グランディア城~謁見の間
「グラント陛下、アーリャ妃殿下のおなーりー」
侍従の声が謁見の間に響く。ありあはかちこちになりながら、グラントに手をひかれて赤絨毯の上を歩いていた。
グラントは白地に金色の刺繍、深い赤のマント。ありあは白地をベースにアイボリー色のレースで飾られた清楚なドレス。胸元には大きな緑色の宝石。サーリャから貰ったものだ。
『お二人で並ぶと、本当にお似合いですわ!』
サリも皆も絶賛してくれた。
絨毯の両脇に、ずらりと並んだ臣下たち。皆深々と頭を下げている。
(き、緊張する……)
ぐっとグラントの手に力が入った。任せておけ、と言うように。
王座に並んで座った後、臣下たちが顔を上げた。
グラントの冷静な声が響く。
「我が妃のために集まってくれてことに感謝する。皆知っての通り、妃は聖レヴァンダ皇国の巫女姫だ。慣れぬ事もあると思うが、皆で支えてやってほしい」
ははっ、と再び頭を下げる臣下たちに、ありあも思わず頭を下げた。
「では、お祝の儀を……」
(うわ……これから、一人一人の挨拶、よね……)
『とりあえず笑っておけ』
グラントはそう言っていた。
(うん、頑張ろう!)
ありあは王座に近づく初老の男性に、にっこりと笑いかけた。
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……二、三人に挨拶しただけなのに、すでに、ありあの頬は引きつりかけていた。
(ううっ……大丈夫……かなあ、私の顔……)
不自然な笑顔じゃないかなあ。ちらり、とグラントを見ると、冷静な顔のままだった。
(馴れてる……)
まだどきどきが止まらない。ちょっと頬も赤くなってる、と思う。
「……シルヴェスタ公代理、リカルド=ヴァン=シルヴェスタと申します、妃殿下」
……グラントに似た声。ありあは目を見開いた。
目の前で、お辞儀をしているのは……
(さっきの……!?)
ゆっくりとリカルドが顔を上げた。金の髪。青い瞳がじっとありあを見つめていた。グラントに似た顔に見つめられて、ありあの頬が熱くなった。
「……噂でお聞きしていた通り、お可愛らしい方ですね」
「あ、ありがとうございます……」
な、なんかグラントに言われてるみたいで、恥ずかしい……。ありあはちょっと俯いた。
「この度のご結婚、陛下には、お慶びを申し上げます」
グラントの銀の瞳は、横のありあをちらと見た後、リカルドを鋭く見た。
うむ、とグラントが頷く。リカルドは再度お辞儀をし、目の前を辞した。
シルヴェスタ公って……確か……
(グラントのお父さん、前国王のお兄さん、よね……)
本来であれば王につくのは長男であるシルヴェスタ公の方だった、と教わった。ただ、公は身体が弱く、王の激務に耐えられないだろう、と弟君が王位についた、と。だから、リカルドはグラントの従兄弟、ということになる。
(それで、グラントに似てたんだ……)
リカルドの方を見ているありあを見て、グラントの右眉が上がったことに、ありあは気がつかなかった。
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「ふう……」
ありあは大きな溜息をついた。
「お疲れになってでしょう、アーリャ様。さあ、お飲み物をどうぞ」
サリが持ってきてくれたマグカップを受け取る。温かい飲み物をありあは飲んだ。甘くて、ココアのような味がする。
「美味しい……」
ちょっと体力が回復した気がする。やっぱり疲れてる時は甘いものよね、とありあは思った。
「あれでよかったのかなあ……」
王妃の間でソファにもたれかかりながら、ありあは呟いた。
「まあ! アーリャ様の笑顔に勝てる者などおりませんわ!」
「ありがとう、サリ」
これから夕食会に舞踏会だ。気を引き締めていかないと……。
こんこん。ノックの音が響く。
サリが入り口に向かう。
「……陛下!?」
え?
ありあが顔を上げると、グラントがすたすたと歩いてきて、目の前に立った。
「……疲れたか?」
「ちょっと……でも大丈夫。サリが甘い物用意してくれてたし」
ありあはソファの前の低めのテーブルにカップを置いた。
「ありがとう、グラント。様子見に来てくれたのね」
「……」
グラントはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「リカルドと会っていたのか?」
「え?」
ありあはグラントの顔を見上げた。特に表情に変わった様子はない。
「う、うん。迷子になったミーちゃんを探して厩に入った時に、助けてくれたの」
「……」
「グラントの従兄弟さん、だよね? 似てると思った」
「……ああ」
あれ? 何か……
「……グラント、何か気になることでもあるの?」
「……」
グラントは黙ったまま、ありあの隣に腰を下ろした。そして……
「……グラント!?」
グラントの腕が、ありあの身体を強く抱きしめていた。
「ど、どうしたの!?」
「……」
ありあの心臓の鼓動が早くなった。サリがいるから、あまり逃げても……っ、と思ったら、身動きが取れない。
「……のか?」
ぼそっとグラントが呟いた。
「え?」
「リカルドを……気に入った、のか?」
「は?」
ありあは目を丸くした。気に入った……って……?
「あの……危ないところを助けてもらったから、いい人だと思うけど……そういう意味?」
「……」
ぎゅっと一層強く抱き締められた後、ありあの身体は解放された。グラントは立ち上がり、赤くなったありあの顔を見た。
「……俺以外の男と踊るなよ」
「え?」
ありあはきょとん、とグラントを見上げた。
「……私が踊りへたなの、グラントの耳にも入ってるの?」
「……え?」
「他の人の足、踏んじゃったら、グラントに恥かかせるよね……うん、踊らないように気をつける」
「……そういう意味では……」
グラントの呟きは、うーんと悩んでいるありあの耳には入らなかった。
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はあ……と溜息がグラントの口から洩れた。
「……アーリャ様が来られてから、溜息の回数が増えましたね」
ヴェルナー伯爵がグラントに言った。執務室の中は二人きり、だった。
「つきたくもなるだろう。相手がああでは」
あのリカルドの目つき。前にも覚えがある。あの時は気にも留めなかったが……。
(……ありあには、手を出させない)
大体、ありあの警戒心のなさは何だ!? あれ程表に出るな、と言っておいたのに、厩でよりによってリカルドと出会い、『いい人』だと思っているとは。
「……御従兄弟様の事ですか? アーリャ様にさっそく近づいたようですね」
「今回は偶然らしいがな」
「アーリャ様は陛下の正妃、であらせられます。いくらシルヴェスタ公のご子息と言えども、表立っては何もできないはずですが」
「……あくまで、表立っては、だ」
「まあ……アーリャ様も、ああいう御方ですから、ご心配なのはわかりますが……」
「ありあからは目を離さない。お前も周囲に気を配っておいてくれ」
「承知いたしました。陛下……」
ヴェルナー伯爵が時計を見ながら言った。
「そろそろお時間になります」
「……わかった」
グラントは椅子から立ち上がり、ヴェルナー伯爵と執務室から出て行った。




