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巫女の塔~サーリャとの約束

「……」

 なにか……聞こえる……。

ありあは、ゆっくりと、目を開けた。真っ先に目に入ったのは、石造りの天井。ぼーっとしたまま、声のした右側に視線を移した。

「……!」

(あ……れ……?)

 自分を覗き込んでいる、黒いフードを被った誰か。

(私……?)

 緑色の影……がせまってきて……

ありあはがばっと起き上った。

「バ、バスが……っ……って……?」

言葉が途中で途切れた。床についた両手が冷たい。石……の感触。

 ……ここ、どこ? 

 ありあは呆然、とした。どう見ても、いつものバス停……じゃない。石でできた部屋。遺蹟で見るような柱が自分の周りに等間隔で立っていた。

(写真で見た、中世のお城っぽい感じ……?)

ありあの頭が疑問符でいっぱいになった時、誰か、が目の前にしゃがみ込んで、また話しかけて来た。

「○☆♯◆◎*★!?」

「えええっ!? 何語っ!?」

 日本語じゃない。英語でもない。ぜんぜん意味が判らな……

 誰か、が両手でありあの頬を挟んだ。そのまま、自分の額とありあの額をくっつける。そして、何か、を囁いた。

「きゃっ……!?」

 思わずありあは悲鳴を上げて、身体を逸らした。両手で頭を抱える。頭の中を電撃が走ったみたいなショック。


「……これで、私の言ってる事は判るかしら?」

 誰か、がそう言った。

「え!?」

 ありあはまだ痛む頭を上げた。おでこがひりひりする……。

「あなたに、私の記憶を写したわ。これで基本的な知識は身についていると思うけれど」

 記憶を写す!?

「そ、そんな便利な機能があるのっ!?」

(今度の期末テストの前に、是非とも学年一番の田代君の記憶を……って、違う!)

 そんな事考えてる場合じゃなかった。ありあは目の前の誰か、を見た。声からすると女性だ。自分と同じくらいの背格好。


「……私は、サーリャ。サーリャ=レヴァンダ。聖レヴァンダ皇国の第一皇女にして、『光の巫女』」

 巫女……?

「私……北野ありあ、と言います……普通の高校三年生……」

「ありあ……?」

 しばらく、サーリャは黙ったまま、だった。

「……アーリャ、って呼んでもいいかしら?」

「え……、う、うん……」

(こちらの読み方だとそうなるのかなあ……)

「……私が、あなたを呼んだの。この世界に」

「え!?」

 ありあは目を見開いた。

「『我が分身よ、我が元へ……』、そう願った通り、だったわ」

 そう言うと、サーリャはフードを脱いだ。ありあが思わず叫ぶ。


「……私っ!?」


 ストレートの黒髪、黒い瞳。宝石の付いたピアス。大きな緑の石がついたペンダント。清楚なお姫様の格好をしたサーリャの顔は……。


……ありあ、にそっくり、だった。



**********************************************************************

「……要は、ここ異世界ってわけなのね……」

 ありあは、カップに入った飲み物を一口飲んだ。

「あ、これ紅茶っぽい」

 ほんのりとした甘さ。大好きなミルクティーの味、に似てる。

「私もこれ好きなの。そちらでもお茶って言うの?」

 こぽこぽと白い陶器のポットで、サーリャが入れてくれたお茶。クッキーのようなお菓子が、白いお皿に載っている。なんだか、普通の女子会かも。

(食生活はあまり変わらないのかしら……)

 ありあの世界とここの世界は、ところどころで繋がっている、とサーリャが言った。こちらから向こうに行った人もいれば、その逆もある、と。

知らないうちに交流していて、習慣とかが同じなのかもしれない、とありあは思った。


 召喚されたのは、魔方陣の間、だとサーリャが教えてくれた。巫女が祭事を行ったり、神の言葉を聞く場所。そこじゃ長話もできないから、とサーリャの私室に移動していた。

ありあは周りを見回した。白を基調とした、清楚な部屋。今座っている椅子も、籐で編んだような感じだった。壁には金糸で縁取られたタペストリーが飾られていた。


 サーリャがあらためて、ありあを見た。

「……きっとあなたにとっては、突然の出来事よね。混乱させてしまって、ごめんなさい。でも……」

 サーリャが下唇を噛んだ。ありあは複雑な思いで、サーリャを見た。

(私もこんな風に見えるってことよね……)

 誰かに見られると困るから、と今、ありあはサーリャの服を着ていた。古代ギリシャっぽい、白い布のドレス。ウエストを細い金の鎖で留めていた。皮で編んだサンダルもサイズはぴったりだった。巫女という職業にぴったりの格好、とありあは思っていた。

 サーリャが、決意を秘めたような瞳で、真っ直ぐにありあを見た。

「……アーリャに頼みがあるの。どうしても、私……」

「頼み?」

 異世界から来たばっかりなのに、私にできることってあるの? ありあは首をかしげた。

そんなありあの心を読んだように、サーリャが言葉を続けた。

「アーリャにしかできないの。私にそっくりな、アーリャ、しか」

 ……もしかして。

「あの……私、サーリャの身代わり……とか?」

 サーリャがはっとしたように、ありあを見た。

「……そうなの……」

 サーリャが拳を膝の上でぎゅっと握っていた。


「……十日間だけでいいの。『契りの禊』が終わるまでで。その間に、私……」

 一旦言葉を切ったサーリャは、しばらくうつむき加減に黙っていたが、やがて顔を上げた。


「……駆け落ちしようと、思ってるの」

「え!?」

 ありあの目が点になる。駆け落ち……って……。


「『契りの禊』は……巫女が結婚前に行う儀式、なの。穢れを落とし、聖なる力をその身に受けて、次代の巫女を産めるよう、準備をするため、の」

「結婚……って」

 結婚が決まってるのに、駆け落ち……ってことは……。

「もしかして、政略結婚なの!?」

 サーリャが辛そうに、こくん、と頷いた。

(うわ。中世ラブロマンスの世界になってきたかもっ!)

 ありあは、心臓がどきどきし始めるのを感じた。


「……私、『魔王』が怖くて……」

 ……魔王。魔王っ!?

「こ、この世界って、魔王がいるの!? 羽生えてて、角が生えてて、そんな感じ!?」

 サーリャが目をぱちくり、とした。

「あ、違うの。『魔王』って言うのはグラント王の通り名なのよ。あまりに冷徹で、容赦ない性格だから……」

「なんだ……」

 ありあは少し残念に思った。見てみたかったなあ、本当の『魔王』。

「その、グラント王っていう人と結婚したくないの?」

「ええ……」

 サーリャがぽつりぽつり、と説明しだした。


――隣国グランディアは、広大な領土を持つ大国。『光の巫女』を輩出する聖レヴァンダ皇国は、諸国から尊敬を受けてはいるものの、国の規模はグランディアの1/10にも満たない小国。

「グランディアだけでなく、他の大国にもレヴァンダ皇国の皇女が嫁いでいるわ。そうやって国を護って来たの」

 だから、いつか自分もどこかの王族に嫁ぐ日が来るかもしれない、その覚悟はできていた、とサーリャが言った。

「……でも……」

 サーリャの目に、涙が光った。

「私……お慕いする殿方が……できたの。その方も、私の事……」

 身分は違うけれど、私の事を大切に思ってくれる人。父王にお許しをもらおう、判っていただけるまで話をしよう、そう思っていた矢先に――

「グランディアから、輿入れの話、がきたの……」

 今年二十六歳で独身のグラント王は、各国から打診を受けていた。大国の正妃に我が娘を、と望む貴族は少なくなかった。

「……でもね、グラント王は縁談をことごとく撥ねつけて来たの。まだ国内が落ち着いていないからって」

 グラント王が王座に着くまで、グランディアは内戦の絶えない国だった。王族同士が血で血を洗うような争いを繰り返した結果、多くの命が失われた。

「グラント王も幼い頃、暗殺されかけて……それで王宮の外で育てられたって聞いたわ」

 父王から王宮に呼び戻されたグラント王子は、反逆者を粛清し、正式に王となった。齢、十七歳の時。

彼は容赦がなかった。王族の血をひく者でも、逆らえば死刑となった。

内戦で荒れた国土を甦らせ、貿易に力を入れ、国を見事に復興させた、のは王となって五年後の事。王としての手腕は各国に知れ渡っているらしい。

「私が……選ばれたのは、私の姿絵が気に入ったから、なんですって……」

 十七の誕生日に絵師に描かせた肖像画。それがどこをどう巡ってか、グラント王の目に留まったらしい。

「グランディアみたいな大国に申し込まれたら、断れない……ってわけ?」

 サーリャが頷く。

「お父様は……『魔王』に嫁がせたくはないけれど、逆らえない……って……」

 すごい。本当にドラマみたい。ありあはすっかり話に引き込まれていた。

「『契りの禊』の間は、誰もこの塔に立ち入らないの。巫女が一人だけで行うことになってるから。だから、入れ替わってる事に十日の間は気付かれないわ」

 食事が届けられる時に姿を見られることもあるから、どうしても自分に似た誰か、がいないとだめだ、とサーリャは言った。

「……私がサーリャの身代わりに、その『禊』?の儀式をやったとして……その後、大丈夫なの?」

「ええ……『禊』の儀式に失敗したって言えばいいと思うの」

 儀式に失敗すると、巫女としての力を失う。そうすれば、巫女姫としての価値もなくなるはず、とサーリャが言った。

「巫女じゃなくなった皇女は、今までにもいたけれど……皆、皇女としての資格をはく奪されてるの」

「サーリャが失敗したことにしてもいいんじゃあ……」

 サーリャが首を横に振った。

「『禊』の後に力を見せる事になってるの。その時に力をなくしてないって、判ってしまうわ」

(そうか、私なら『力』がないから、正々堂々と『力をなくした』って証明できるんだ)

「全てが終わったら……元の世界に戻って」

 サーリャは自分のペンダントの鎖を外し、ありあに渡した。

「この石を、さっきの魔方陣の中央にかざせば、『道』が開くわ。そうすれば、元の世界に戻る事ができるから」

 ありあはペンダントを握り締めた。心なしか、煌めく緑石が温かく感じた。

「お願い、アーリャ……私、お相手が『魔王』でなければ、諦めて嫁いでいたかも知れないけれど……」

 どうしても、彼は、だめなの、とサーリャが呟いた。

(ここまで嫌がられる相手っていうのも、すごいなあ……)

 ありあは少し感心していた。


 涙ぐんでいるサーリャの瞳。それを見たありあは、ふう、と溜息をついた。

「……儀式が終わったら、帰ってもいいのね?」

「もちろんよ。皇女でなくなったら、自由の身、だもの」


 ありあは頷いた。

「……わかった。私にできる事だったら、協力するわ」

 ぱっとサーリャの顔が明るくなった。

「ありがとう、アーリャ! 本当に……」

 また涙がサーリャの瞳に浮かんだ。

「でもね……」

 ありあは、サーリャに言った。

「一つだけ、お願いがあるの」


**********************************************************************


「……魔方陣の真ん中に置いて?」

 サーリャが言った。ありあは白い紙を折りたたんで作った封筒を、魔方陣の真ん中に置いた。

「……始めるわよ?」

 サーリャの身体が、ぼおっと金色に輝く。魔方陣の中央、手紙を置いた真上に、光り輝く黄金の炎、が現れた。ありあは、じっと見守っていた。

「……次元の炎よ、この手紙を異世界へと運べ。アーリャが望む相手に、この手紙を届けよ」

 炎が一瞬大きくなったかと思うと、手紙を巻きこんだ。白い紙は、溶けるように姿を消した。

「……これで大丈夫よ。その、シスターって人の元に届くはずだわ」

「ありがとう、サーリャ。シスターには言っておかないと、心配するから……」


『シスター・雅子様


 せっかくの面接を受けられなくて、ごめんなさい。実は、私の親戚だという方が私を訪ねてきてくれたのです。

いろいろお話をしてみて、その方の元でしばらく暮らすことになりました。本当はシスターに相談しないといけなかったのですが、その方にも事情があり、すぐに出発しないといけなくなったのです。

 十日程で帰れると思います。落ち着いたらまた連絡します。

シスターと姉妹たちに、感謝します。

                                 

愛をこめて  ありあ より』


 この手紙でも心配されそうな気はするが、これ以上書きようがなかった。

「シスターっていうのは、修道女みたいな感じ、なのかしら?」

「うん。教会で育ててもらったの、私」

 ありあはサーリャに説明した。教会の前で泣いていた幼い自分を、シスター・雅子に保護された事。両親を探したけれど、見つからなかった事。シスターが自分に「ありあ」と名前を付け、養女にしてくれた事。

「教会のお手伝いとかしていたから、大抵の家事とか介護とかはできるんだけど……」

 サーリャがありあを見た。その瞳に映った何か、はありあには判らなかった。

「……ごめんなさい、アーリャ。あなたを巻きこんでしまって」

「ううん、いいの」

 ありあは首を振った。

「私、中世ヨーロッパとか遺跡とか大好きで……この塔もいろいろ探検してみたいの。本物に触れる機会なんて、めったにないもの」

 それに……とありあは続けた。

「サーリャの事だって、他人に思えないし。生き別れの姉妹みたいに感じるの」

「アーリャ……」

 サーリャがぎゅっとありあを抱きしめた。

「ありがとう、アーリャ。私、きっと幸せになる。アーリャのしてくれた事、絶対無駄にしないわ」

「うん」

 ありあとサーリャは目を合わせて、二人一緒に笑った。




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