グランディア城~大広間・ベランダ
くすり、とリカルドが小さく笑った。
「アーリャ様は……本当に、陛下にとって大切な方、なんですね……」
「え?」
ありあは目を丸くした。そんなありあを見て、またリカルドが笑った。
「これは……面白い事になっている……陛下もご苦労されているようだ……」
グラントが苦労? ありあは首をひねった。
(私がいろんな事知らないから、苦労してる? のかなあ……)
「リカルドさん……は、グラントの事、よくご存知なのですか?」
青い瞳が真っ直ぐにありあの瞳を見た。
「……ええ。幼い頃はよく一緒に……」
ふっとリカルドの目が遠くなった。
(リカルドさん周りの空気が変わった気が……する)
――暫しの沈黙の後、リカルドは言葉を続けた。
「……過ごさせていただきました。……ウィリアム前国王が、王妃様と姫様を手にかけ、陛下に大怪我を負わせるまでは」
「え!?」
ありあは目を見開いた。今……なんて……?
固まってしまったありあを見て、リカルドはしまった、という顔をした。
「妃殿下は『光の巫女姫』、そのような昔話もご存知なかったのですね……これは余計な事を申し上げました」
「い、いえ……あの……」
前国王……って、グラントのお父さん……よね!?
(お父さん……が……?)
胸が苦しい。心臓がどきどきしてる。
「あの、今のお話、詳しく教えて下さい!」
ありあはリカルドに詰め寄った。リカルドは少し迷った顔をしたが、やがて溜息をついた。
「……前国王陛下は、闇の眷属に魅入られてしまったのですよ」
「闇……?」
グラントの左腕。あれも……闇の文様……。
「……闇に心を支配された王はやがて、王妃様が不貞を働いている、と思い込まれてしまい……」
「……」
「幼い姫様の目の前で王妃様を……」
リカルドの顔が辛そうに歪んだ。
「……そしてそれを止めようとした陛下も、王に憑りついていた闇の眷属に襲われ……危うくお命を落とすところでした……」
「……妹姫がグラントを助けた……って……」
「……ええ。姫様には……」
リカルドが言葉を止めた。ありあの頬を冷んやりとした夜風が撫ぜた。こつ……と足音が背後から聞こえた。
「……妃に何を話している、リカルド」
冷たい空気を感じる。背筋が寒いのは気のせいじゃない。ありあは恐る恐る振り向いた。
大広間の窓の光を背に、グラントが立っていた。逆光で表情が見えない。でも……。
(こ、この雰囲気……っ)
や、やだ……思い出すじゃないっ……!! 思わずグラントから遠ざかろうと一歩下がった。
グラントがありあの顔を見た。しばらくの後、彼ははあ、と溜息をついた。一瞬で気配が消えた。
リカルドがありあに頭を下げた。
「つまらぬ昔話をしてしまいました。申し訳ございません、アーリャ様」
グラントの銀の瞳が光った……気がした。
「い、いえ……私が聞きたいって言ったから……」
リカルドは僅かに微笑み、グラントに深々とお辞儀をしてベランダから立ち去って行った。
――沈黙。
(うう……気まずい……)
ありあが俯いていると、グラントがゆっくりと傍に来て、ありあの目の前に立った。
「……リカルドに名前で呼ぶように言ったのか?」
「え?」
ありあは顔を上げた。グラントは……無表情、だった。
「う、うん……妃殿下って呼ばれるの……なんか慣れなくって……」
「……」
グラントの瞳に映る何か、が、ありあには怖かった。引きつったありあの表情に、グラントは少し頭を振った。
「……中に入るぞ」
「はい……」
グラントが差しだした右手に、ありあは自分の左手を重ねた。ぎゅっと強く握られる。そのまま、少し引きずられるように、ありあは大広間の光の中へと戻って行った。




