グランディア城~試合場
「……こうなる予感はしていましたが……」
ヴェルナー伯爵が呟いた。決勝戦。赤方がグラントで……白方がリカルド、だった。
「どちらもすごかったけど……」
ありあは試合場を凝視した。二人が近くに立つと、髪の色だけではどちらがどちらか、判別がつきにくい。
(背の高さもほぼ同じ……違うのって、目の色ぐらいかなあ……)
グラントは短時間で次々と勝ち進んでいった。向かい合ったグラントの威圧感に、「ま、参った!」と剣を交える前に降参した人もいた。
(身のこなしが野生動物みたいで……隙がない……よね)
一方リカルドの方は、迫力と言うよりは、華麗、の一言がぴったりだった。まるで舞っているかのような身のこなし。思わず見とれてしまった。
「グラントとリカルドさんは、試合したことはあるの?」
ありあの問いに、ヴェルナー伯爵が答えた。
「……ええ。昔の事ですが」
しぶり顔。ヴェルナーさんはリカルドさんの事、あまりよく思っていないのかも、とありあは思った。
「赤方、白方、前へ!」
審判の声に、二人が向かい合う。剣を確認する儀式を行い、間合いをとって剣を構える。
「うわ……」
こんな離れた場所からでも、分かる。立ち昇るような覇気。周囲の見物客も、二人の気合いに圧されたように、じりじりと後ろに下がった。
審判が右手を上げ――一気に下ろした。
「――始めっ!!」
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「……っ!!」
思わず息をのむ。瞬きする暇もない。
剣と剣がぶつかる音。火花が飛び散る。つば競り合いも、瞬時に離れて間合いを取るタイミングも、互角、だ。
グラントが一歩踏み込んで、剣を払う。リカルドがするり、と身をかわして横手から反撃する。グラントのわき腹を剣先がかすめた、かと思うと、リカルドの髪が幾筋か切れた。
(す、すご……い……)
周囲も静まり返っている。試合場に響くのは、甲高い金属音と二人の息遣いのみ。
リカルドが振り下ろした剣をグラントが受け止める。一瞬、グラントの顔が歪んだ、ように見えた。リカルドの剣を振り払い、グラントが間合いを取りなおす。
さっきより、剣さばきが鈍くなってる!?
(まさか……左腕……!)
ありあはグラントの左腕を見た。血が滲んでは……いないようだけど……。
リカルドは肩で息をしていた。グラントも流れ落ちる汗をぬぐう暇もないようだ。
グラントがバランスを崩し、左側に一歩踏み出した。その隙にリカルドが大きく踏み出し、剣をグラントの左腕めがけて突き刺してきた。
「グラント……っ!」
思わず声が出た。
キン……と高い金属音。グラントが左膝をついて、腕を大きく振り払っていた。リカルドの剣が、空を舞い、審判の近くに落ちた。
「勝者、赤!」
湧き上がる歓声とどよめき。グラントは立ち上がり、リカルドと握手を交わしていた。
「よかった……」
ありあは、ほっと溜息をついた。ヴェルナー伯爵が、頷きながら言った。
「だから申し上げたでしょう? 陛下の腕は確かですから」
「うん……」
グラントがありあの方を見上げ、右手を上げた。ありあも手を振ってグラントに応えた。
「さあ、表彰ですよ? 勝利の女神様」
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「……ここに栄誉を讃え、勝利の冠を授けることとする」
審判の言葉と共に、ありあが月桂樹の冠を両手に持ち、前に進み出た。目の前に跪いているグラントの頭に冠を載せる。大きな拍手が会場から起こった。
グラントは立ち上がり、ありあの右手を取った。
「お疲れ様、グラント」
ありあがそう言うと、グラントは自然に微笑んだ。
「お前からの冠を他の男に取られる訳にはいかないだろう」
ありあの耳元で、グラントが囁く。ありあの頬が熱くなった。ヴェルナー伯爵が歩み寄って来て、グラントとありあの月桂樹の冠を受け取った。
兵士たちも見物客も、帰り支度を始めた。
ちり……
(え?)
微かな違和感。ありあは胸元を見た。サーリャから貰った、大きな緑石のペンダント。
(……今……熱くなったような気が……)
右手で石を握る。ほんのり感じる温度。
「……ありあ、どうした?」
ありあの様子を見たグラントが話しかけて来た。
「あのね、グラント……」
ありあの言葉が途切れた。はっと振り返ったグラントが、ありあを抱えて右横に飛んだ。
「きゃ……っ!!」
石畳の上を転がった。身体に衝撃がかかる。グラントが身体ごとかばってくれたおかげで、ありあはかすり傷一つ負わなかった。
「あ、あれ、なにっ!?」
ありあ達がいた場所に、大きな刃の剣が突き刺さっていた。グラントが立ちあがる。ありあも続いて立ちあがった。
「ぎゃああああぁぁぁあっ!!」
悲鳴!? グラントがありあを自分の後ろに回し、悲鳴が上がった方を見た。
「何っ!?」
グラントの背中が緊張する。
「陛下!!」
ヴェルナー伯爵がグラントに剣を渡し、二人の前に立って剣を構えた。ありあを護るように立つ、二人の間から見えた光景に、ありあは大きく目を見開いた。
「あ……」
一人の男が、だらり、と力が抜けたような恰好のまま、ありあ達の方に向かって歩いていた。右手に持った剣からは――血が滴り落ちていた。朱に染まり、石畳に倒れ込む人々。
「ぐ、ぐがぁぁぁぁぁあ……」
断末魔のような叫び声。目が……ガラスのように虚ろだった。他の参加者が近寄ったが、男が手をさっと振り払っただけで何人もの猛者が吹き飛んだ。
さっき参加してた……ベスト4の人!? 雰囲気が全然違う。禍々しいオーラが彼の全身を覆っていた。黒い霧が、彼の身体から立ち昇った。
周囲にいた人たちが、喉を掻き毟りながら倒れていく。その上を、黒い霧が覆っていき、身体が黒く染まっていく。
「な……っ!?」
ありあは身体を強張らせたまま、立ちすくんでいた。
「……闇の眷属、だ」
グラントが振り返って静かに告げた。ありあを見た銀の瞳には――強い決意が宿っていた。
(あ、あれが!? グラントを襲ったっていう!?)
「……ヴェルナー、ありあを頼む」
「承知いたしました」
「グラント!?」
「あれは……俺が仕留める」
グラントが呟いた。剣を構え、男の意志のない瞳を真っ直ぐに見た。
「アーリャ様、こちらへ!」
ヴェルナー伯爵に手をひかれ、ありあは後ろに下がったが、そこで立ち止まった。
「アーリャ様、早く……!」
「わ、私、ここにいます!」
ヴェルナー伯爵の緑の瞳に動揺が走った。
「何をおっしゃいますか! 早く安全な所に……」
「グラントが心配なのっ!」
ありあはグラントの方を見た。今は平気そうだけど……。
(また左腕に文様が浮かびあがったら……!)
「陛下の腕前は先程ご覧になられたでしょう!? アーリャ様がおられた方が、陛下が戦いに専念できません」
「でも……っ!」
ヴェルナー伯爵に半ば抱きかかえられるようにして、ありあが広場から出ようとしたその時――目の前に黒い影が現れた。
「ちっ……!」
ありあを背中に回し、ヴェルナー伯爵が踏みこんで影に切り付けた。影は横真っ二つに割れたが、またゆらりと元に戻った。
じりじりと影が迫る。ヴェルナー伯爵はありあを庇いながら、少しずつ間合いを取った。
『……巫女……ノ血……』
え!? ありあの顔から血の気が引いた。今、巫女って言った!?
『ヨコセ……』
影からいくつもの手が伸び、ありあに迫った。ヴェルナー伯爵が薙ぎ払う。影がまた揺らめく。
「キリがない……っ!」
ありあは辺りを見回した。黒い影が試合場全体を覆おうとしている。
影の中心は――
「グラント……っ!」
一瞬の隙に、黒い手がありあに巻き付いた。
「きゃ……!!」
「アーリャ様!?」
ヴェルナー伯爵が駆け寄ろうとしたが、別の影に行く手を阻まれた。
冷たい感触。ぞわりぞわりと背筋を這う嫌悪感。身体の全てが奪われていくような、感覚。
「いや……!」
剣筋が光り、闇の手が切り裂かれた。ありあの身体が解放される。ふらっとよろめいた。
「……アーリャ様、ご無事ですか!?」
「リカルドさん!?」
剣を構えたリカルドが、ありあに叫んだ。
「ここは危険です。早く……!」
「で、でも……」
壁際はすでに闇の手が蠢いている。入り口も塞がれて、袋の鼠だ。
(逃げる場所なんて……っ)
それに。
(あの影……巫女って……私の事!?)
私を狙って……みんな酷い目に……!?
どうしたらいいの……っ!?
立ちすくむありあの耳に、試合場の中央から、怒涛のような叫び声が聞こえた。
「グラント!?」
試合場の中央の闇が、濃くなった。グラントの姿が見えない。
「あの中で戦えるのは、陛下だけです」
リカルドが剣を構えたまま、横目で中央を見て言った。
「あの闇は人の心と身体を蝕みます。通常の人間ならば、あの中に立つだけでもがき苦しみ、絶命するやも知れません」
「え!?」
ありあの顔が強張った。
「陛下は……闇と対等に戦える、唯一の御方、です。一度闇に襲われた時に受けた傷――あれが、陛下を常に闇にさらしているのと同時に、闇への耐性をもつけているのです」
「あ……」
あれだけグラントを苦しめている闇の文様。それがグラントを闇と戦える戦士にしている。
(で、でも……グラントは……っ)
――あの中で、たった一人。たった一人で戦ってる。
「……っ!?」
胸が熱い。緑石が……光ってる!?
――行け
声が、聞こえた。
ありあは一瞬目を瞑り、そして開けた。ぎゅっと右手で緑石を握り締める。
「アーリャ様っ!?」
リカルドが叫ぶ。ヴェルナー伯爵も蒼白な顔をありあに向けた。
――ありあは、試合場の中央に向かって、全速力で走り出した。




