グランディア城~王妃の間
「グラ……ント……?」
……黙ったままのグラントに、強く抱き締められていた。
あれ? 私……
ありあはぼーっとした頭で、ただ、されるがまま、になっていた。
「……ありあ」
しばらくの後、グラントが身体を離し、ありあの瞳を覗き込んだ。
「身体は大丈夫か?」
「え……」
そう言えば、だるい気が……する。
「……しんどい……かも」
話すのも億劫だ。身体が重だるい。グラントの腕が支えてくれていなければ、即ベッドに寝たきり状態、になりそうだった。
グラントがゆっくりとありあの身体をベッドに寝かせた。座っているグラントの顔を見上げる。
(あれ……?)
「グラント……何か、あったの?」
グラントの銀の瞳がありあを見る。彼の表情は……変わっていなかった。
「なんか……変……」
「……何も」
ぽつり、と小声で呟いた後、グラントはベッドから立ち上がった。
「サリを呼ぶ。栄養のつくスープを持ってこさせるから、ゆっくり口にしろ」
「う、ん……」
グラントはもう一度、ありあを見下ろし……そのまま王妃の間から出て行った。
ありあは……グラントの背中を目で追いながら、言いようのない違和感、を感じていた。
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「よかったですわ、お目ざめになられて」
「うん……ありがとう」
ありあはサリに、スプーンでスープを食べさせてもらっていた。
「なんだか、小さい子みたい……」
湯気が立ち上るスプーンをふうふうと冷ましているサリを見て、ありあは言った。
「三日も眠ったままでしたのよ? 何も口にされていませんし、身体も衰弱してるのですから。これくらいは甘えて下さいませ」
はい、と差し出されたスプーンを、あーん、と口にする。優しい味が、心まで沁み渡る気がした。
「おいしい……」
「料理長特製スープ、だそうですわ。アーリャ様のためだけに作ったとか」
「そうなんだ……」
後でお礼言いに行かなくちゃ、とありあは思った。
「……そういえば、ミーちゃんは?」
いつもなら、ベッドの上にぴょこんと上がってくるのに、どこにも見当たらない。
「私の部屋にいますわ」
サリが答えた。
「アーリャ様はお疲れですし、邪魔をしないように、と陛下に頼まれましたの」
「疲れてる……って……」
(……何も、覚えてないんだけど……)
確か、闇の中で戦っているグラントの傍に行って……嫌な感じの大きな舌に舐められて……それから?
ありあは自分の胸元を見た。きらり、と光を受けて輝く緑石のペンダント。そっと右手で触ってみる。
(……熱くない……よね……)
あの時、この石は燃えているようだった。今は、ただ、静かに冷たい。
(サーリャが力を込めたって……あれがそうだったのかなあ……)
「さあ、最後の一口ですよ?」
サリの声に、ありあの思考が中断した。
「うん」
ぱくり、とスプーンをくわえた後、ごちそうさまでした、とありあは両手を合わせた。
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「さあ、もうお休みになられて下さいませ。明日はもう少し起きていられると思いますわ」
ありあはゆっくりと身体を横たえた。サリが上掛けを掛け直してくれた。
「……ねえ、サリ。グラントは?」
サリの頬が、ぴくり、と動いた。
「……陛下はヴェルナー伯爵様と執務室におられますわ。仕事で遅くなるから、先に休むように、とのことです」
「そう……」
グラントと話さなきゃいけない気がするのに。何を話すのかも判らないけど……でも。
「おやすみなさいませ、アーリャ様」
「おやすみなさい……」
ありあはゆっくりと目を閉じた。すぐに睡魔が襲ってきた。
グラント……に……。
……ありあの意識はそこで途切れた。
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「……巫女姫様の体調が回復次第、レヴァンダ皇国に向けて出立いたします」
サニリアがグラントに頭を下げた。執務室の大きな机の前に立つ彼女の仕草には、一切の無駄がなかった。
グラントは……何も言わないまま、サニリアを見ていた。その銀の瞳には、何の感情も映っていなかった。
「では、失礼いたします」
サニリアが再びお辞儀をし、執務室から立ち去った。
「……陛下」
ヴェルナー伯爵が気遣うように言った。
「本日はもうお休み下さい。あの日以来、休息を取られていないでしょう」
「……」
グラントはゆっくりと頷き、席を立った。
「……後は頼む」
「はい、お任せ下さい」
頭を下げるヴェルナー伯爵を置いて、グラントは執務室から出て行った。
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「……」
グラントは自分のすぐ傍にある、ありあの顔を見つめた。彼女はまだ本調子ではないせいか、同じベッドにグラントがいることにも気づかず、ぐっすりと眠ったままだった。
両手をありあの枕元につく。そっと顔を近づけても、何の反応も返ってこなかった。
唇を重ねる。柔らかくて、甘くて、優しい感触。
「ん……」
ありあが重ねた唇の下から何かを呟いた。ゆっくりとグラントが唇を離すと、漆黒の瞳がこちらをじっと見上げていた。
「グラント……?」
少しぼんやりした声。潤んだ瞳。上気した頬。思わず抱き締めそうになったが、何とかこぶしを握り締めるだけにすませた。
「ありあ……」
――もし
――もし、今、お前をここで
――俺のものにしてしまえば
――術式は完成し、『お前の力』は封印され
「……これからも、俺の傍に居てくれるのか」
ありあが目を丸くした。
「グラント……どうしたの? なんだか変……」
少し気遣うような黒い瞳。今、そこに『怯え』の色はない。だが……。
グラントは目を瞑り、少し頭を横に振った。そのまま身体を起こし、ベッドに腰掛けた。
……一呼吸置いた後、グラントは右手をありあの頬に当てた。ありあがじっとグラントの銀の瞳を見つめる。
「……『巫女の塔』に行け、ありあ」
「……え?」
ありあの瞳が少し揺れた。
「お前は闇を追い払ったが……身体が衰弱している。聖水で治療してもらった方がいい」
「……巫女の塔……に……?」
戸惑ったような、声。
「塔から迎えが来ている。馬車の旅に耐えられるまで回復したら、出立しろ」
「……」
ありあは黙ったまま、グラントの銀の瞳を見上げていた。
「……ゆっくり休め」
グラントは手を離し、腰を上げた。
「……ん?」
ありあの右手が、グラントのチェニックの裾をぎゅっと掴んでいた。
「……何だ」
「……どうして……」
ありあがぽつり、と言った。
「どうして、グラント、悲しそうなの……?」
言葉に詰まった。今、どんな顔をしているんだ、俺は。グラントは一瞬目を瞑り、ざわめく感情を心の奥に押し籠めた。
「……お前が気に病むことではない。早く……」
かすれた声で、ようやく言葉をつないだ。
「……元気に、なってくれ」
グラントはありあの手を離し、ありあの心配そうな視線から、逃げるように立ち去った。
元気になってほしい。
元気になってほしくない。
俺のものにしたい。
また怯えた瞳で見られたくない。
相反する声が、グラントの心を締め付けた。声達が、ありあに言えない一言を囁く。
――ずっと、
――これからも、ずっと、俺の傍に
グラントはこぶしを握り締め、そのまま王の間へと足早に歩いて行った。




