グランディア城~赤の離宮
「……陛下。お待ち申しておりましたわ」
誘うような妖艶な笑み。艶やかな黒髪が、ゆったりとソファに座った豊満な肢体に沿って流れていた。
グラントは冷静な目でシャルロッテを見た。応接の間で、いつものお茶を勧められたが、断った。
仄かに匂う薔薇の香も、今は煩わしく感じるだけだった。
「……ありあから聞いた。本当か?」
単刀直入に聞く。シャルロッテは、ふふっと微笑んだ。
「……ええ。ここに……」
そっと右手をまだ平らなお腹に当てた。
「陛下の御子がおりますのよ? 喜んでは下さいませんの?」
「……」
グラントの視線は揺るがなかった。
「……仮に、お前の子が私の子だとしても」
シャルロッテの瞳に、何か、が映った。
「……お前の子は、王にはなれない。王位につくのは、ありあの子、だ」
「……」
「本来なら、お前を城から追放するのが一番いい」
「……」
「……だが、ありあがそれを許さない」
「……王妃様が?」
シャルロッテの瞳が少し揺れた。
「お前と子どもの体調ばかり心配している」
「……」
「お前とお前の子の生活は保障する。だが……」
グラントの銀の瞳に、冷徹な光が宿った。
「二度とありあを動揺させたり、傷つけるような事はするな。それを破った場合は、ありあが何と言おうと、赤の離宮から追放する」
「まあ……怖ろしいこと」
ふふふと笑い声が真っ赤な唇から漏れた。
「王妃様はもうすでに陛下を虜にされておられるのですね?」
「……」
「お優しい方ですものね、王妃様は。ほら……」
シャルロッテは、ソファの前のテーブルを指し示した。そこに、蓋の付いた小さな両手鍋が置いてあった。
「……王妃様付きの侍女が毎日届けてくれますの。倒れた私を心配して、精のつく食べ物を、と王妃様が差し入れして下さっているのですわ」
「……ありあが?」
「本当に……お優しい事……」
シャルロッテの瞳からは、何も読み取れなかった。だが……。
グラントは立ち上がり、シャルロッテを見下ろした。シャルロッテの黒い瞳は、鋭い視線をそのまま受け止めた。
「ありあはお前を信じている。その信頼を裏切るような真似をしたら、後悔すると思え」
「……」
シャルロッテは無言のまま、微笑んだ。
グラントは踵を返し、応接の間から足早に立ち去った。
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『……厄介な事になっているようだな』
どこからか低い声が響く。シャルロッテは座ったまま、身じろぎ一つ、しなかった。
『あの王があそこまで入れ込んでいるとはな……』
「……」
『あの王妃はお前の邪魔になる、と言った通りであろう。王妃がいる限り、お前もお前の子も日陰の身となるばかり』
「……」
『保障する、などと言ってはいるが、王妃の気が変われば、いとも簡単に捨てられることぐらい、分かるだろう』
「……」
『だが……王妃さえいなくなれば、お前の子が王になれるやも知れぬ』
「……」
『「儀式に失敗し、力を失った」という噂は真実らしいが……』
「……」
『……「光の巫女」の血肉は「次元の炎」を宿す器となり得る。あの王妃を贄にすれば……我らの願いも叶うというもの』
「……」
『お前と我らの目的は同じだ。それを忘れるな』
「はい……」
『あの王妃を……手に入れる』
闇の中から、背筋が凍るような笑い声が聞こえた。
『……また連絡する。それまでは……せいぜい、王妃の優しさとやらに甘えておくがよい』
「……」
闇の気配が消えた。シャルロッテはソファから、ゆっくりと立ち上がった。
――そして、何の感情も映していない瞳で、テーブルの上の小鍋を見た。
にゃあ、という声と共にしなやかな動きで、黒猫がシャルロッテに近づいた。シャルロッテは猫を抱き上げ、そっと艶やかな毛並みを撫ぜた。




