グランディア城~黒き霧の中
「くっ……!」
グラントが剣で黒き霧を薙ぎ払う。剣筋の通った所から、闇の気配が消えた。
周囲を覆う黒い霧。人の身体から光を奪い、死に至らしめる。
――この中で戦い続ける事はできない。やはり……
「依り代を破壊する以外に……ないか……」
グラントは闇の中央にいる、男を見た。虚ろな瞳。おぼつかない足取りで、剣を振りまわしている。身体から闇の気配が漏れ出ていた。
――憑りつかれた男には既に、心、がない。
グラントは剣を構えた。呼吸を整える。銀の瞳が男を捉えた。
「はぁっ……!!」
一気に間合いを詰め、手にした剣で男の左胸を全力で突き刺した。ぐにゃり、とした嫌な感触がした。
「ぐがぁぁぁぁぁぁあああああっ……!!」
男の口から、黒い霧が湧き出してきた。剣が刺さった傷口から、黒い血が滲み出た。
ぐっと力を込め、剣を引き抜く。男の身体がぐらりと揺れ、石畳の上に座り込んだ。胸の傷から、真っ黒な血の塊が、ぼたりぼたりと落ちた。
そのまま音もなく、男が崩れた。身体が……あっという間に霧散する。残ったのは、血まみれの剣と鎧、のみ。
グラントは長く息を吐いた。
――次の瞬間
「……ぐぁ……っ!!」
左腕を激痛が襲った。思わず膝をつく。剣を置き、右手で左腕を抑える。
(……闇に接しすぎ……たか……っ)
息が荒くなる。左袖をまくる。浮き出ている黒い文様。
「……っ!」
苦痛で薄れた意識に、異質な声、が割り込んできた。
『……よい様よの、『魔王』ともあろう者が』
顔を上げ、周囲を見る。誰もいない。あるのは、ただ……黒い霧、のみ。
『王妃は……いただいていく』
「!?」
グラントは目を見開いた。よろめきながらも、剣を構えて立ちあがる。
「何者だ!!」
先程男が消えた地面から……ゆらりと黒い影が現れた。
影の中に……大きく歪んだ笑みを浮かべる、赤い口、があった。長い舌が唇の上で、厭らしくうねっていた。
『光の巫女……力がなくとも、そのカラダは役に立つ……』
何だと!? グラントの目の前が真っ赤に染まった。
「貴様……!!」
グラントが剣で薙ぎ払おうとしたのと同時に、何か、が両手両足に巻き付いてきた。
「!?」
黒い気配が纏わりつく。振り解こうにも、身体が動かない。熱が……奪われていくのが、判る。
『……王妃に執着している、という話は本当らしいな。こんな他愛ないワナに引っかかるとは』
「く……」
薄れていく意識を集め、口を睨みつける。
『お前は……邪魔、だ』
「……っあ!!」
全身を耐えがたい痛み、が襲う。びりびりと腕が震える。左腕は……もう感覚すら、ない。
『……死ね』
長い舌が触手のように、グラントに絡みつき、舐めまわした。大きな口がにやり……と笑い、グラントを飲み込もうと大きく開いた。
「く……!!」
次の瞬間、グラントが聞きなれた声、がした。
「……グラントっ!!」
口の動きが止まった。グラントが顔を声のした方を向く。
目に映ったのは……黒い霧を撥ね退け、息を切らせながら、こちらに駆け寄ってくる、黒い髪の少女。
(な……に!?)
巻き付いていた舌が、口の中に戻った。
「グラント!」
一瞬呆然としていたグラントは、思わずありあに向かって叫んだ。
「何をしている! 早く逃げろ!」
「嫌っ!!」
ありあがグラントと闇の口の間に割り込んだ。両手を広げて、グラントを庇う。
「退け!」
「嫌!」
この馬鹿っ……!
グラントは歯ぎしりした。
『ほう……これはこれは、巫女姫様が直々にいらっしゃるとは』
おぞましい声に、ありあの身体がぴくり、と震えた。口がにたりと歪む。舌が伸び……べろり、とありあの首を舐めた。
「い……っ!!」
ありあが身をすくめた。グラントが叫ぶ。
「ありあに触るな!!」
くっくっく……と低い声が笑う。
『……いい味だ。ここでこの男を殺せば、あなたの血肉も更に美味しい味になるのでしょうね……』
「ぐあっ!!」
身体に雷が落ちたかのような衝撃。闇が……グラントの心をも浸食しようとしていた。
「グラント!?」
ありあの声が遠く聞こえた。
く……そ……意……識が……
「グラントっ!!」
左腕に柔らかな感触。ふっ……と痛みが和らぐ。
ありあがグラントの左腕に抱きついて、いた。
「もう……」
「もう……」
ありあがぎゅっと目を瞑り、驚くほど大きな声で叫んだ。
「……これ以上、グラントを傷つけないでっ!!」
その刹那――ありあの胸元で光が瞬いた、かと思うと
……全てが、金の光に包まれた。




