グランディア城~王妃の間その2
「こっ……こわ、かった……」
涙がぽたり、と握り締めた拳の上に落ちた。ありあはぎゅっと目を瞑った。
「怖かったんだからっ!!」
「……」
「もう、あんな怖いのは嫌っ!!」
半分泣き声が混ざったような声しか出せなかった。ありあは俯いて、唇を噛んだ。また涙、が止まらなくなりそう……
「……それなら」
感情の感じられない声がした。
「怖くなかったら、いいのか?」
えっ?
ありあが目を開けるのと同時に、大きな手が右頬に添えられた。
「グラ……」
言いかけた言葉が、グラントの唇に消えた。
「……!!」
さっきの記憶が蘇ってくる。怖い。身体がぎゅっと硬くなる。
(や……だ……っ!!)
逃げようとしても逃げられないのは、同じ。身体がかたかた震えてくる。
そんなありあをグラントは強く抱きしめた。
……固く閉じたままのありあの唇の上を、優しくなぞるようにグラントの唇がすべった。
「……んっ……!?」
さっきと違う感覚。手が、ぴくんと動く。
(な……に……)
下唇をそっと噛まれ、傷を舌で舐められる。びくっと身体が揺れた。
「や、ん……っ」
思わず声が漏れる。聞いた事のない、自分の声。かああっと頬が熱くなる。
グラントの唇や舌が優しく慎重に動くたびに、訳の分からない感覚が襲ってきた。
……力が、……ぬけ……る……
グラントがようやく唇を離した時、ありあは息も絶え絶えになっていた。
「……まだ、怖いか?」
「へ……?」
ぼうっとグラントを見上げる。銀色の瞳が熱く光っていた。
「まだ怖いなら、怖くなくなるまで、続けるが」
続け……る!?
ありあは一瞬で我に返った。いつの間にか、ベッドの上に横たわって、いた。
(グ、グラントに、押し倒されてる……っ!?)
「つっ、続けなくて、いいですっ!!」
思わず声がうわずった。頬が熱い。長い指で唇をなぞられて、ますます訳が分からなくなった。
「……もう、怖くないか?」
「こ、こ、こ、怖くないですっ!!」
……別の意味で怖いけど。
グラントはありあの顔を見下ろして、にやり、と笑った。ありあの心臓が一拍分乱れた。
グラントが身体を起こし、ありあから離れた。ありあも身体を起こし、グラントからできるだけ離れてベッドサイドに座った。
「……どうしても、子を産むのが嫌だというなら」
グラントがゆっくりと話し出した。
「……」
「今は待ってやる。ただし……」
グラントの銀の瞳が再び妖しく光った。
「俺がお前を寵愛している事を貴族共に見せつける必要がある」
「え!?」
ちょ、寵愛って!?
ありあのびっくりしたような顔を見て、グラントはまた溜息をついた。
「お前、愛妾が王の子を孕んだ状態で、王の寵愛まで無くした王妃がどういう扱いを受けるか、わからないのか?」
「あ、扱い……?」
「真っ先に狙われるぞ」
ええええっ!? ありあの目が大きくなった。
「少なくとも俺の寵愛を受けている、と思われていれば、そうそう手を出す貴族はいない。なにせ、『魔王』の寵妃だからな」
「ちょ、寵愛って、一体……!?」
ありあの言葉を無視するように、グラントが言葉を続けた。
「それから先程の謁見で、十日後にお前のお披露目をすることが決まった」
「えええええっ!?」
お披露目ってナニ!?
「本来なら、結婚式でお前を皆に紹介するはずだったが……巫女の塔で式を挙げてしまったからな。お前の顔を知らない貴族も多い。早く王妃を表に出せ、とうるさくてな」
「な、何すれば、いいのっ!?」
グラントがちらり、とありあを見た。
「俺の隣で笑っていればいい。後は舞踏会も催すから、俺と踊るのが仕事だ」
「えええええええっ!?」
お、踊るって!!
「わ、私、マイムマイムぐらいしか、踊った事ないわよっ!?」
グラントはありあをじっと見た。
「お前が『光の巫女』として修行していたことは、皆知ってる。お前が踊り子のように踊れなくても、宮中の行事に馴れていなくても、皆納得するだろう。ただし……」
(う……) 嫌な予感がする、とありあは思った。
「必要最低限のことは覚えてもらわないと困る。明日から家庭教師をつける。十日後までに覚えておけよ」
「えええええっ!!」
い、異世界に来ても試験!? 大丈夫、私っ!?
うーんうーん、と悩むありあを見て、グラントは密かに微笑んだ。ありあはその笑顔、に気がつかなかった。




