グランディア城~王妃の間・広場
『に……い、さ……』
アーリャ!!
目の前で消えていく、小さな身体。身体が動かない。闇に引きずり込まれる。左腕に巻きつく、禍々しい気配。全身を走る痛み。
息が……苦し……い……
ふっと、呼吸が楽になる。左腕から……気配が消えた。温かい……?
グラントは温かさを求めて、手を伸ばした。柔らかくて、温かい何か、が手の中に入ってきた。抱き締めると……安心できた。
……もう、闇の気配は、ない。グラントは優しい温かさ、にすがりつき、そのまま深い眠りについた。
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「……おはようございます、アーリャ様」
……ん?
ありあは目を開けた。頭を右に向けると、サリがにっこりと笑ってお辞儀をしていた。
(あれ? 私、寝ちゃってた?)
おはよう、とサリに言いながら、ゆっくりと身体を起こした。サリが窓辺に行き、カーテンを開ける。白い光が部屋に入って来た。
「……グラント?」
ふと左側を見ると……そこには誰もいなかった。
「……あれ?」
昨日、グラント……いた、よね? ありあはぼーっとした頭で、考えた。
「陛下でしたら、今日の剣技会に出場される、とのことで、すでにご準備されておられますわ」
「剣技会?」
「ええ」
サリが頷いた。
「腕に覚えのある方々で試合をされるとか。アーリャ様は疲れているだろうから、ゆっくりさせておいてくれ、とおっしゃってましたわ」
「……グラント試合に出るの!?」
ありあのびっくりした様子に、サリが目を丸くした。
「アーリャ様はご存じないのですね。陛下の剣の腕前は、各国に知れ渡るほどで、今までの剣技会にも何度か参加されてますわ」
「……」
でも……。
(体調、大丈夫なの!?)
昨日、あんなに苦しそうだったのに!?
ありあは上掛けをはねのけて、ベッドから降り立った。
「わ、私もその試合、見に行くわ!」
「アーリャ様!?」
「サリ、用意を手伝って!」
「は、はい……」
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剣技会は城の東側にある、訓練用の広場で行われる、と聞き、ありあは朝食もそこそこに中庭に出た。アイボリー色のドレスの裾が風になびいた。
「アーリャ様っ!」
サリが慌てて、白っぽいフード付きのローブをありあに羽織らせた。
「髪をお隠し下さい!」
「ありがとう、サリ」
ありあはローブの前を留め、きょろきょろ辺りを見回した。剣を持ち、皮の鎧を着た男性たちが、東に向かって歩いていた。
「あっちね!」
「アーリャ様……」
ありあはサリと一緒に、中庭から東に出る小さな門をくぐった。
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「……陛下?」
ヴェルナー伯爵の声に、グラントははっとした。広場の石壁にもたれて、会場にたむろしている男たちを見ていた所だった。
「ああ、すまない。何か言ったか?」
「……アーリャ様はご覧にならないのですか? 王妃様から優勝者に冠を授けるのが慣例ですが」
ヴェルナー伯爵もなめし皮の鎧を着ていた。試合は腕自慢の貴族だけでなく、一般の兵士からも参加者が多い。だからこそ……
「……疲れているようだったから、休ませておくように言った」
朝起きた時、ありあが自分の腕の中にいた。温かくて、柔らかい感触。ふっと自分の中に芽生えた感情に、グラントは戸惑っていた。
「まだ慣れていない様子だったから、無理をさせたくない」
ヴェルナー伯爵はにっこりと微笑んだ。
「そうはおっしゃっておられますが、アーリャ様のご意向は違うようですよ?」
「え……?」
「グラント!」
グラントが声のする方に向くと、サリを従えてこちらに駆けてくるありあの姿、があった。周りの参加者達も何事か、とありあ達をちらちら見ていた。
「ありあ!? お前こんなところに……」
はあはあ、と息を切らせながら、ありあがグラントの前に立った。
「グラント、試合に出て大丈夫なの!?」
「は?」
グラントは目を丸くした。ありあは……心配そうにグラントを見上げていた。
「……いつもの事だ。ヴェルナーも出場するし」
ありあが両手でグラントの左腕を握った。
「ちょっと、こっちに来て」
「あり……」
ありあはそのままグラントを引っ張って、きょろきょろしながら広場に入る小さな通路の方へと急いだ。
「どうした?」
薄暗く、狭い通路に入り、周囲に人がいない事を確認してから、ありあはグラントの左袖をまくり上げた。
ほっ、とありあの口から、溜息が洩れた。
「よかった……消えてる……」
消えてる? グラントは自分の左腕、を見た。特に変わった様子はない。
「昨日……グラントうなされてたから……」
グラントは目を見開いた。
(昨夜……の、夢……?)
確か、アーリャが消えて……息苦しくなった……が……
温かいなにか、が救ってくれた。
「左腕が冷たくなって……黒い文様が……」
「!?」
文様!? グラントの顔が強張った。まだ一月経っていないのに、もう闇が……?
「その……温かくしたらどうかなあって、擦って血行を良くしたら……消えたの」
「消えた!?」
グラントは呆然とありあを見下ろした。聖水なしで、文様が消えただと!?
(確かに、今は何もない……が……)
ありあが嘘を言っているようにも見えない。
(ま……さか……)
グラントはありあの両肩を掴んだ。
「……ありあ。今の話は誰にも言うな。サリにもだ。いいな」
ありあは少し戸惑ったような瞳をグラントに向けたが、「うん……」と頷いた。
「……妃殿下!? 来られていたのですか!?」
通路に響く声。グラントは出口の方を見た。
「……何用だ、ラディアス」
赤毛の兵士が頭を下げた。
「そろそろお時間です、陛下」
はあ、とグラントは溜息をついた。ありあの肩から手を離す。
「……ありあ。ヴェルナーをつけさせる。試合を観戦していくか」
「う、うん……」
グラントはありあを伴って、通路から外に出た。
「ヴェルナー、ありあを席に案内してやってくれ。済まないが……」
ヴェルナー伯爵が二人の傍に歩み寄り、頭を下げた。
「承知いたしました。アーリャ様、こちらです」
ありあはグラントに心配そうな瞳を向けたが、ヴェルナー伯爵に従って、観客席の方へと歩いて行った。
グラントは、その後ろ姿を見ながら、少し眉を顰めていた。




