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グランディア城~出立二日前

「ふう……」

 ありあは編み棒を膝に置き、んーっと伸びをした。ずいぶん形になって来た。あと少し……かな……。

ソファに座ったまま、ぼーっと窓の外を見る。カーテン越しに蒼い空が見えた。

(こんなにいいお天気なのに……)

 ありあは溜息をついた。


 ……目が覚めてから、今日で五日。最初の頃はベッドから降りるのもよろけていたが、もうすたすたと歩けるようになっていた。

……が。

(この部屋から出してくれない……)

 扉の前に兵士&侍従が常に待機。出ようにも出られない。

『アーリャ様、今はお身体第一にお考え下さい』

 もう治ったって言っても、誰も聞いてくれない。サリもこの件に関しては、ありあの味方をしてくれなかった。

『アーリャ様が目覚めない、と、城中の人間がどれ程心配したと思っているのですかっ!!』

 ……そう言われると、返す言葉がない。

 ありあは手元を見た。あまりに暇だったので、毛糸と編み棒があるかどうかサリに聞いたところ、『あります』とのことで、さっそく取り寄せてもらった。

(編み方は、この世界のとは違うかもしれないよね……)

 心配かけたし、これくらいは……と編み始めたら、結構ハマった。

(巫女の塔に行くまでには、編み終わらないと……)


 ――巫女の塔。ありあの瞳が曇った。

(……どうしよう……)


 ――巫女の塔に行く、という事は、元の世界に戻れる、という事になる。

……帰るつもりだった。魔方陣の間にこのペンダントをかざして。懐かしい、元の場所へ。

(でも……)

 ありあはさっき編み上がったモノ、を見た。


 ……グラント、が変だ。見かけはいつもと同じ、冷静だけど。


『身体の具合はどうだ』

『うん、だいぶ良くなったよ』

『そうか……ゆっくり休んで、早く良くなれよ』

『うん』


 ……ここ数日の会話は、以上、で終わりだった。

毎日来るって言ってたくせに……いや、毎日は来てるけど。でも。

(なんか、よそよそしいっていうか……一線引かれてるっていうか……)

 剣技会の後始末とかがあって、忙しいと聞いていた。だからかなあと思っていたが……明らかに、違う。


 怖かったり、どきどきさせられたりするのも困る……けど。

(今みたいに……避けられてるっぽいのも……)

 何か、気に触るような事したのかなあ、とありあはいろいろ思い返した。

(勝手に剣技会見に行った事? 逃げろ、って言われて逃げなかった事? それとも……)

いくら、うーんと考え込んでも、判らない。

(ヴェルナーさんも何か……態度おかしいし……)

 確かめたくても、話しかけるチャンスがない。王妃の間に閉じ込められてるし。


(こんな気持ちのままじゃ……帰るに帰れないじゃない……)

 ありあはまた深い溜息をつき……想いを振る切るように、編み物を再開した。


**********************************************************************


「……巫女姫様には、まだお会いできないのですか。もうそろそろ、馬車の旅にも耐えられるほどご回復されているのでは?」

 サニリアの声には少し苛立ちが混ざっていた。執務室の机の前に立つ彼女は、まるで巫女の塔の守り神のようにも見えた。

「ようやく回復してきたところだ。無理はさせたくない」

 グラントが冷静に対応した。サニリアの黒い瞳に強い光が宿った。

「……さすがはグランディアの王、というところですか」

 その声には、聞き間違えようもない嘲り、が含まれていた。

「親子揃って盗人猛々しい、とはこのことですわね。前国王に引き続き、陛下までもが巫女姫様をレヴァンダから奪い取るおつもりですか」

「……っ、巫女守と言えども、陛下に対してそのような口のきき方、捨て置けませぬぞ!」

 ヴェルナー伯爵が声を荒げた。普段温厚な彼の顔には、激しい怒りが浮かんでいた。しかし、サニリアの表情は何一つ変わらなかった。

「事実ではありませぬか。グランディア前王妃――ファーニア様は素晴らしい光の巫女であらせられました。それを、前国王ウィリアム陛下が……」

 サニリアの言葉が止まった。執務室を支配する、怖ろしいまでの威圧感。グラントはゆっくりと言った。

「……それ以上申すと言うなら、余も容赦はしない」

 サニリアは深々と頭を下げた。

「……申し訳ございませぬ。巫女姫様を心配するあまり、出過ぎた真似を致しました」

 グラントは何の感情も映っていない瞳のまま言った。

「……もうよい」


 父上が連れ帰った、黒い髪に黒い瞳の優しく微笑む女性。一人きりだった自分に、手を差し伸べてくれた。

『これから、このお城で一緒に暮らしましょう? あなたは私の大切な息子よ』

 そう言って、抱き締めてくれた。初めてだった。そんな優しい言葉をかけてくれた人は。

 ……アーリャが生まれた時も、

『この子を……あなたの妹として、かわいがってあげてね』

 血の繋がらない自分を邪険にしたりしなかった。アーリャに王位継承権がないのも、義母上がそう申し入れたからだ、と後で聞いた。

だから大切にしようと思った。義母上もアーリャも。

だが……。


 グラントはサニリアを真っ直ぐに見た。

「……約束した通り、妃は巫女の塔に行かせる。それを違える事はしない」

 サニリアもまた、じっとグラントの銀の瞳を見つめたが、やがて溜息をついた。

「……承知致しました。では、明日巫女姫様にお会いいたします。よろしいですね?」

 グラントは黙ったまま頷いた。サニリアは、失礼致します、と頭を下げ、執務室から出て行った。


「……陛下。アーリャ様が不審に思われています。なぜ王妃の間から出られないのかと……」

「……だろうな」

 ありあの体調がもう、元の通りになっている、という報告は受けていた。毎日見る顔も、見る見るうちに元気になっていた。おそらく、もうレヴァンダまでの旅にも耐えられるだけの体力はあるのだろう、とグラントは思った。

「……明後日、出立の予定としておいてくれ」

 ヴェルナー伯爵が一瞬顔を歪めたが、すぐに元に戻って頭を下げた。

「……御意。そのように取り計らいます」

「……頼む」

 グラントは椅子にもたれた。どこか遠い目をして、独り言のように言った。


「……王、とはなんだろうな、ジェラルド」

「……」

「地位も名誉も………財力も、他の皆が欲しがるモノは手に入る、というのに……」

「……」

「本当に大切にしたいものは……いつも、この手からすり抜けて、いなくなってしまう……」

「……グラント……」


 俺が王でなければ。一介の農夫だったら。おそらくは光の巫女を妻にしたところで、さほど影響が出るわけではなかっただろう。

 ありあが光の巫女でなければ。普通の娘だったら。王妃になっても、身分違いだと言われるぐらいだっただろう。


 ――俺が王だから。ありあが光の巫女だから。だから……


 グラントはゆっくりと立ち上がった。

「謁見室に行く。今日は誰が来ている」

 ヴェルナー伯爵は、一拍置いた後、謁見者のリストを読み上げた。

「……判った。行くぞ」

 グラントは何の感情も浮かんでいない顔のまま、執務室から出て行った。ヴェルナー伯爵は少し眉をひそめたが、続いて後を追った。

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