルロッテを真っ直ぐに見た。

「アーリャ様のお頼みですから、きちんと務めは果たします。ですから……」

「……」

「……貴女もどうか、アーリャ様を傷つけないで下さい。お願いいたします」

 サリが頭を下げ、足早に立ち去った。シャルロッテは、ケープを持ったまま、しばらくその場に立ちすくんでいた。


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