グランディア城~大広間
「うわぁ……」
もう綺羅綺羅しすぎて、何が何だか。目がちかちかする。
盛装した貴族達。身に付けている宝石がまばゆく光る。ハープや管弦楽?っぽい生演奏。蝋燭の光を受けて煌めくグラス。グランディア城の大広間は、光に満ち溢れていた。
「……行くぞ」
「は、はいっ」
思わず声が裏返る。グラントに導かれて、大広間の真ん中に進む。ゆるやかな曲が奏でられ始めた。最初のステップを踏む。
ふわ……っ
(え!?)
くるり、と優雅にターン。ドレスの裾が、風になびくように揺れた。
周囲からも、ほう……と溜息が洩れた。
(うわ~踊りやすい……)
グラントはそっと手を添えているだけなのに、ものすごくダンスが上手くなった気がする!?
(グラントって、上手なんだ……)
……ありあはグラントの顔を見上げた。グラントは、ありあの瞳を見て、口元をふっと上げた。優しい銀の瞳。頬が熱くなる。恥ずかしくなって、ありあは少し視線を逸らした。
(も、もう、この人、本当に何とかしてほしい……)
さっきの夕食会でも、ありあから片時も目を離したくない、といった感じで、本当に身の置き所がなかった。
『……陛下。この食器はグランディア王家ゆかりの物とは違いますな?』
そう、話しかけてきたのは、白髪にたっぷりとした髭を蓄えた、クレメンス侯爵だった。
思わずうっと喉を詰めたありあを横目に、グラントは彼女の右手を取って、自分の口元に持って行き、キスしながら言った。
『妃の里心がついて「帰りたい」と言い出さぬよう、聖レヴァンダ皇国産の食器に取り替えたところだ』
……いえ、お皿が割れたせいなんですが。よくもそんな出まかせをすらすらと……
……とは言えず、ありあは真っ赤になった。クレメンス侯爵の頬も心なしか上気していた。
『陛下は本当に妃殿下を大切にされておられるのですなあ』
『このような愛らしい妃殿下ですから、当然ですな』
口々に貴族達がありあに微笑みかけた。
あああ、恥ずかしかった……。
おかげで、『妃殿下を溺愛している陛下像』が定着してしまった気が……。
「……何を考えてる?」
グラントの声に、ありあは視線を彼の瞳に戻した。
「……グラント、踊りが上手だなって」
くすり、とグラントは小さく笑った。ありあの心臓が撥ねた。
「そうか?」
こ、怖いのも困るけど、こういうモードも困る……っ!! グラント、演技過剰だって!! ありあは心の中で抗議したが、言葉には出せなかった。
リードする大きな手が温かい。このまま踊ってたら、恥ずかしさに溶けてなくなるかも、私……。
「……申し訳ございません、陛下」
ヴェルナー伯爵が二人の傍に歩み寄り、頭を下げた。グラントが動きを止め、ヴェルナー伯爵の方を向いた。でも……
……か、肩が抱かれたままなんですけど……っ……!!
ぐっと身体を引き寄せられて、ありあの頬は赤くなったまま、だった。そんなありあをヴェルナ―伯爵は微笑ましげに見ていた。
「何だ、ヴェルナー」
ヴェルナー伯爵は、グラントに視線を向けた。
「……ご結婚のお祝いをと、各領地から続々と使者が訪れております。一目妃殿下にお目にかかりたいと……」
グラントが溜息をついた。
「……私が対処する。ありあ……」
じっと見つめる銀の瞳。ありあは目を逸らす事が出来なかった。
「……大人しくしていろ。勝手にどこかに行くな。知らない男について行くなよ」
うっ……。
「こ、子どもじゃないんだから、大丈夫ですっ!」
どうだか、という目をグラントはしていたが、ヴェルナー伯爵に軽く頷き、二人は大広間の入り口の方へと歩いて行った。
(ふう……)
やっと一息つけた。グラントの傍にいると、絶対心臓に悪いと思う……。
「……妃殿下」
うっ……。ありあの頬が少し引きつった。自分に向かってお辞儀をする、きらきらした宝石を身にまとったピラニア?の群れ。
「ようやくお目にかかれて光栄ですわ! 私……」
「は……ぁ……」
ありあはにっこりと笑い、腹を括ってお辞儀をした。
**********************************************************************
(や、やっと抜け出せた……)
ドレスの裾を少し抓み、踊っている人々の間をすり抜け、ありあはベランダに繋がる窓から外へ出た。
「んーっ……」
両手を挙げて伸び。
耳にかかった髪を少しかきあげる。風がふわんとありあの髪を弄んだ。火照っていた頬も、少し落ち着いた……かも。
(涼しくて気持ちいい……)
ベランダから中を見る。人々が踊る影絵が、ベランダの床に映っている。やっぱり別世界だなあ、とありあは思った。
ふっと空を見上げると、きらきら瞬く星々。
(あ、北斗七星とかがない……星座も違うのかなあ……)
――本当に驚きましたわ、あの陛下が正妃をお迎えになるなんて!
皆興味津々だったなあ……
『いつも冷静な陛下が、あのような振る舞いをなさるなんて! 余程妃殿下を大切に思ってらっしゃるんですわね!』
『儀式を中断させてまでも妃殿下を奪い取った、と噂になってましたのよ!』
『陛下はいつも妃殿下には甘い顔をなさるんですの?』
……適当に合わせて答えちゃったけど、それでよかったのかなあ……。
グラントのイメージ壊してないよね……?
「……妃殿下」
後ろから声がした。振り返ると……
「……リカルド……さん?」
リカルドが下げていた頭を上げた。紺色に銀糸で刺しゅうが施されたチェニックに、濃い赤のマント。
(本当に、グラントによく似てる……)
遠目で見たら、見間違うかも、とありあは思った。
「……ご結婚おめでとうございます。陛下のお幸せそうな姿を久々に拝見し、安心いたしました」
「あ、ありがとうございます……」
(従兄弟さんなのに、『陛下』なんだ……)
青い瞳が、ありあの黒い瞳、をじっと見た。な、何だか、落ち着かない……。
窓から聞こえてくる曲目が変わった。リカルドがありあに手を差し伸べた。
「よろしければ、一曲お相手願えませんか?」
――俺以外の男と踊るな。
「あ……あの……」
ありあはぺこり、とお辞儀をした。
「申し訳ありません。まだ馴れていないので……ご迷惑になるかと」
リカルドは目を見張った。
「風のように軽やかに踊られてましたよ?」
「あ……あれは、グラントが上手なだけで……」
どもっているありあを見て、リカルドが手を引いた。
「陛下が嫌がられるのでしょうね、妃殿下が陛下以外の男性と踊るのを」
「え!?」
どうして分かったの!? ありあはリカルドを見た。リカルドは穏やかに微笑んでいた。
「仮に妃殿下が私の妻だとしたら、私もあなたを他の男の手に任せるのを嫌がるでしょうね。このように愛らしい妻を」
甘い言葉が上手なところも似てる……。ありあは頬を染めながら思った。
「あ、あの、よろしければアーリャとお呼び下さい。妃殿下と言われるのは、どうも……」
「……ありがとうございます、アーリャ様」
低くて甘い声。目を瞑ってたら、グラントって思うかもしれない……。




