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グランディア城~試合場

「……こうなる予感はしていましたが……」

 ヴェルナー伯爵が呟いた。決勝戦。赤方がグラントで……白方がリカルド、だった。

「どちらもすごかったけど……」

 ありあは試合場を凝視した。二人が近くに立つと、髪の色だけではどちらがどちらか、判別がつきにくい。

(背の高さもほぼ同じ……違うのって、目の色ぐらいかなあ……)

 グラントは短時間で次々と勝ち進んでいった。向かい合ったグラントの威圧感に、「ま、参った!」と剣を交える前に降参した人もいた。

(身のこなしが野生動物みたいで……隙がない……よね)

 一方リカルドの方は、迫力と言うよりは、華麗、の一言がぴったりだった。まるで舞っているかのような身のこなし。思わず見とれてしまった。

「グラントとリカルドさんは、試合したことはあるの?」

 ありあの問いに、ヴェルナー伯爵が答えた。

「……ええ。昔の事ですが」

 しぶり顔。ヴェルナーさんはリカルドさんの事、あまりよく思っていないのかも、とありあは思った。

「赤方、白方、前へ!」

 審判の声に、二人が向かい合う。剣を確認する儀式を行い、間合いをとって剣を構える。

「うわ……」

 こんな離れた場所からでも、分かる。立ち昇るような覇気。周囲の見物客も、二人の気合いに圧されたように、じりじりと後ろに下がった。


 審判が右手を上げ――一気に下ろした。

「――始めっ!!」


**********************************************************************


「……っ!!」

 思わず息をのむ。瞬きする暇もない。

剣と剣がぶつかる音。火花が飛び散る。つば競り合いも、瞬時に離れて間合いを取るタイミングも、互角、だ。

グラントが一歩踏み込んで、剣を払う。リカルドがするり、と身をかわして横手から反撃する。グラントのわき腹を剣先がかすめた、かと思うと、リカルドの髪が幾筋か切れた。

(す、すご……い……)

 周囲も静まり返っている。試合場に響くのは、甲高い金属音と二人の息遣いのみ。

 リカルドが振り下ろした剣をグラントが受け止める。一瞬、グラントの顔が歪んだ、ように見えた。リカルドの剣を振り払い、グラントが間合いを取りなおす。

さっきより、剣さばきが鈍くなってる!?

(まさか……左腕……!)

 ありあはグラントの左腕を見た。血が滲んでは……いないようだけど……。

リカルドは肩で息をしていた。グラントも流れ落ちる汗をぬぐう暇もないようだ。

グラントがバランスを崩し、左側に一歩踏み出した。その隙にリカルドが大きく踏み出し、剣をグラントの左腕めがけて突き刺してきた。

「グラント……っ!」

 思わず声が出た。


 キン……と高い金属音。グラントが左膝をついて、腕を大きく振り払っていた。リカルドの剣が、空を舞い、審判の近くに落ちた。


「勝者、赤!」


 湧き上がる歓声とどよめき。グラントは立ち上がり、リカルドと握手を交わしていた。


「よかった……」

 ありあは、ほっと溜息をついた。ヴェルナー伯爵が、頷きながら言った。

「だから申し上げたでしょう? 陛下の腕は確かですから」

「うん……」

 グラントがありあの方を見上げ、右手を上げた。ありあも手を振ってグラントに応えた。

「さあ、表彰ですよ? 勝利の女神様」


**********************************************************************


「……ここに栄誉を讃え、勝利の冠を授けることとする」

 審判の言葉と共に、ありあが月桂樹の冠を両手に持ち、前に進み出た。目の前に跪いているグラントの頭に冠を載せる。大きな拍手が会場から起こった。

グラントは立ち上がり、ありあの右手を取った。

「お疲れ様、グラント」

 ありあがそう言うと、グラントは自然に微笑んだ。

「お前からの冠を他の男に取られる訳にはいかないだろう」

 ありあの耳元で、グラントが囁く。ありあの頬が熱くなった。ヴェルナー伯爵が歩み寄って来て、グラントとありあの月桂樹の冠を受け取った。

兵士たちも見物客も、帰り支度を始めた。


 ちり……


(え?)

 微かな違和感。ありあは胸元を見た。サーリャから貰った、大きな緑石のペンダント。

(……今……熱くなったような気が……)

 右手で石を握る。ほんのり感じる温度。

「……ありあ、どうした?」

 ありあの様子を見たグラントが話しかけて来た。

「あのね、グラント……」

 ありあの言葉が途切れた。はっと振り返ったグラントが、ありあを抱えて右横に飛んだ。

「きゃ……っ!!」

 石畳の上を転がった。身体に衝撃がかかる。グラントが身体ごとかばってくれたおかげで、ありあはかすり傷一つ負わなかった。

「あ、あれ、なにっ!?」

 ありあ達がいた場所に、大きな刃の剣が突き刺さっていた。グラントが立ちあがる。ありあも続いて立ちあがった。

「ぎゃああああぁぁぁあっ!!」 

悲鳴!? グラントがありあを自分の後ろに回し、悲鳴が上がった方を見た。

「何っ!?」

 グラントの背中が緊張する。

「陛下!!」

 ヴェルナー伯爵がグラントに剣を渡し、二人の前に立って剣を構えた。ありあを護るように立つ、二人の間から見えた光景に、ありあは大きく目を見開いた。

「あ……」


 一人の男が、だらり、と力が抜けたような恰好のまま、ありあ達の方に向かって歩いていた。右手に持った剣からは――血が滴り落ちていた。朱に染まり、石畳に倒れ込む人々。

「ぐ、ぐがぁぁぁぁぁあ……」

 断末魔のような叫び声。目が……ガラスのように虚ろだった。他の参加者が近寄ったが、男が手をさっと振り払っただけで何人もの猛者が吹き飛んだ。

さっき参加してた……ベスト4の人!? 雰囲気が全然違う。禍々しいオーラが彼の全身を覆っていた。黒い霧が、彼の身体から立ち昇った。

周囲にいた人たちが、喉を掻き毟りながら倒れていく。その上を、黒い霧が覆っていき、身体が黒く染まっていく。

「な……っ!?」

 ありあは身体を強張らせたまま、立ちすくんでいた。

「……闇の眷属、だ」

 グラントが振り返って静かに告げた。ありあを見た銀の瞳には――強い決意が宿っていた。

(あ、あれが!? グラントを襲ったっていう!?)

「……ヴェルナー、ありあを頼む」

「承知いたしました」

「グラント!?」

「あれは……俺が仕留める」

 グラントが呟いた。剣を構え、男の意志のない瞳を真っ直ぐに見た。

「アーリャ様、こちらへ!」

 ヴェルナー伯爵に手をひかれ、ありあは後ろに下がったが、そこで立ち止まった。

「アーリャ様、早く……!」

「わ、私、ここにいます!」

 ヴェルナー伯爵の緑の瞳に動揺が走った。

「何をおっしゃいますか! 早く安全な所に……」

「グラントが心配なのっ!」

 ありあはグラントの方を見た。今は平気そうだけど……。

(また左腕に文様が浮かびあがったら……!)

「陛下の腕前は先程ご覧になられたでしょう!? アーリャ様がおられた方が、陛下が戦いに専念できません」

「でも……っ!」

 ヴェルナー伯爵に半ば抱きかかえられるようにして、ありあが広場から出ようとしたその時――目の前に黒い影が現れた。

「ちっ……!」

 ありあを背中に回し、ヴェルナー伯爵が踏みこんで影に切り付けた。影は横真っ二つに割れたが、またゆらりと元に戻った。

じりじりと影が迫る。ヴェルナー伯爵はありあを庇いながら、少しずつ間合いを取った。


『……巫女……ノ血……』

 え!? ありあの顔から血の気が引いた。今、巫女って言った!?

『ヨコセ……』

 影からいくつもの手が伸び、ありあに迫った。ヴェルナー伯爵が薙ぎ払う。影がまた揺らめく。

「キリがない……っ!」

 ありあは辺りを見回した。黒い影が試合場全体を覆おうとしている。

影の中心は――

「グラント……っ!」

 一瞬の隙に、黒い手がありあに巻き付いた。

「きゃ……!!」

「アーリャ様!?」

 ヴェルナー伯爵が駆け寄ろうとしたが、別の影に行く手を阻まれた。

 冷たい感触。ぞわりぞわりと背筋を這う嫌悪感。身体の全てが奪われていくような、感覚。

「いや……!」


 剣筋が光り、闇の手が切り裂かれた。ありあの身体が解放される。ふらっとよろめいた。


「……アーリャ様、ご無事ですか!?」

「リカルドさん!?」

 剣を構えたリカルドが、ありあに叫んだ。 

「ここは危険です。早く……!」

「で、でも……」

 壁際はすでに闇の手が蠢いている。入り口も塞がれて、袋の鼠だ。

(逃げる場所なんて……っ)

 それに。

(あの影……巫女って……私の事!?)

 私を狙って……みんな酷い目に……!?

どうしたらいいの……っ!?


 立ちすくむありあの耳に、試合場の中央から、怒涛のような叫び声が聞こえた。

「グラント!?」

 試合場の中央の闇が、濃くなった。グラントの姿が見えない。

「あの中で戦えるのは、陛下だけです」

 リカルドが剣を構えたまま、横目で中央を見て言った。

「あの闇は人の心と身体を蝕みます。通常の人間ならば、あの中に立つだけでもがき苦しみ、絶命するやも知れません」

「え!?」

 ありあの顔が強張った。

「陛下は……闇と対等に戦える、唯一の御方、です。一度闇に襲われた時に受けた傷――あれが、陛下を常に闇にさらしているのと同時に、闇への耐性をもつけているのです」

「あ……」

 あれだけグラントを苦しめている闇の文様。それがグラントを闇と戦える戦士にしている。

(で、でも……グラントは……っ)

 ――あの中で、たった一人。たった一人で戦ってる。


「……っ!?」

 胸が熱い。緑石が……光ってる!?


 ――行け


 声が、聞こえた。


 ありあは一瞬目を瞑り、そして開けた。ぎゅっと右手で緑石を握り締める。

「アーリャ様っ!?」

 リカルドが叫ぶ。ヴェルナー伯爵も蒼白な顔をありあに向けた。


 ――ありあは、試合場の中央に向かって、全速力で走り出した。

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