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グランディア城~厨房・王妃の間

「ふへ……」

 ありあは分厚い木のテーブルに突っ伏していた。

「……ほれ、差し入れ。これ食べて元気出して下さいよ」

 そっと差し出されたお皿の上に、小さな焼きりんごが載っていた。

「ありがとう……」

 フォークで突き刺すと、じゅわっとやや焦げたような汁が垂れた。一口ぱくつく。ちょっとしんなりしていて、甘酸っぱくて。

「おいし~っ!」

 思わず笑顔になったありあに、コック帽を被った初老の男性が笑顔を見せた。

「本当、ラムダさんの作るお料理って最高! お菓子も絶品!」

「この城で三十年以上、務めさせていただいてますが……王妃様に直接褒められたのは、初めてですよ」

 ありあはきょとんとした顔をした。

「え? そうなの?」

 こんなにおいしいのに……とばくばく食べているありあを、コック長のラムダを始め、厨房内の誰もが微笑みながら見ていた。


 聖レヴァンダ皇国の『光の巫女姫』。巫女の塔で厳しい修行に耐え、病人や怪我人の治療をしながら、質素に暮らしている、という噂は誰もが知るところだった。だが、所詮は皇女。裏方の家来達は、おそらく御顔を拝見する事もないのだろうと、思っていた。

 ところが……。


「こうもしょっ中、厨房やら倉庫やら廊下やらでお会いするとはな……」

 若いコックが隣のコックにこっそりと話しかけた。

「……俺もそう思ってた……」

 しかも、こちらがびっくりする程、『普通の娘』だ。気取るわけでもなく、命令するわけでもなく、誰にでもにこにこ笑いながら話しかけてくる。黒髪に黒い瞳でなければ、王妃とわからないところだ。

 気難しいコック長のラムダと仲良し?になり、こうしておやつを貰いに来ているありあは、すっかり城の風景に馴染んでしまっていた。

「……アーリャ様。休憩は終わりですよ?」

 サリが優しく促した。

「そうなの?」

 ありあは残念そうに最後の一口を食べ、ご馳走様でした、と頭を下げた。

「ありがとう、とっても美味しかった。また勉強頑張れそうよ」

「ちゃんと頑張って下さいよ。私らの自慢の王妃様を貴族共に馬鹿にされたんじゃ、たまらないですからね」

 ラムダの声にありあはにっこりと笑って言った。

「うん、頑張る!」

 ありあは立ち上がり、ぺこりとお辞儀をして厨房を後にした。サリもお辞儀をして、その後を追った。


**********************************************************************


「……ねえ、ヴェルナーさん?」

 机の傍に立っていたヴェルナー伯爵が、ありあの顔を見た。今ありあは王妃の間にしつらえた机で、猛勉強中、だった。

「何でしょう、アーリャ様?」

「あの……」

 ありあは机の上に広げた大貴族達の家系図から顔を上げて言った。

「その……グラント、は……」

 ヴェルナー伯爵が優しくありあに告げた。

「陛下は舞踏会の準備のため、謁見室で会議中、ですよ」

「そ、そう……」

 思わず安堵の溜息が出た。


 あれから、グラントと二人きりで会う事はなかった。仕事が忙しいから、と食事も執務室でとっているらしい。ありあもヴェルナ―伯爵や侍女頭のメアリ、踊りの先生たちに囲まれて、毎日詰め込み勉強中だった。

(……グラントと会ったら、何話したらいいのか、わからない、かも……)

 寵愛? を受けるというのも、どうやるのか全然わからない。今のところは『貴族の目に触れないように引っ込んでおけ』ということらしいが。

『アーリャ様が愛らしすぎて、表に出さず陛下が独占しているところを、しぶしぶ貴族達に紹介する、という設定です』

 そう、ヴェルナー伯爵から言われた時は、顔が真っ赤になった。

 大体グラントがどういう人、なのか全く掴めない。城の皆は、グラントを『いい王様』だと言っていた。ヴェルナー伯爵を始め、側近たちもグラントを慕っているのが分かる。でも……

(優しいのか、意地悪なのか、怖いのか、変態なのか、全然わからない……)

 少なくとも女性馴れしてることだけは確かだ、とありあは思った。あんなキス、してきたし? シャルロッテさんみたいな大人の恋人もいることだし?

 むむむ、と考え込んだありあに、ヴェルナー伯爵が言った。

「アーリャ様、陛下はアーリャ様にだけは素顔をお見せになっていると思いますよ?」

「素顔?」

 ヴェルナー伯爵が頷いた。

「陛下は……幼いころよりお命を狙われる事が多く……他人に心を許す、ことが簡単にお出来になれないのですよ」

「……」

「大国グランディアの王。その地位に引き寄せられる蛾のような輩も大勢いますし……陛下はどのような時でも冷静に状況判断する必要があるのです。心を許せる相手もごく僅かしかおられません」

「……」

「陛下があのように感情を露わにされるのは……もう十年以上ぶりの事。それだけでも、アーリャ様にご降嫁いただいたかいがあったというものです」

 十年以上?

「もしかして……アーリャさんがグラントをかばって亡くなってから……って事ですか?」

 ヴェルナー伯爵がはっとしたようにありあを見た。緑の瞳に驚きの色が浮かんでいた。

「『アーリャ』様の事、陛下からお聞きしたのですか!?」

「はい」

「それは……」

 ヴェルナー伯爵はしばらく絶句した。

「妹姫である『アーリャ』様のことは、滅多に口にされません。陛下にとって大切な方でしたから」

「ヴェルナーさんも……『アーリャ』さんに会った事、あるんですか?」

「はい……とても愛らしく、お優しい姫君でした」 

「……」

「僅か五歳でお亡くなりになった時は……陛下もそれは嘆き悲しまれて……」


 ……え?


 ありあの思考が停止した。今……


「ご、五歳!? 五歳で亡くなったんですかっ!?」

 ヴェルナー伯爵はゆっくりと頷いた。

「陛下が十五歳の時ですから……六歳を迎える御年、だったと」

 ありあは口をぱくぱくさせた。

(グ、グラントって……そういう趣味なの!?)

 ありあの頭の中で、グラントの属性に『ロリコン』、が追加された。

「で、でも、グラント、妹姫のこと愛してるって……!?」

 ヴェルナー伯爵が溜息をついた。

「……それは、陛下にとっての贖罪です」

 贖……罪……

「『アーリャ』様は陛下をただの『グラント=アルシュ=グラディノール』として見ていた、唯一の方だったのですよ。『アーリャ』様には王位継承権はなく、政務でお忙しい王妃様に代わって、実質陛下がお育てになったようなものでしたから……」

「……」

「掌中の珠のように育てた、純粋に自分を慕ってくれる、可愛い小さな妹姫。『アーリャ』様の成長を何より楽しみにされていて……」

「……」

「花嫁衣装も自分が整えると、それはもう……」

「……」

 『妹を愛してる』っていうのは……

(お父さんとか、保護者的な意味だったのね……)

 ごめんなさい、グラント。私誤解してました。ありあは心の中で謝った。


「ですから、その『アーリャ』様が陛下の身代わりとしてお亡くなりになった時は……」

 ヴェルナー伯爵がぎりと唇を噛んだ。

「その時から陛下は、ずっとご自分を責めてらっしゃるんですよ。あの肖像画も……自分さえいなければ、あのようにお美しく成長し、幸せになっていたはず、と描かせたもので……」

「……」

「『アーリャ』様が亡くなったのに、自分が愛する方を見つけて幸せになる事が許せない、そう思ってらっしゃるんです」

 肖像画を見上げるグラントの無表情な顔、がありあの脳裏に浮かんだ。

 胸が……痛い……。ありあはぎゅっと握った手を胸に当てた。

 ヴェルナー伯爵はそんなありあを見て、にっこりと微笑んだ。

「アーリャ様が、陛下が心に張りめぐらせた壁を崩して下さること、が私の願い、です」

「ヴェルナーさん……」

 ありあはヴェルナー伯爵を見上げた。彼の瞳は優しかった。

「陛下があのような表情をされるところを見ると、もう私の願いは叶っているのかも知れませんね」

 ふふっとヴェルナー伯爵は笑った。

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