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グランディア城~王妃の間・広場

『に……い、さ……』

 アーリャ!!

目の前で消えていく、小さな身体。身体が動かない。闇に引きずり込まれる。左腕に巻きつく、禍々しい気配。全身を走る痛み。

息が……苦し……い……

 

 ふっと、呼吸が楽になる。左腕から……気配が消えた。温かい……?

 グラントは温かさを求めて、手を伸ばした。柔らかくて、温かい何か、が手の中に入ってきた。抱き締めると……安心できた。 

 ……もう、闇の気配は、ない。グラントは優しい温かさ、にすがりつき、そのまま深い眠りについた。


**********************************************************************


「……おはようございます、アーリャ様」


 ……ん?

 ありあは目を開けた。頭を右に向けると、サリがにっこりと笑ってお辞儀をしていた。

(あれ? 私、寝ちゃってた?)

 おはよう、とサリに言いながら、ゆっくりと身体を起こした。サリが窓辺に行き、カーテンを開ける。白い光が部屋に入って来た。

「……グラント?」

 ふと左側を見ると……そこには誰もいなかった。

「……あれ?」

 昨日、グラント……いた、よね? ありあはぼーっとした頭で、考えた。

「陛下でしたら、今日の剣技会に出場される、とのことで、すでにご準備されておられますわ」

「剣技会?」

「ええ」

 サリが頷いた。

「腕に覚えのある方々で試合をされるとか。アーリャ様は疲れているだろうから、ゆっくりさせておいてくれ、とおっしゃってましたわ」

「……グラント試合に出るの!?」

 ありあのびっくりした様子に、サリが目を丸くした。

「アーリャ様はご存じないのですね。陛下の剣の腕前は、各国に知れ渡るほどで、今までの剣技会にも何度か参加されてますわ」

「……」

 でも……。

(体調、大丈夫なの!?)

 昨日、あんなに苦しそうだったのに!?

 ありあは上掛けをはねのけて、ベッドから降り立った。

「わ、私もその試合、見に行くわ!」

「アーリャ様!?」

「サリ、用意を手伝って!」

「は、はい……」


**********************************************************************


 剣技会は城の東側にある、訓練用の広場で行われる、と聞き、ありあは朝食もそこそこに中庭に出た。アイボリー色のドレスの裾が風になびいた。

「アーリャ様っ!」

 サリが慌てて、白っぽいフード付きのローブをありあに羽織らせた。

「髪をお隠し下さい!」

「ありがとう、サリ」

 ありあはローブの前を留め、きょろきょろ辺りを見回した。剣を持ち、皮の鎧を着た男性たちが、東に向かって歩いていた。

「あっちね!」

「アーリャ様……」

 ありあはサリと一緒に、中庭から東に出る小さな門をくぐった。


**********************************************************************


「……陛下?」

 ヴェルナー伯爵の声に、グラントははっとした。広場の石壁にもたれて、会場にたむろしている男たちを見ていた所だった。

「ああ、すまない。何か言ったか?」

「……アーリャ様はご覧にならないのですか? 王妃様から優勝者に冠を授けるのが慣例ですが」

 ヴェルナー伯爵もなめし皮の鎧を着ていた。試合は腕自慢の貴族だけでなく、一般の兵士からも参加者が多い。だからこそ……

「……疲れているようだったから、休ませておくように言った」

 朝起きた時、ありあが自分の腕の中にいた。温かくて、柔らかい感触。ふっと自分の中に芽生えた感情に、グラントは戸惑っていた。

「まだ慣れていない様子だったから、無理をさせたくない」

 ヴェルナー伯爵はにっこりと微笑んだ。

「そうはおっしゃっておられますが、アーリャ様のご意向は違うようですよ?」

「え……?」

「グラント!」

 グラントが声のする方に向くと、サリを従えてこちらに駆けてくるありあの姿、があった。周りの参加者達も何事か、とありあ達をちらちら見ていた。

「ありあ!? お前こんなところに……」

  はあはあ、と息を切らせながら、ありあがグラントの前に立った。

「グラント、試合に出て大丈夫なの!?」

「は?」

 グラントは目を丸くした。ありあは……心配そうにグラントを見上げていた。

「……いつもの事だ。ヴェルナーも出場するし」

 ありあが両手でグラントの左腕を握った。

「ちょっと、こっちに来て」

「あり……」

 ありあはそのままグラントを引っ張って、きょろきょろしながら広場に入る小さな通路の方へと急いだ。 

「どうした?」

 薄暗く、狭い通路に入り、周囲に人がいない事を確認してから、ありあはグラントの左袖をまくり上げた。

 ほっ、とありあの口から、溜息が洩れた。

「よかった……消えてる……」

 消えてる? グラントは自分の左腕、を見た。特に変わった様子はない。

「昨日……グラントうなされてたから……」

 グラントは目を見開いた。

(昨夜……の、夢……?)

 確か、アーリャが消えて……息苦しくなった……が……

温かいなにか、が救ってくれた。

「左腕が冷たくなって……黒い文様が……」

「!?」

 文様!? グラントの顔が強張った。まだ一月経っていないのに、もう闇が……?

「その……温かくしたらどうかなあって、擦って血行を良くしたら……消えたの」

「消えた!?」

 グラントは呆然とありあを見下ろした。聖水なしで、文様が消えただと!?

(確かに、今は何もない……が……)

 ありあが嘘を言っているようにも見えない。


(ま……さか……)


 グラントはありあの両肩を掴んだ。

「……ありあ。今の話は誰にも言うな。サリにもだ。いいな」

 ありあは少し戸惑ったような瞳をグラントに向けたが、「うん……」と頷いた。


「……妃殿下!? 来られていたのですか!?」

 通路に響く声。グラントは出口の方を見た。

「……何用だ、ラディアス」

 赤毛の兵士が頭を下げた。

「そろそろお時間です、陛下」

 はあ、とグラントは溜息をついた。ありあの肩から手を離す。

「……ありあ。ヴェルナーをつけさせる。試合を観戦していくか」

「う、うん……」

 グラントはありあを伴って、通路から外に出た。

「ヴェルナー、ありあを席に案内してやってくれ。済まないが……」

 ヴェルナー伯爵が二人の傍に歩み寄り、頭を下げた。

「承知いたしました。アーリャ様、こちらです」

 ありあはグラントに心配そうな瞳を向けたが、ヴェルナー伯爵に従って、観客席の方へと歩いて行った。


 グラントは、その後ろ姿を見ながら、少し眉を顰めていた。

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