グランディア城~巫女守
「……申し訳ございません、陛下」
ヴェルナー伯爵が深々と頭を下げた。
「私の力が及ばず、アーリャ様の件が……」
グラントは執務室の机の前に立つ、ヴェルナー伯爵を見上げた。
「お前のせいではない。あの状況では……すぐに噂になってもおかしくはない」
――グランディアの剣技会は、身分に関係なく戦えることもあり、グランディア王国の貴族のみならず、近隣諸国の貴族や、一般兵士達も参加することが多い。いくら緘口令をひいたところで、情報が漏れてしまうことは想像に難くない。ましてや……。
「光の巫女が闇を焼き払った、という内容ではな……」
巫女の塔から外に出ないはずの光の巫女。それがグランディアの王妃になっている。近隣諸国への衝撃は大きかっただろう、とグラントは思った。
実際、グランディアの貴族共からも、ありあの話が出た。
『陛下、これは我が国にとって僥倖に巡り合ったも同じ。光の巫女が王妃、となれば、諸外国への影響は……』
言いかけた家臣を、グラントは玉座から睨みつけた。
『二度とそのような事を口にするな。妃を政に関わらせる事はしない』
『しかし……』
グラントの威圧感に、家臣達は黙り込んだ。冷徹な銀の瞳が光る。
『今度この件を口にした者は、命がないと思え』
『ははっ……』
家臣達は一斉に頭を下げた。
だが……グランディア内部は抑えれられても、外国はそういう訳にいかない。
(ありあ……)
グラントの銀の瞳が曇った。
「アーリャ様のご容態……は……」
グラントは首を横に振った。
「変わらん。一向に目覚める気配、がない」
――あれから、三日、が経とうとしている。侍医長にも、国一番の薬師にも、どうすることもできなかった。
昏々と眠り続けるありあ。このままでは、徐々に身体が衰弱するのを待っているだけだ。
「……陛下。レヴァンダ皇国に助けを求められては。巫女の塔にある、聖水ならば……」
「……」
それも考えた。十分すぎるほどに。だが……。
グラントの瞳に苦悩の影が映った。巫女の塔に知らせるということは、即ち……。
こんこん
ノックの音が執務室に響く。ゆっくりと扉が開き、侍従がお辞儀をした。
「……陛下。聖レヴァンダ皇国の巫女守、サニリア様がお出でになりました。陛下に御目通りを、と」
……来たか。
グラントは立ち上がり、侍従に言った。
「……謁見の間に通せ。すぐに行く」
「かしこまりました」
侍従が再びお辞儀をし、扉を閉めた。グラントはヴェルナー伯爵と共に、謁見室へと向かった。
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「お初にお目にかかります。私は聖レヴァンダ皇国で巫女守をしております、サニリアと申します。以後お見知りおきを」
王座に座るグラントの前で深々と頭を下げる女性。白を基調とした質素な服装。黒い髪を後ろで束ねた女性が顔を上げた――強い意志を秘めた、漆黒の瞳。彫刻のような白い顔。
謁見の間にいるのは、グラントとヴェルナー伯爵、そして巫女守のサニリアだけだった。他の家臣達は全て下がらせておいた。
「単刀直入に申し上げましょう、グラント陛下」
冷静な声。聞くだけで有能さがうかがえた。
「……巫女姫様を、聖レヴァンダ皇国にお返し下さい」
玉座の肘掛に置いたグラントの右手に力が入った。
「……断る」
銀の瞳が真っ直ぐに黒い瞳を射抜いた。
「余が妃を手放す、とでも?」
サニリアは少し眉をひそめた。
王座近く、グラントの右斜め前で控えているヴェルナー伯爵の表情も硬かった。
サニリアは溜息をつき、話を続けた。
「光の巫女は、巫女の塔から外に出ることは許されません。過去の巫女姫様達は、すべて『巫女の力』を封印してから降嫁されておられます。巫女の力――ましてや『金の炎』を駆使する力の持ち主が塔を出るなど、あってはならないことです」
「……」
グラントは黙ったまま、サニリアの話を聞いていた。
「何のために、巫女姫様が俗世間と関わらず、塔の中で過ごされていたとお思いですか。『光の巫女』の力を、国と国との争いに利用されぬように、です」
「……」
「巫女の力を利用しようとする輩は、何時の時代にも存在しました。『巫女の力』を悪用し、全世界を手に入れようと企んだ狂王ガイムの一件がきっかけとなり、巫女の塔は設立されました。あの塔には幾重にも結界が張られています。あの中であれば、巫女姫様の力が暴走することもありませぬ」
「……」
サニリアがグラントを睨み上げた。
「『光の巫女』が特定の国に深く関わる――王妃となっておられるなど前代未聞です。……例えあなたにその気はなくとも、巫女姫様を利用しようとする家臣はおられたでしょう、陛下?」
「……」
「そもそも、巫女姫様がグランディアに嫁がれたのは、あなたが原因であらせられましたね? 『禊の儀式』を中断させて」
「……」
「『儀式の途中で触れた相手に嫁がねばならない。さもなくば、死を』」
サニリアが、グラントとありあが出会った時、侍女が言った言葉を使った。
「……あの言葉の意味は、儀式を完成できなかったのであれば、巫女に待つものは、死、という事です。中断させた相手には、『禊の儀式』で使用した術式が移ります。婚姻関係を結ぶことで、一応術式は完成し、巫女の力は封印されるはずでした」
「……」
「ですが……婚姻関係を結んでもなお、力を使えるのであれば、歴代稀にみる力の持ち主、ということになります。そのような巫女姫様を塔の外に出すわけには参りませぬ」
「……妃は渡さぬ」
グラントの言葉に、サニリアの黒い瞳に違う色が差した。
「……巫女姫様はあの日以来、目覚めぬまま、とお聞きいたしましたが?」
ピクリ、とグラントの身体が動いた。
「ここに……」
サニリアは、白いドレスのポケットから、青い小瓶を出してグラントに見せた。
「……聖水がございます。これを飲ませば、巫女姫様の意識は戻るでしょう」
「それは……」
ヴェルナー伯爵が思わず上げた声に、サニリアはちらりと横目で彼を見たが、そのままグラントの瞳をじっと見た。
「この聖水と引き換えに、巫女姫様をお返し下さい」
「……」
ヴェルナー伯爵の顔から血の気が引いた。
「……これがなければ、巫女姫が死ぬ、と判っていて……」
かすれたヴェルナー伯爵の声にも、サニリアは冷静だった。
「……ええ」
「巫女姫様が巫女の塔にお戻りにならないのであれば……世に混乱を及ぼさないよう、死、あるのみ。それが巫女の塔の掟なのです」
自分を見つめる迷いのない黒い瞳。グラントはしばらく、身じろぎ一つしなかった。
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「ありあ……」
グラントはベッドに腰掛け、すやすやと眠るありあの顔を覗き込んだ。全く動かない身体。
ありあと二人きりにしてくれ、というグラントの願いを聞いたサリは、何も言わず王妃の間を辞してくれた。
ありあが文様を消した、と言った時から、こうなるかもしれない、とは思っていた。巫女の力を有するありあを、レヴァンダ皇国は野放しにしないだろう、と。
グラントは唇を噛んだ。自分の迷い、が、ありあの身体を衰弱させた。
アーリャには何もできなかった。だが……
(まだ……間に合う……)
グラントは右手に握った、青い小瓶を見た。蓋を開け、聖水を口に含む。
ありあの上半身を左腕で支え、口移しで聖水を飲ませた。ありあの唇から、聖水が少しこぼれた。
こくん……
ありあの喉が動いた。グラントは唇を離し、ありあの唇を手で拭いた。
ありあの身体が、ぼうっと金の光に包まれた。真っ白だった頬に、赤みが戻ってきた。ありあのまつ毛が、少し揺れ……そして、閉じられたままだった瞼が動いた。
ゆっくりとありあは目を開け……グラントを捉えた。
「グラ……ント……?」
……グラントは黙ったまま、ありあの身体を強く抱き締めた。




