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グランディア城~王妃の間

「グラ……ント……?」

 ……黙ったままのグラントに、強く抱き締められていた。

 あれ? 私……

 ありあはぼーっとした頭で、ただ、されるがまま、になっていた。

「……ありあ」

 しばらくの後、グラントが身体を離し、ありあの瞳を覗き込んだ。

「身体は大丈夫か?」

「え……」

 そう言えば、だるい気が……する。

「……しんどい……かも」

 話すのも億劫だ。身体が重だるい。グラントの腕が支えてくれていなければ、即ベッドに寝たきり状態、になりそうだった。

 グラントがゆっくりとありあの身体をベッドに寝かせた。座っているグラントの顔を見上げる。

(あれ……?)

「グラント……何か、あったの?」

 グラントの銀の瞳がありあを見る。彼の表情は……変わっていなかった。

「なんか……変……」

「……何も」

 ぽつり、と小声で呟いた後、グラントはベッドから立ち上がった。

「サリを呼ぶ。栄養のつくスープを持ってこさせるから、ゆっくり口にしろ」

「う、ん……」

 グラントはもう一度、ありあを見下ろし……そのまま王妃の間から出て行った。

 ありあは……グラントの背中を目で追いながら、言いようのない違和感、を感じていた。


**********************************************************************


「よかったですわ、お目ざめになられて」

「うん……ありがとう」

 ありあはサリに、スプーンでスープを食べさせてもらっていた。

「なんだか、小さい子みたい……」

 湯気が立ち上るスプーンをふうふうと冷ましているサリを見て、ありあは言った。

「三日も眠ったままでしたのよ? 何も口にされていませんし、身体も衰弱してるのですから。これくらいは甘えて下さいませ」

 はい、と差し出されたスプーンを、あーん、と口にする。優しい味が、心まで沁み渡る気がした。

「おいしい……」

「料理長特製スープ、だそうですわ。アーリャ様のためだけに作ったとか」

「そうなんだ……」

 後でお礼言いに行かなくちゃ、とありあは思った。

「……そういえば、ミーちゃんは?」

 いつもなら、ベッドの上にぴょこんと上がってくるのに、どこにも見当たらない。

「私の部屋にいますわ」

 サリが答えた。

「アーリャ様はお疲れですし、邪魔をしないように、と陛下に頼まれましたの」

「疲れてる……って……」

(……何も、覚えてないんだけど……)

 確か、闇の中で戦っているグラントの傍に行って……嫌な感じの大きな舌に舐められて……それから?


 ありあは自分の胸元を見た。きらり、と光を受けて輝く緑石のペンダント。そっと右手で触ってみる。

(……熱くない……よね……)

 あの時、この石は燃えているようだった。今は、ただ、静かに冷たい。

(サーリャが力を込めたって……あれがそうだったのかなあ……)

「さあ、最後の一口ですよ?」

 サリの声に、ありあの思考が中断した。

「うん」

 ぱくり、とスプーンをくわえた後、ごちそうさまでした、とありあは両手を合わせた。


**********************************************************************


「さあ、もうお休みになられて下さいませ。明日はもう少し起きていられると思いますわ」

 ありあはゆっくりと身体を横たえた。サリが上掛けを掛け直してくれた。

「……ねえ、サリ。グラントは?」

 サリの頬が、ぴくり、と動いた。

「……陛下はヴェルナー伯爵様と執務室におられますわ。仕事で遅くなるから、先に休むように、とのことです」

「そう……」

 グラントと話さなきゃいけない気がするのに。何を話すのかも判らないけど……でも。

「おやすみなさいませ、アーリャ様」

「おやすみなさい……」

 ありあはゆっくりと目を閉じた。すぐに睡魔が襲ってきた。


 グラント……に……。


 ……ありあの意識はそこで途切れた。


**********************************************************************


「……巫女姫様の体調が回復次第、レヴァンダ皇国に向けて出立いたします」

 サニリアがグラントに頭を下げた。執務室の大きな机の前に立つ彼女の仕草には、一切の無駄がなかった。

 グラントは……何も言わないまま、サニリアを見ていた。その銀の瞳には、何の感情も映っていなかった。

「では、失礼いたします」

 サニリアが再びお辞儀をし、執務室から立ち去った。

「……陛下」

 ヴェルナー伯爵が気遣うように言った。

「本日はもうお休み下さい。あの日以来、休息を取られていないでしょう」

「……」

 グラントはゆっくりと頷き、席を立った。

「……後は頼む」

「はい、お任せ下さい」

 頭を下げるヴェルナー伯爵を置いて、グラントは執務室から出て行った。



**********************************************************************


「……」

 グラントは自分のすぐ傍にある、ありあの顔を見つめた。彼女はまだ本調子ではないせいか、同じベッドにグラントがいることにも気づかず、ぐっすりと眠ったままだった。 

 両手をありあの枕元につく。そっと顔を近づけても、何の反応も返ってこなかった。


 唇を重ねる。柔らかくて、甘くて、優しい感触。

「ん……」

 ありあが重ねた唇の下から何かを呟いた。ゆっくりとグラントが唇を離すと、漆黒の瞳がこちらをじっと見上げていた。

「グラント……?」

 少しぼんやりした声。潤んだ瞳。上気した頬。思わず抱き締めそうになったが、何とかこぶしを握り締めるだけにすませた。

「ありあ……」


 ――もし



 ――もし、今、お前をここで



 ――俺のものにしてしまえば



 ――術式は完成し、『お前の力』は封印され



「……これからも、俺の傍に居てくれるのか」


 ありあが目を丸くした。

「グラント……どうしたの? なんだか変……」

 少し気遣うような黒い瞳。今、そこに『怯え』の色はない。だが……。



 グラントは目を瞑り、少し頭を横に振った。そのまま身体を起こし、ベッドに腰掛けた。

 

 ……一呼吸置いた後、グラントは右手をありあの頬に当てた。ありあがじっとグラントの銀の瞳を見つめる。


「……『巫女の塔』に行け、ありあ」

「……え?」

 ありあの瞳が少し揺れた。

「お前は闇を追い払ったが……身体が衰弱している。聖水で治療してもらった方がいい」

「……巫女の塔……に……?」

 戸惑ったような、声。

「塔から迎えが来ている。馬車の旅に耐えられるまで回復したら、出立しろ」

「……」

 ありあは黙ったまま、グラントの銀の瞳を見上げていた。

「……ゆっくり休め」

 グラントは手を離し、腰を上げた。

「……ん?」

 ありあの右手が、グラントのチェニックの裾をぎゅっと掴んでいた。

「……何だ」

「……どうして……」

 ありあがぽつり、と言った。

「どうして、グラント、悲しそうなの……?」


 言葉に詰まった。今、どんな顔をしているんだ、俺は。グラントは一瞬目を瞑り、ざわめく感情を心の奥に押し籠めた。


「……お前が気に病むことではない。早く……」

 かすれた声で、ようやく言葉をつないだ。

「……元気に、なってくれ」

 グラントはありあの手を離し、ありあの心配そうな視線から、逃げるように立ち去った。



 元気になってほしい。


 元気になってほしくない。


 俺のものにしたい。


 また怯えた瞳で見られたくない。



 相反する声が、グラントの心を締め付けた。声達が、ありあに言えない一言を囁く。



 ――ずっと、


 ――これからも、ずっと、俺の傍に



 グラントはこぶしを握り締め、そのまま王の間へと足早に歩いて行った。


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